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アナテマ  作者: はるた
第四章
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27 醒めない悪夢(2)

 ネオスの体が光を帯びる。

 長い銀髪を垂らした麗人の姿は、一瞬にして全く違うものになっていた。

 漆黒の髪、白い肌。煌めく紅い瞳。リリィを片手に抱きながら佇む長身の影は、紛れもなくルシナそのものだった。


「一体……何を」

「さて、何だろう?」


 悪戯っぽく、ルシナの顔でネオスは言った。


 ネオスが指示を送ったのか、ルシナを拘束するリュカの手が彼の髪を鷲掴みにしてネオスの方を向いたまま動けないようにする。


「そこで見ていろ、ルシナ。しっかりと眼を開けてな」


 妖しい笑みを湛えたまま、ネオスは意識を失っているリリィの頬に手を寄せていく。


「何をする気だ、ネオス……!」

「てめえ、ネオス! 許さねえからな!! リュカを……リリィを……ルシナを、こんな目に合わせやがって!!」


 レムの叫びも虚しくこだますだけだ。


「セスっ!!」


 凄まじい怒気を瞳に宿らせて、レムは自分の首に刃を突き付ける少年を睨む。


「裏切りやがって……てめえが、こんなことさえしなければ……!!」


 しかしセスの心にその言葉が響いた様子はない。冷淡に返す。


「もともと僕は君たちの仲間でもなんでもない。君にとやかく言われる筋合いはない」


 歯ぎしりをするレムを見て、ネオスはくすりと笑う。


「物分りの悪い小娘だ。何もできるはずはないと言うのに……」

「ネオス……ネオス!!」


 呪い殺すように、押し殺した低い声でルシナは言った。


「その子に……それ以上近付いてみろ。俺はお前を許さない……必ずこの手で葬ってやる!!」

「おもしろい。やってみるが良い――できるものならな」


 言って、少女の顎を取って上に向かせ、唇と唇を重ねる。


「!!」


 はっきりと自分と同じ顔をしたネオスとリリィの唇が合わさるのを、ルシナは見た。

 咄嗟に体を動かそうとするが、リュカに押さえつけられて身動きがとれない。

 その代わりにルシナの両眼にたぎったのは、憎悪の炎だ。


「貴様――!!」


 ネオスに口付けられたリリィは、うっすらと眼を開いた。


「……ルシナ?」


 目の前にいるネオスを見て、ぼんやりとそう呟く。


「そうだよ、リリィ――」


 甘い声でリリィの耳元に囁くネオス。

 リリィの虚ろだった瞳が段々とはっきりしてくる。やがて目の前の、微笑を浮かべたルシナを見ると驚愕に眼を見開いた。


「ルシナ――!?」


 違う、そいつはルシナじゃない、俺はここにいる――!


 叫びは喉元で掻き消えた。

 ネオスに何かされたわけではない。自分の意志で、声を上げることを中断させてしまったのだ。


 急に恐ろしくなった。リリィにこの姿を見られるのが。

 彼女ともう一度視線を合わせたら、今の自分が消えてしまう。記憶を失っていたあの頃を思い出してしまう――。


 ぐい、とリリィの顎を掴んで上を向かせ、再び口付ける。


「……っ、や……」


 先程とは違って、唇が触れ合う程度の口付けではない。ネオスは顔の角度を変え、食らいつくように少女の唇を犯していく。


「や……だっ!!」


 荒い呼吸をしながら、リリィはやっとのことでネオスの肩を押し、その体から離れる。

 青い眼は恐怖と動揺に揺れていた。


「どうしたの? リリィ……」

「違うっ、あなたは……!!」


 相変わらず不気味な笑みを浮かべているネオスの顔から逸らしたリリィの視線が、離れた場所でリュカに捕らえられたままでいるルシナを見た。

 リリィの顔に広がるのは更なる驚愕だ。


「ル、シナ……!?」


 次にまた、目の前の()()()を見る。

 優しくも妖しい微笑を湛える目の前にいるルシナと、なぜかリュカに拘束されているルシナ。


「ネオス……さっき言ってたのは、こういうことだったのね!?」

「そうだよ、リリィ。楽しいだろう?」

「何がっ……」


 リリィは身を翻して、倒れているルシナの元へ駆け寄ろうとする。


「ルシナ!」


 しかし、ネオスに強く腕を掴まれそれは叶わない。

 ネオスは再びリリィを腕の中に抱いた。


「離してよっ! 触らないで!!」


 リリィは必死に抵抗するが、強くリリィの体を抱いているネオスの腕はびくともしない。


「悪い子だね、リリィ。逃げられるとでも思うの?」

「あたしの名前を呼ばないで! あなたになんか……」


 ネオスはリリィを自らに向い合せにする。

 紅い瞳が動けないままでいるルシナを見て、愉快そうに笑った。


「いやっ! 何するのよ、離してって言ってるでしょ!!」

「少し静かにしていろ」


 一瞬、リリィと視線を合わせたネオスの眼が妖しく煌めいた。

 その瞬間にリリィの体がびくんと跳ねる。


「……っ」


 先程まで手足をばたつかせて暴れていたリリィの体は、一瞬にして大人しくなった。しかし表情は怒りと恐怖が入り混じったまま、ネオスを睨んでいる。


「や……離して……」


 リリィの声が掠れる。はっきりと滲んでいる恐怖。怒り、戸惑い――。

 ネオスの楽しげな声が降り注ぐ。


「ルシナ、どんな気持ちだ? 自分自身に大切なものを蹂躙される気分は?」

「ネオス、もうやめろ……!」


 呻くようにルシナが言う。

 しかしネオスは嫣然と笑うだけだ。


「前にもこんなことがあったな。やめろ、許せ、とお前は必死に懇願していた。この女を助けるために……」

「俺が邪魔なら、俺だけを消せばいい。なぜ関係のない連中を巻き込むんだ!」

「たまたまお前に関わってしまった不運な存在。ただそれだけのことだ」

「そんな……理由で……!」」

「お前はやはりヒトだな。自分から捨てておきながら、心の中では他者に執着している。矛盾だらけの哀れな存在――それがヒト。皮肉にもお前はヒトの鑑だよ」


 そう言ったネオスの姿が、夢の中で会うもう一人の自分に重なった。

 自分と同じ姿。妖しい笑みを向けて、囁きかけてくる。

 これが本来の、自分の持って生まれた性なのか。心の奥底で、望んでいるものなのか――。


 ネオスは再びリリィに向きなおると、今度は服の襟を掴んで首筋を露わにした。細く白い少女のそれは、ひどく儚げに見える。


 潤んだ唇を弄ぶようにキスをした後、その首に顔を近付ける。


「い、や……」


 リリィのか細い声には応えず、ネオスはまた笑う。

 その唇から覗く白い牙。この上なく不気味で鋭い、獣の牙。


 それがリリィの肌に触れた瞬間、ルシナの中で何かが弾けた。

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