子供が語る昔語り6
「その三人は死ぬまで山神であり続けた。私もそれを受け継いでいかなければらなかったのに、生贄がやってきてしまった」
娘の手は小刻みに震え、強く握りすぎて血の気が失せていた。
「私が不甲斐ないばかりに、あなたを生贄にしてしまった」
赤い瞳は光を受けて、強く毅然として見える。
しかし、男には娘が泣くのをこらえているようにしか見えない。
「私のせいで、あなたが、生贄になったの」
男は、今まで娘が自分の世話を焼いていたのはこれを言いたかったからではないかと思い至った。
「謝って、済むものじゃないって思ってる。謝罪は自己満足にしかならないと、思うから」
謝ることはしない、そう言った。
強すぎる眼力に自身が責められるようにも感じるのは、娘に罪悪感があるからだ、と男は結論づける。
「君のせいじゃない」
男は自分を責めていた。
なぜ、娘が男を助けたのか、憎まれ口を叩くのか。
もっと早く、娘の行動の意味を考えようと、理解しようと努力すれば、と。
それでも言い募ろうとする娘の言葉を遮る。
「元々、俺は処分される人間だったんだから」
山神への生贄、というのも体のいい理由を付けられただけ。
娘の言うことはどれも的を射ていた。
「ただ、ひとつ違うのは―――麓の村は山神など信じていないってことだけだ」
それは娘の心を打ち砕くには十分な言葉だった。
「君は『見捨てられて、憎い、悲しい、苦しい……どうしたらいいかわからない』そう思っているんじゃない?」
「君はどうしたいんだ?」
男が娘の目を覗き込む。
濁りの無い瞳に娘は既視感を覚える。
『貴方が生きたいように生きるの。私やお祖母様が選んだように』
娘は何一つ持っているものは無かった。
他人と関わらずに生きてきた人生で、一日は生きる為に働くこと以外に意味は無く、失う者も無いと思っていた。
けれど、一人ずついなくなって、独りになって。
今度こそ、命ひとつになったと思っていた。
「私は」
娘は目を伏せ、声を絞り出す。
「私には、まだ、分からない」
男は黙ったまま、次を待つ。
「けれど、お祖母様やお母様が守って来たこの山が好きよ」
祖父母、母がどれほど大変な思いしてこの山を守ってきたかを目にし、体で感じてきた娘は三人が苦しみの中にも幸せそうな姿を思う。
「皆が守ってきた山に生贄なんていらない、犠牲なんていらない」
男は微笑み、手を差し出していた。
「犠牲なんかにはならない」
手を取るのを躊躇する様子を見て、男が呟いた。
「俺も、君も」
広げられた手に娘はおずおずと自身の手を重ねた。
その手を逃すまいと男は握ると娘を引っ張り上げる。
「君のお祖母様、お母様達も」
花に埋もれるようにして佇む、灰色の石に目を向け微笑んだ。
「絶対に、ね」
男のキャラクターが定まらずこんなことになってしまった。