子供が語る昔語り5
男は柔らかな光の中で目覚めた。
背に当たる柔らかなものに手を付き起き上がる。
床いっぱいに敷き詰められた白に触れれば、それはいとも簡単に手のひらに収まってしまった。
「花弁?」
爽やかな香りに暖かな日差し。
男は自身がどこにいるのか分からなくなっていた。
「目が、覚めたようね」
声の方向を辿ると娘は白い花の上に寝転び、光を受けていた。
どうやら、娘のいる場所がこの空間の中心であるらしい。
お椀を伏せた形の空間には天井が無かった。
「ここが、目的地」
男は立ち上がり、花に埋もれた娘を見下ろす。
「お前が、山神か?」
ウサギを思わせる色彩の娘に男は問う。
「そう思う?」
娘は顔を歪めると、目を閉じる。
男は娘が白い花と同化して消えてしまうような不安を覚える。
それを感じ取ったのか娘は目を開き、体を起こす。
「山の実りを減らし、麓の村に生贄を差し出させてしまう不甲斐ない私が?」
男の視線を避けるように顔を背け、花をかき分けた。
「言ったでしょう?山神なんていない、山神は死んでしまったの」
その下にある石版を撫でる娘に声をかけることを戸惑われた男はしばらく、その場に立っていた。
いつまでそうしていただろうか、柔らかな光に赤みがかってきた頃、娘が呟いた。
「山神と花嫁のおとぎ話は今から60年程前のことらしいわ」
長い髪が表情を隠してはいるが、声から誰かを悼んでいるようだった。
「花嫁がやってくる前から山神は信仰されていて、貢ぎ物はされていた……その年採れた野菜や穀物なんかだったらしいけれど」
娘はかき分けた際に引きちぎられてしまった花を拾い集めていく。
「花嫁はここに連れて来られて、置き去りにされたのだけど、すぐに山を挟んで反対のむらに降りたわ。春になって戻ってきて、それから山の手入れを始めたの」
花を束ね、石版の上に丁寧に添えて男に向き直る。
「娘はたった一人で7年間、生きた。けれど、ある日、男と恋に落ちて三人になった」
立ち上がり、服を払うと男を石版の元へと促す。
「その三人がここに眠っているの」