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子供が語る昔語り4

暖かな暖炉の前で、揺り椅子に揺られていた男はいつの間にか眠っていた。

そんな男に、娘は毛布をかけ、再び床に座り込む。

チロチロと炎が薪を舐め尽くしてしまうのを見届け、ようやく眠りについた。



浅い眠りから目覚めた娘は薄い布切れを捲り、吹雪が収まったのを知ると、支度を始める。

「どうせ、山頂に行くと言うに決まっている」

そうでなければ、この男は死んでしまうに違いない。

吹雪の中、外へ出ていこうとした時の虚ろな目には、そう思わせるものがあった。

それを利用してしまったという罪悪感はあるものの、引き止めたことは間違いではないと思っていた。

一度、絶望を味わった人間は自身に残されたものにこだわるものだ。

娘の目には男に残ったものは使命しかなかった。

それが無くなれば、生きていても、心は死んだままになる。

そんなことになっては寝目覚めが悪い。

「この山で、死人を出すわけにはいかないのよ」

山神がいると信じる者がいるならば、信じ込ませなければならない。

しかし、山神が生贄を受け取ったと思われてはならない。

男のうめき声で思考を中断し、揺り椅子に手をかける。

「どうする気でいる?」

声に反応したのか、僅かに身じろぎした拍子に揺り椅子が軋む。

「吹雪は止んだ」

開かれた瞳には相変わらず、感情の色はない。

「村に帰るのか?」

生気を感じない瞳になおも問いかける。

「山神に会いにいくのか?」

僅かに揺れた揺り椅子が男の心の琴線と同調しているようだった。

それを肯定と取り、男に防寒具を押し付ける。

「それを着て、付いてきて」

薄暗い中、目的地は険しい坂の上にある。

小屋から祠の位置がわかる程の距離であるのに男を引き止めた理由はそこにあった。

山をよく知る娘でさえ、視界の悪い日には参るのを控える程の坂である

「階段……?」

久しく口を開いていないような掠れた声に娘は足を止め、振り返る。

規則正しく並べられた雪の段に男が足を止めていた。

「この先があなたの目指していた祠よ」

それだけ言うと、娘は雪を踏みしめ先に進む。

それからも男が雪に苦戦する様子を見ては立ち止まり振り返るその繰り返しを続けた。

祠があるという洞窟に辿り着いたのは陽が高くなった頃だった。

「入ったら?」

娘に明かりを持たされた男は立ち竦んでいた。

後ろから歩いていた娘は男を押しのけ、薄布を掻き分けたところで振り返る。

「祠はこの奥にある」

天井から吊り下げられた薄布は一枚や二枚でなく、色にも統一性はない。

色の奔流に男はただただ翻弄されていた。

娘に生贄の存在価値はないと言われたところで、ぷつりと途絶えていた意識が強烈な流れで覚醒される。

溺れる、と男は瞬時に思った。

膝を付き、酸素を求めて喘ぐ中、男の視線を白が全てを遮断した。

「私の目を見て」

男は暗示にかかったように白の中で色を探す。

頬を包む冷たい手に導かれた先に見つけたものは一対の赤だった。


目に映った赤と白の髪。

それは、男の目にウサギのように見えたのだった。

春の女神の使い―――山神の化身の姿を見た男は静かに目を閉じた。


祭り中に終わらない気がする。

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