子供が語る昔語り3
私たちが生まれる前のお話です。
あるところに身寄りのない、小さな娘がおりました。
小さな娘は、行くあてもないので村人たちの間で少々肩身の狭い思いをしながらも働いて生きていました。
けれど、どれだけ必死に働いてもお腹いっぱいになることはありません。
冬になると尚更です。
山から吹き降ろされる冷たい風は木々を枯らし、雪を呼び込みます。
冬が来ると人々は「山神様が溜息を吐きなさる」そう言って憂いておりました。
日に日に食料は少なくなり、人々は小さな娘に食べ物を分けることを惜しむくらいに村は貧しくなっていきます。
娘はそれでも文句ひとつ言わずに働くのです。
どんなに苦しい仕事でも、微笑んでおりました。
そのうち、とある噂が流れるようになったのです。
誰が言い始めたことでしょう。
「娘を山神様のもとへ送ってはどうだろう?」
「溜息を止めてくださるかもしれない」
「もしかしたら、娘につられて笑い出すかもしれない」
誰かの一言がどんどん膨らみ、娘には雪を止ませ、春を呼ぶ力を持つ、という話になっていたのでした。
そして、娘の知らぬところで、娘を山神に差し出すことが決まっていました。
白無垢を着せられた娘が、雪降る中、神輿に乗せられて山を登ったのは三日後のことです。
神輿に揺られる中、娘は考えていました。
このままでは、私は冷たい雪の中で死んでしまう。
それだけでなく、多くの人が死ぬかもしれない。
きっと、私のように花嫁、と担ぎ出される娘が出てしまうに違いない。
「山神なんていないのだから」
娘はひどく冷静でした。
いもしない架空の娘に思いを馳せた彼女は思いつきました。
作ってしまえばいい、と。
「山神がいないのならば、今日から私が山神になればいい」
娘は黙って死を受け入れるつもりはありませんでした。
寒さに、飢えに、孤独に娘は耐え、冬を越え、生き残ったのです。
春になると、娘は山を駆けずり回りました。
木々を裁定し、陽の当たらない森に光を呼び込み、石を積んで川を整備し、秋が来る頃には山は実り豊かになっておりました。
その後、冬の寒さは変わらぬものの年を重ねるごとに実りは増し、村の飢えは満たされるようになっていきました。
娘の願い通り、新たな娘が花嫁としてやってくる事もありませんでした。
しばらくして、風の噂で耳にした「山神と花嫁」のおとぎ話を娘は大層気に入っていたそうです。
娘は話を聞いて、誓いました。
生きている限り、山を守り、山神であり続けようと。
今も尚、娘は山神として山に棲み、山を守っているのです。
今回は一幕のおとぎ話の裏側。