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子供が語る昔語り

一人の男が雪山を登る。激しい吹雪は男の行く手を阻むように吹き荒ぶ。

しかし、引き下がることは許さぬとでも言うように唯一の手がかりである足跡(帰り道)を消し去っていった。

親の敵でも見るように今は見えぬ目的地を睨み据え、斜面を登る。

顔に巻きつけた布切れは、男の吐息で凍っていた。


男は春呼びの使者であった。

春呼びの使者とは名の通り、冬を終わらせ、春を呼び込むものを指す。

呼び込む、とは言うがその行為をすることで春が本当にやってくるかどうかは分からない。

男はそんな不確定なものの為に命懸けで冬山を登ることになった自身の不運を嘆き、また、そのような祭り事を考えた村への憎悪に染まっていた。

皮肉にもその強い負の感情が足を止めようとする体を突き動かしている。


昔、男が住んでいた麓の村には天女と見紛うほどの美しい娘がいたらしい。

その娘は山の神に見初められ、生涯山で暮らしたという。

娘を心底愛していた山の神は彼女の慈しむ故郷に加護を与えたそうだ。

春になれば山は華やぎ、夏になれば山頂の泉から流れる水が人間を、田畑を潤してくれる。秋の実りは不思議と年々増加していき、村は食べ物に困ることが減っていったということだ。


らしい、などというのも、全ては麓の村に伝わるおとぎ話だからである。

村で育つ子供は言葉も解さない幼子のうちからこのおとぎ話を聞かされて育つ。

もちろん、終わりは全ての人間が幸せになって、めでたしめでたしで締めくくられていた。

馬鹿馬鹿しい、と思う位には男は現実的であった。

しかし、事実、麓の村は他の村に比べて食べ物に困ることはなかった。

その為、村も男もその恩恵に甘んじ、おとぎ話を否定したことはなかった。

しかし、この時ばかりは男もたまらなかった。

男は朦朧とする中で、呟いた。

「こんな終わりは認めない……」




男が目覚めたのは薪の爆ぜる音の響く静かな部屋だった。

今までの全てが悪夢だった、と言われればそれで納得してしまうほどまでに男は弱っていた。

炎の光が男の顔を舐め、暖かさを知る。

命の危機が去れば、欲求は強まるものだ。

次には喉の渇きを知る。手を付き望みのものを探す。

しとり、と手のひらに吸い付くそれを、夢中に啜る。意識が覚醒しても、止めることはなかった。

乾きが癒え、一心地ついた様子で、ようやく周りを見わした男は自身が吸い付いた床を見、熱を放つ暖炉を見、少し離れた場所でこちらを見つめる娘を見た。

「おはよう、可哀想な人」

娘は椅子から立ち上がり、顔を上げた男に近づいた。

「いつの日か、こういう人間がやってくると思ってはいた」

それが、私の代だとは思ってもいなかったけれど、と娘は苦々しく、言葉を吐いた。

手を差し出し、男を立たせると先ほどまで座っていた椅子に誘導し、腰を掛けさせる。

「話は後にしましょう」

湯気の立ったスープを男の前に差し出し、スプーンを手に持たせた。




こちら第二幕は二部構成になる予定です。

亀の歩みですが、よろしくお願いします。

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