子供が語る昔語り9
山頂は岩の多い地帯であった。
当然、足場は良くない。
冬ともなれば氷が張り、雪も積もるので、登ることは不可能だった。
その為、季節関係なく祠へと通う娘は冬支度に階段を作る。
氷が張る前の岩山に蹴込み板のない移動式の階段を氷で固定したもの。
雪解けと言っても、山頂には雪も当然その下にある氷も形を保っている。
油断と目の前の憎悪に囚われた結果、誰よりも知ると自負していた山で死ぬことになるとは……。
「罰があたったのかなぁ」
娘はそう思いながらもどこか安堵していた。
それほどまでに、孤独は娘を確実に蝕んでいた。
生きる事は苦しい。
憎むことは生きる為の活力になりはするが、想像以上に気力を奪っていく。
こんなことになるなら、と娘は木片と落ちていく中で呟いた。
「夢に縋りついてでも、素直になるんだったなぁ」
浮遊感に身を任せる中、味気ない白から雲ひとつなく青味の増した空を仰ぐ。
天が遠退いて、地面が近づいて行くのが分かり、目を閉じた。
無駄な足掻きだと分かっていながら、娘は身体を丸める。
周りの喧騒を隔てるように耳をふさいだ。
落ちた、その瞬間に目を開く。
「何で」
「そのまま」
頭を抱え込むように抱き込まれ、その意味を知る事となった。
体内で爆発が起こったような空気の振動が全身、与えられる温もりから伝わる。
それが繰り返し大小様々に降り注ぐ。
娘は呆然としたまま、暗闇の中でもう一対の耳を押さえる。
圧迫感が強まり、娘の視界は白んでいった。
揺り動かされる感覚に目を開ければたくさんの瞳。
「 」
一斉に声をかける男達。
しかし娘にとって動かしているだけでしかなく、必要な事は伝わらない。
大勢の中、奇妙な光景は黒々と娘を覆い、恐怖をあおる。
自身を守るように身体を丸め、目を強く閉じた娘のもとへ人垣を掻きわけた一人の男が姿を現した。
男は優しく娘を抱き上げると耳に囁きかける。
「 」
しかし、音として伝わらず、温かな吐息が伝わってくるだけであった。
娘の瞳から温かな滴が溢れる。
目に見えて慌てる男の姿に娘は微笑んだ。
懐かしい、最期まで忘れられなかった|男≪ヒト≫が見える。
視界が滲んでも温もりを感じている。
『夢の世界で生きていこうとは考えないんだね』
懐かしい声は頭の中で繰り返し響き、娘は幸せだと思った。
「会えて、よかった」
幸せな夢の中、消えるなら本望だとさえ思っていた。
今度こそは夢の中で生き、男を離すまいと袖を握り、眠りについた。