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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
1部 フロース
8/101

      2章 王妃の庭 1話 綺麗な手

 アリアとフロースの授業が始まった。

見晴らしの良い明るい部屋が教室として与えられ、初日の朝、二人がドアを開けると、中に誰かがいる。

初め、二人は、それが誰だか分からなかったのだけれど、アリアがイベリスだと気付いて驚く。


 「イベリス? あなた、イベリスなの?」

彼だと分かったのは長い髪だからで、それを後ろに束ね、軽快な服装を着ているのでずっと若く見える。

イベリスは顔を上げると、立ち上がって二人を迎えた。


 「驚いたわ! 別人みたいよ!」アリアは、椅子に座りながら言った。

「え? なにか変ですか?」

二人があまりにも驚くので、イベリスは不思議がる。

イベリスは、二人が、「彼のローブは年を取って見える」という会話をしていたのを知らない。


 「普通の格好をしているんですもの。

今日はローブを着てないのね」と聞くアリアに、イベリスは、

「ああ、あれは公式の制服のようなもので、いつも着ているわけではありません」と答える。

「そうね、あまり動きやすそうではないわね。

まあ、年寄りにはいいかもしれないけれど」

「姫様!」椅子に座ったばかりのフロースが、立ち上がってアリアを諌める。


 アリアは、若くなったイベリスを身近に感じ、まるで以前からの友達のように接する。

イベリスは、挨拶も無く始まったアリアの率直な言い方に戸惑い、白い歯を除かせながら答えた。


 「それは、アクィラ殿下もおっしゃっていましたが・・・・・・」

フロースは、さわやかな、それでいてもの言いたげなイベリスの笑顔に、どきりとする。


 アリアは、

「ほらね、やっぱり若者のする格好じゃないのよ」と、調子に乗って話を続ける。


イベリスは、

「それでもあのローブには意味があるのですよ。

心が引き締まって、国王を支えようと言う気持ちが高まります」と釈明する。


 「それは、外見を変えると印象が変わるだけでなく、自分自身も変わるということでしょう?

確かに、あのローブは美しくて荘厳よね。凛として、緊張すると言うか・・・

イベリスも緊張したりするのかしら?」と、アリアのおしゃべりは止まる事を知らない。



 イベリスは、アリアのペースに乗せられてしまっているので、「授業を始めなければ」と思う。

それで、

「姫様、わたしのことより、これからの姫様たちの授業の進め方をご説明したいのですが」と言った。


 アリアは、ため息をつくと、すとんと椅子に座りなおす。

「分かりました。お勉強ね。説明して頂戴」

それは、勉強したくない風にも取れる態度だが、ちょっとすねただけだったのだ。



 イベリスは、二人に予定表を渡して説明し始める。

フロースはそれを聞きながら、イベリスが時々予定表に書き込む手を見て、その滑らかさに気が付いた。


 指は長く、爪は柔らかそうな色をして美しく、手の甲の肌も弾力性がある。

オーデン伯爵のごつごつした手と、角ばった硬そうな爪とは違っている。

そして、「伯爵も若いころはこんな手をしていたのだろうか、男の人なのに、若いとどうしてこんなにきれいなのだろう」と思う。


 「フロース? 予定表に問題があるのですか?」

イベリスは、フロースが自分の手元の予定表をじっと見ているようなのに気付いて言った。

フロースは、はっとして顔を上げる。


 「何か分からないことはありますか?」

そう質問するイベリスの真剣な眼差しに、フロースは慌ててうつむき、

「いえ、だいじょうぶです」と言って、自分の予定表を見る。


 そんなフロースの様子に、アリアは何も言わない。

アリアは、若い男性に慣れてないフロースが、イベリスの手を見ているのに気が付いていた。

それをイベリスの前でからかうつもりはない。



 少し沈黙があり、イベリスが話を元に戻すと、

フロースは、「集中しなければ」と自分に言い聞かせる。


 そして、考えてみれば、自分の兄たちもイベリスと同じぐらいの年なのにと思った。

下の兄は、その手でよくフロースの長い髪を掴み引っ張っていた。

大きな手が、にゅっと彼女の頭に伸びるたびに慌てて自分の髪を押さえて逃げ回る。

そして大騒ぎになるのだ。

フロースはそれを思い出すと、今度はくすくすっと笑った。



 イベリスが、再びフロースを見て怪訝な顔をし、アリアも彼女を見る。

慌てたフロースは、

「すみません。

兄がわたしの髪を掴もうとしたのを思い出して」と言ってしまった。


 アリアは吹き出して笑う。

フロースも苦笑いするのだけれど、イベリスは何のことやらさっぱり分からず、ただ眉をしかめる。


 フロースは背筋を伸ばすと深呼吸をし、

「御免なさい。ちゃんと聞きますので続けてください」と言った。


 「大丈夫ですか? 初めから説明し直しましょうか?」

イベリスは落胆したかのように聞く。


 「いいえ、その必要はありません」

フロースは、まじめな顔をイベリスに向けて答える。

「確か、勉強は午前中に三時間で、途中に十五分の休憩、正午のランチの後、午後は一時から五時まで、その間に十五分間の休憩。

そして、あなたは、ご自分の仕事予定に従って、一日、もしくは午前か午後に来られるのでしたね」

彼は驚いて言った。

「そうです」


 「申し訳ありませんでした。

どうぞ続けてください」

そう言われ、彼は少し考えてから話を続ける。



 イベリスは途方にくれていた。

万全を期して臨んだのに、授業に入る前から彼女らと調子が合わない。

やる気があるのだろうかとも思ったりする。

しかも注意散漫だと思っていたら、話は聞いているようだ。

彼女らは自分を笑っているようではないが、実際はどうなのだろうと思わないでもない。



 その後、生徒たちは大人しく勉強し、そうして一日目の授業が終わった。

ところが、その時アリアが言ったのは、

「イベリス、フロースはあなたの手の美しさに見とれていたのよ」だった。


 「姫様!」

フロースは声を上げる。


 アリアは悪戯っぽい目をしてフロースを向くと言った。

「あら、だってそうでしょ? ずーっと見ていたじゃない。

私だってそう思ったもの。綺麗だなって。

それに、いくらお兄様の手を知っているからって、同じじゃないわよ。

私だって、自分の兄の手をそんな風に見たことないもの」


 アリアにそう言われたフロースは、あまりの恥ずかしさに、

「姫様・・・」とだけ言って、涙目になる。


 するとアリアは驚いてしまい、フロースの肩を抱き、自分も目に涙を浮かべて彼女に謝る。

「御免なさいフロース。そんなつもりじゃなかったの。

ただ、イベリスが気にしているみたいだから・・・」



 イベリスは、その様子を見ながら、何が起こっているのか全く分からなかった。

一日目の授業が終わったとたん、生徒たちは泣き出してしまったのだ。


 「彼女たちは手のことで騒動になっているらしいが、授業で手の話はしなかった。

手が綺麗? 男の手が? いや、男であっても手は美しい構造をしている。では今日は消化器官ではなく、手の機能について勉強した方が良かったのか? だが今回の試験の範囲に手の機能は入っていない。

しかも、自分が『気にしている』とは?」そう思うイベリスは、混乱するばかりだ。

「気にしているって、何をだ!? 

自分が気にしているのは今日の授業のことだ。手じゃない!」


 それでイベリスは、失敗したのかもしれないと思いながら、

「今日の授業で分からないところはありませんか?」と聞いてみた。


 二人は、目を潤ませたままイベリスを見上げる。


 そして、

「とても分かりやすくて、あっという間に時間が経ちました」

「ええ、こんなに勉強が楽しかったことはありません。ありがとうございました」

と、にっこり笑って答えた。



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