6話 子供たち(アリアの観察)
ベラもキラルも現れないまま、十日が過ぎた。
収穫をしている村人たちは、時々、摘んだ薬草を村に運んでくる。
それは生のものもあるけれど、すでに乾燥されたものもある。
薬草の乾燥小屋はあちこちにあるので、摘んだ薬草を乾燥しながら収穫しているのだ。
アリアは、村人たちがそこで寝泊りするので、ベラも一緒ではと思ったら、
彼女は、キラルの隠れ家で薬草を乾燥させるので、別行動だと言う。
収穫期でなければ、ベラは、空の乾燥小屋で寝泊りすることもある。
ベラは、いつも動いている。
広い森の中で、動いている一人の人間を捜すのは、珍獣を捜すことほど難しい。
アリアはこの十日で、ラーウス人の生活が何となく分かってきた。
大人は、非常に穏やかで愛想がよく、働き者だ。
主食は、野菜や豆、果物などで、ヤギの乳を飲み、チーズやヨーグルト、それから魚、
たまにヤギの干し肉も食べる。
自然農法なので、アリアは、どこに畑があるのか分からなかった。
それに彼らは、自給自足の不自由な生活をしているのに、自分たちが貧しいと思っていない。
実際、着ている服は美しいし、家も床が高くしっかりとした作りだ。
家具はあまり無く、棚などの家具があるとしたら、質の良いもので、
高度な技術の装飾もなされていて、その矛盾がまた興味深い。
人々は、床に布団を敷いて寝るのでベッドはない。
生活の仕方は非常にシンプルで、
することがなくなると、焚き火の周りで、お茶を飲んでしゃべるような隠遁生活をしている。
焚き火と言っても、寒くはないので、どちらかと言うと、炎を見て楽しんでいるようだ。
そして、「かなり違う」と思ったのは、子供たちだった。
彼らは、大人とは違う人種ではないかと思えるほど乱暴なのである。
アリアは、アライゴ村や、ここへ来る途中に素通りした村々でも気になっていたのだけれど、
子供たちは、喧嘩ばかりしている。
ちょっとのことで、取っ組み合いが始まるのだ。
大人たちは、それを止めようともしない。
とはいえ、怪我はしていないようだった。
アリアがミユに、「喧嘩を止めないの?」と聞くと、
彼女は、とんでもないと言う風に、「怪我したくないもの」と答える。
アリアは、「喧嘩を止める方が危ないのか」と思った。
イベリスも、子供たちが喧嘩をしている横を通り過ぎていくだけだ。
もし子供たちが怪我をしそうになると、大人たちは仲裁に入る。
一旦大人が入ると、罰として家の中に閉じ込められ、数日は出て来れない。
それは彼らにとって、最も嫌な罰らしい。
子供たちは、喧嘩をしていない時は、
激しい感情を吐き出すかのように走り回り、野生のヤギのように崖を登る。
家が頑丈なことや、あまり家具がないのもうなずける。
そうして観察していると、彼らにもルールがあるのが分かってくる。
喧嘩は、お互いの力の競い合いのようで、優劣が決まるまで続けられるらしい。
ところが成長期なので、入れ替わりが激しいのだ。
誰が誰を狙っているのかも見えてくる。
喧嘩を止めるなら、にらみ合いになる前までで、
一旦、喧嘩が始まると、一方が勝つか、疲れて休戦するかのどちらかだ。
小さい頃は、女の子の方が男の子より体が大きいので、どちらが有利とも言えない。
そしてミユぐらいの年になると、ある程度は落ち着いてくるのものの、
親は、薬草の収穫に連れて行く。
仕事を教えるものあるけれど、
その年頃になると、激しい喧嘩は命取りになるので、残していくのは危険なのだ。
「あたしは怪我しちゃったから、今回は連れて行ってもらえなかったの」とミユが言った。
アリアは、彼女の年頃の子が一人もいないので、
自分のために残ってくれたのかと思っていたら、そうではなかったらしい。
彼女は腕の骨を折り、治ったばかりなのだそうだ。
「セイリンに折られてしまったの」と彼女は、驚くべきことを言った。
セイリンはスピルの娘で、ミユと同じ年の子だと言う。
「スピル!?」とアリアは言った。
どうやらスピルは、この一帯で知られている者らしい。
しかも、五人の子持ちだ。
ラーウス人の親は、この乱暴な子供たちを教育するのに、かなりの時間と労力を使う。
それで、ミユの家庭のように、三人が限界なのだそうだ。
とにかく、五人も育てているスピルは、あの穏やかさに似合わず、つわものらしい。
最近、スピルはサイシア村の長になったらしく、
それを自慢したセイリンに、ミユが挑戦したのだそうだ。
もちろんセイリンも無事には済まされず、足に十針も縫う大怪我をしてしまった。
セイリンが父親を自慢したこと自体が大きな罪で、かなりの罰を受けたのだとミユは言った。
しかも、「セイリンをとても心配したのよ」とも言う。
信じられないことだが、二人は無二の親友なのだそうだ。
アリアは、この理解しがたい人種は特別なのだと思った。
そして、「イベリスは?」と思った。
彼も、子供の時は凶暴だったのだろうか。
「ああ、イベリスはハーフだから、ちょっと違うんじゃない」
「ハーフ!?」
「そうよ、イベリスのお母さんは異国人で、
子供の頃に、おばあちゃんに引き取られたんですって。
それに、しばらくはロセウスにいたって言うし。
ラーウスに来たのは、大人になってからだって聞いたわ」
アリアは、それは当然かもしれないと思った。
引き取られたと言うことは、親と離れ離れになったか亡くしてしまったからで、
そんな子が、この凶暴な子供たちに囲まれて無事なはずはない。
では、ベラはどうなのだろうか。
「ベラは、大人になっても戦ったのかしら?」とアリアが聞く。
ミユは笑いながら、「ベラは戦うのが好きじゃないのよ」と言った。
長年、この周辺の国々は、動物や薬草の密猟問題に悩まされていた。
それはラーウスも同じで、密猟者たちは、ラーウスへ特別の武装をしてやって来ると言う。
収穫期にはたくさんのラーウス人が森に入るので、密猟の余地はないのだけれど、
乾季に入ると、薬草の根をごっそりと盗むことがある。
もし密猟者を見つけたら、近隣の住民は豹変し、
まるでハイエナの集団が獲物を襲うかのような騒ぎになるのだそうだ。
それはラーウス議会にとっても悩みの種で、
住民らが感情を落ち着かせるのに数ヶ月を要し、もちろん仕事もできなくなる。
彼らの子供たちの世話も、誰か他の者がしなければならない。
それでキラルは情報網を駆使し、密猟者がラーウスに入ると、
自分たちがラーウス人の集団から狙われていると思わせ、退散させることにしたのだ。
風のように現れては消えるキラルに、密猟者たちは肝を冷やし、
中には、恐怖で精神異常をきたす者もいたらしい。
その内、密猟者たちは、キラルを「ベラトリックス」と呼ぶようになっていった。
「おばあちゃんは、以前のように森の中を動けないから、代わりにベラが動いているのよ」
とミユは言った。
「今でも? 密猟組織はもう壊滅したんでしょう?」
ミユは、そう言われてみればそうなので、実際にはどうなのだろうとも思う。
「あたしには分からないわ。おばあちゃんに聞いてよ」
「そうね、じゃあ、キラルはどこにいるのかしら」
「さあ。薬草採りに行くようではなかったわね。山を見回るって格好かな。
そう言えば、密猟者はいつか戻って来るって言ってたし」
アリアが、「あなたも将来のベラになって、キラルを助けたらいいのに」と言うと、
ミユは、「あたしには無理よ」と答える。
「おばあちゃんが特別なのよ。
長い間、ラーウスの外にもいたし。
ラーウス人が、他所で生きていくのは大変なんだから。
下手すれば犯罪者よ。
だからあたしは、ラーウスを出たくないのよ」と言った。
そこで、アリアは気付いた。
このラーウス人の不便な生活は、自らを守るためで、
彼らは、自然を相手にすることで、気持ちを発散させていたのだ。
アリアは、ラーウス人を観察しながら、
よくフロースは、ラーウス人として入れたものだと思った。
なぜマルクが、彼女を「ラーウス人ではない」と思ったのかは、アリアが観察した通りで、
バルナ人がラーウス人を警戒する理由もそこにある。
ラーウスの子供たちを見れば、
「そんな凶暴な子供を誘拐してどうするのだ」と、マルクが思うはずだ。
プリオベール男爵も、ラーウス人についてある程度は知っていたものの、
彼の計画は、フロースでなければ潰されていたに違いない。
ザシャは、フロースが異国人だったのに、それを見破れず、判断を誤ってしまったのだ。




