6話 異性
その夜、王宮では通夜の晩餐会が盛大に行われた。
国内外から集まった要人たちによって、国王の功績やその偉大な人柄が語られ、哀悼の意が表わされる。
それを聞いたアリアは、この王がいかに尊敬され、親しまれていたのかを改めて知り驚いたのだった。
さて、通夜の晩餐会でも、アリアには帝国要人としての勤めがあるのだけれど、
十六歳の少女にとって、弔問外交の荷を負うには重すぎる。
それにアリアは、政治的なことに関心もない。
それで、自分の役目を済ませると、さっさと晩餐会を抜け出す。
彼女が部屋に戻ると、すでに別のダイニングルームで食事を済ませていたフロースが、笑顔で出迎えてくれた。
「これから休まれますか?」
フロースは、アリアを労うように聞いた。
「疲れてはいないわ。それより外の空気に当たりたいわね。王宮の庭でも散歩しない? まだ明るいし」
「もちろん、お供しますわ」とフロースが答えると、二人は庭へ出た。
遠くの迎賓館での晩餐会の音が、風に乗って聞こえてくる。
それは、時折吹く、そよ風で揺れる木々の葉の衣擦れの音にかき消され、歩けば歩くほど遠くなる。
騒々しい音から開放されたアリアは、心が落ち着いていくようだった。
アリアがクスッと笑ったので、フロースが、
「どうなされたのですか?」と聞く。
彼女は、他の姫たちのように自分に注目を集めようとしないが、思ったことは率直に言う。
フロースは、そんな彼女を諌めるのが役目だったけれど、同時に、それを聞くのを楽しみにもしていた。
「アクィラ王大使って悪戯好きのようね」
「悪戯好き、ですか?」
フロースは、アリアが今度はまた何を言い出すのだろうと思う。
「急に私たちに滞在しろだなんて言うし。
何でそんなことを言い出したのかは知らないけれど、
あの外務大臣と全権大使の慌てようは見物だったわ。
もしかしたら、それを狙ってたのかもしれないわね。
とにかく、わたしたちが滞在する許可は得られるはずよ」
フロースは、この二人は周りを混乱させて面白がるところは似ているらしいと思い、それから言った。
「良かったですね。
これで、姫様がお望みのウィリデス惑星へも行けますわ」
「本当に! 楽しみだわ」
そしてアリアは、アクィラとの会見のことを思い出す。
「王大使は、十八歳でお父様を亡くされて、とても悲しいはずなのに、毅然としてらっしゃるわね。
王様になる重圧も大きいでしょうけれど、彼を支えている者も多いのでしょう。
特にあのイベリスを、とても信頼なさっているみたいね。
そうね・・・イベリスはあなたに似ているような気がするわ」
「わたしにですか?」とフロースは驚いて言った。
「何となくね、とても卒が無い感じですもの。年下の者たちも見守ってくれているって言うか・・・」
「では、わたしは、姫様の役に立っているのですね」
「もちろんよ。あなたは、私の大切なお友達よ」
フロースは、アリアの答えに微笑んだ。
その時、突然、二人が歩いている横の茂みから鳥が飛び立ち、彼女らを驚かせる。
そしてフロースは、何か別の香りを嗅いだような気がした。
それは甘い花の香りとは違い、辛らつで、それでいて包み込むような豊かさのある不思議な香りだった。
すると、自分が宮殿に着いた時、不思議な気持ちになったことを思い出す。
同じ香りがそうさせたのかもしれないと思い、鳥が飛び立ったあたりを見るのだけれど、そこには香りの元になりそうなものはなかった。
彼女は、イベリスなら知っているかもしれないと思い、今朝会った彼のことを思い出して言った。
「そう言えば、イベリスは、王の助言者にしては若いようですね」
「そうね。
イベリスは二十四歳だそうよ」
「二十四歳!?」フロースは声を上げる。
「わたしは、もっと年上の方かと思っていました!」
いつも静かなフロースが、あまりにも大きな声を出したので、アリアはフロースを見て笑い出す。
フロースも、罰が悪いように笑い出し、二人は一緒に笑った。
フロースは、こんな意味もないことで笑ったのは久しぶりだった。
すると、急に、イベリスとはどんな人なのだろうと気になりだす。
そのように意識したのは、笑いによって開かれた心かもしれないし、香りのせいだったのかもしれない。
アリアは、
「王の助言者の服装は、なんだか不思議な感じがするわよね」と言い、
そよ風が木々の間を通る音に顔を上げ、枝が揺れているのを見る。
そして、
「だからイベリスは、若い男性のように見えなかったんだわ」と続けた。
するとフロースが、
「そうですね。
わたしも若い男性として、全く意識していませんでした」と思わず口にする。
アリアは、フロースを振り向いて言った。
「じゃあ、今、意識したの?」
その言葉に、フロースの顔は赤くなる。
そして、小さな声で、
「え・・・それは・・・姫様、わたしには婚約者がおります」と答えた。
アリアは、からかうように笑うと言った。
「私は、あなたの婚約者が、イベリスのようであったらいいのにと思うのよ。
まあ、帝国側の貴族の相手が、ウィリディスの王の助言者では困るのだけれど」
「もちろん、そうです!」とフロースは慌てて答える。
そうしてフロースは、彼を異性として意識したのを隠したのだ。