6話 訪問
アリアとフロースの授業が再会された。
二人は、イベリスが怒っているのではと心配していたのだけれど、嬉しそうに迎えてくれたのにほっとする。
それは、二人の試験の結果が良かったからで、アリアは、このタイミングの良さに安堵したのだった。
フロースも胸をなでおろすのだけれど、イベリスの笑顔が眩しくて、まともに目を合わせられず、相変わらずアリアの後ろに隠れて目を伏せている。
フロースにとって、アリアが会話を独占するのは都合が良かった。
彼女の後ろで静かにしていようと思っている。
ところが、イベリスがフロースの結果を知らせると、また騒ぎになってしまった。
彼女は、ほとんどの科目が満点だったのだ。
「だからおかしいと思っていたのよ」とアリアが言った。
「あなた、いつも自分を抑えていたでしょう?」
フロースは、それにどう答えようかと戸惑う。
イベリスの授業が面白くて、アリアに合わせるのを忘れていたのだ。
それで、「姫様、それは、イベリスの教え方が良かったからです」と答えるのだけれど、アリアは納得しない。
「それなら、わたしもあなたと同じ点数を取れたはずよ」と怒ったように言う。
「姫様、それはイベリスに対して失礼ですよ。
わたしはいつも申し上げていたはずです。授業中に良く聞いていれば、試験問題はおのずと分かるのです」
「あなたこそ、イベリスに対して失礼じゃないかしら?
彼がいなくても良い点を取れたってことじゃない」
「姫様、そう言う意味ではございません。
実際に、姫様は、今までにない良い点を取っておられます。
わたしも、同じようにして取れたのだと申しているのです」
「わたしが言っているのは、そのことじゃないわ。
あなたが、いつもわたしに合わせようとして、自分を抑えているってことよ」
「姫様、それがわたしの役目ですし、年上ですから、同じ学年の生徒たちより成績がいいのは当たり前です。
わたしは、三歳も年上なのですよ」
するとアリアは、顔を真っ赤にして言い返す。
「まあ、そうでしょうとも。わたしはあなたからすれば子供だってことですものね。
あなたは、いつも周りを気にして我慢している。自分を出さないでいる。
もっと自分のしたいことをしたら?」
「わたしは、したいことをしております」
「違うの、フロース! わたしは、あなたに、ありのままでいて欲しいの。
あなたは、まるで遠くにいる人みたいだわ!」
とアリアは言って、わっと泣き出した。
「まあ、姫様。わたしは、いつも、おそばにいるではありませんか」
「だって、あなたは、もうすぐいなくなるじゃない」
それを聞いたフロースも、泣き出してしまう。
アリアが怒っているのは、寂しいからなのだと気付いたのだ。
「姫様は、そんなことを考えておいでだったのですか・・・どうぞ気を取り直してください。
わたしは、いつでも、姫様の一番の友達ですのよ」
「ああ、フロース、本当?
わたし、カイがいないことより、あなたがいなくなることの方が悲しいのよ」
「わたしも、姫様のおそばにいられなくなるのは辛いのです」
と二人は手を取り合って泣く。
そこでアリアとフロースは、アクィラが入り口に立っているのに気が付いた。
この二人のやり取りは、芝居のようで、アクィラは、中に入ることも去ることも出来ずに困っていたのだ。
「アクィラ殿下! そこにいらしたのですか!?」とアリアが叫ぶ。
フロースも驚いて、赤くなった鼻を覆う。
そして二人は、あわててお辞儀をすると、そそくさとパウダールームへ消えていった。
アクィラが二人の教室に足を向けたのは、アリアに届いた公文書のことがあったからだ。
彼は、アリアが何かを探っているのではと思ったのだけれど、それを吹き飛ばすかのような茶番に拍子抜けしたのだった。
「いつもこうなのか?」と、入ってきたアクィラが、イベリスに聞いた。
「いえ・・・」とイベリスは苦笑いしながら答える。
「一体、何が起こったのだ?」
「発端は、フロースの試験の結果が、プリンセスより良かったことでした」
「アリアが嫉妬したのか?」
「いえ、そうではなく、フロースがいつも彼女に合わせ、実力を出していなかったのが問題のようです」
「そうか、自分を甘く見られたのが気に入らなかったのだな」
「いいえ、フロースが遠慮していることを寂しく思ったのでしょう」
「では、カイよりフロースの方がいいとはどういうことだ? 姉と弟を比べてどうするのだ?」
「そのへんは良く分かりません」とイベリスは答える。
アクィラは、女は不可解だと思った。
アリアとフロースは、イベリスとアクィラの前で失態を演じてしまい、穴があったら入りたい気持ちだった。
できれば、アクィラが立ち去るまで教室へは戻りたくないのだけれど、無かったことにする訳にもいかない。
さっさと誤るしかないと思い、戻ることにした。
「恥ずかしい所をお見せしてしまいました」と、アリアは、きまりが悪そうに言う。
アクィラは思わず、「いや、面白かったぞ。いっそのことコメディにでもして余興で出してはどうだ?」
と皮肉を言いかけたが、イベリスの眼差しに、毒気を抜かれたように口をつぐんだ。
余計なことを言えば、災難が降りかかるのは分かっている。
イベリスが、「二人とも良い成績を取れたので、祝わなければなりませんね」と話題を変えた。
「そう!」とアリアが声を上げる。
「まだ私たちは、惑星ウィリディスに行っていません。ご褒美はそれがいいわ」
たちまち、それがいいと言うことになり、アクィラがウィリディスの話をし始めた。
彼らの会話は弾み、王宮での教育の話になる。
そこでアリアは、
「イベリスは、王の助言者について何も話してくれませんのよ」と言った。
アクィラは、それは当然だろうと思う。
賢者と違って王の助言者は、国王の影に徹し、自分たちがしていることを外に洩らさない。
イベリスが、どうして国の内情を話すのだ、そんなことは分かりきったことではないかと思う。
それで、「プリンセスは、王の助言者の何を知りたいのだ?」と聞いてみた。
アリアは、アクィラが思っているような国の内情などに関心はない。
イベリスが、年寄りに混じって、長い髪に重たそうなローブを着ているのが不思議で、もっと若者が好みそうな仕事に魅力を感じなかったのかと聞いてみたかったのだ。
とはいえ、そんな質問は出来ないので、「ですから、王の助言者について、思っていることです」と言った。
「思っていることだと?」とアクィラは聞き返す。
「そうです」とアリアが、いつになく真剣に言うので、アクィラは、
「それは誉ある仕事だし、イベリスも達成感があると思っているのではないか」と、
決まりきったことだとでも言うように答える。
「そうなんですけれど、たとえば・・・違和感とかなかったのでしょうか」と彼女が聞き返すので、
「『違和感』とは何のことだ? 『わくわくする』の間違いではないのか」と思う。
そこでアクィラは、アリアが、この国を探ろうとしているのではないらしいと思う。
彼女には、スパイの真似事など出来ないのだ。
そうであれば、王の助言者が忠誠心をもって仕えていることを、帝国人に伝えてもらおうではないかと思う。
「イベリス、王の助言者としてのお前の思いとやらを説明してやってくれないか」とアクィラは言った。
そう言われたイベリスは戸惑うが、シャルム王に付いて話し出すと熱が入り、その思いがどんどん出てくる。
フロースはイベリスの熱情に感動するのだけれど、そんなことを聞いていなかったアリアは、忠誠心について長々と聞かされ、しかも、聞いている内に訳が分からなくなった。
アクィラはと言えば、イベリスの熱い思いに驚き、自分の父に嫉妬してしまう。
そして、このように尊敬されたいと思うのであった。