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イベリス (Iberis)    作者: Naoko
1部 フロース
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     1章 惑星ウィリディス 1話 ロセウス

 惑星ウィリディス。

それは宇宙空間に浮かぶ、ジェイド・グリーンに彩られた美しい惑星。


 その惑星に寄り添う、月のロセウス。

今、そのロセウスに、宇宙帝国の皇帝専用機が近付こうとしている。


 ウィリディス王国では、王のシャルム・ハルアミナが亡くなり、

その葬儀に参列するため、多くの者たちがロセウスに向かっている。

そして、帝国が送ってきた要人たちとは、外務大臣のルスカ、

皇帝陛下の末娘である十六歳のプリンセス・アリアだった。


 帝国専用機は大気圏に入り、静かに下りていく。

ロセウスの街は早朝の淡いピンク色に包まれており、国王を亡くした寂しさを漂わせながら、

葬儀のために集まる者たちを迎えようとしていた。

アリアが窓からその街を眺めていると、彼女の横にいる従者のフロースが話かける。

「夢にでも出てきそうな美しい街ですね」


アリアは顔を窓から離し、深々と椅子に座りそれに答える。

「そうね。それになんだか悲しそうだわ」


 辺境に位置する惑星ウィリディスは、数世紀前まで氷を含む荒野で覆われており、

生産性の少ない土地だった。

そこへテラフォーミングによって温室効果ガスを人為的に放出し、温度と湿度を上げ、

惑星全域に植物を生えさせ、今では薬用植物も多く栽培されている。


 惑星には、植物を研究・管理する施設、病気治療を兼ねた保養所、さらには高齢者住宅などがあり、

大気汚染を防ぐために、大きな都市はない。

それらは三つの月によって管理され、産業集合地帯もそれらの月にあり、

ロセウスは一番大きな月だった。


 フロースはアリアに微笑むと、

「ここは保養地としても有名ですし、美しいだけではなく、最新の設備が整えられているそうですよ」

と言って、沈んだアリアの気持ちを高めようとする。

それが功を奏したのか、アリアは大きな目に悪戯っぽい表情を浮かべてフロースに言った。


 「ハダサ様は、惑星ウィリディスに療養に来ておられた時に、シャルム王に見初められたそうだけれど、

ここの美しさをとても気に入っておられるんですって。

惑星ウィリディスがどんな素敵な所なのか行ってみたいとは思わない?」


 ハダサは故シャルム王の后で、アリアの母とは従姉妹同士である。

アリアは幼少の頃、ハダサに会っているのだが覚えておらず、シャルム王にも会ったことはない。

彼女は、葬儀より、辺境の地とはどんな所なのだろうと、その方が気になっている。


 それでフロースは、アリアに思い出させるように答えた。

「わたしも行ってみたいですけれど、姫様がここへ来られたのは葬儀に参列するためで、

サイトシーイングは予定されておりません。

予定を変えれば、葬儀や、次の王様の戴冠式の準備にお忙しいこちらの皆様を、煩わせることになるでしょう。

それにわたしたちも、すぐにエスペビオスへ戻らねばなりません。

学校での試験が迫っております」


 アリアは皇帝の娘でありながら、帝国の首都エスペビオスの看護学校で学び、

フロースは、そのための従者だった。


 アリアはため息を付くように答える。

「分かってるわよ。それに試験のことはちょっと忘れていただけ。

ところでフロース、あなたって、いつ勉強しているの?

わたしは必死にやっているのに、あなたはそんな風ではないんですもの」


 アリアは、フロースを不思議に思っていた。

この品のある美しい貴族の娘は、僭越になることなくアリアに寄り添い、

いつもアリアのすぐ下の成績を取る。

それはまるで自分の立場を弁え、アリアを立てる事に徹しているかのようだ。

時折、この柔らかい表情の殻を破るかのように、強い意志を見せることもあるが、

それはほとんど秘められている。


 「姫様、わたしも必死なのですよ」

とフロースはいつものように微笑みながら答えた。

アリアは、そんなフロースを見ながら、もうすぐやって来る彼女との別れを思う。


 「あなたは二十歳になれば、学校を辞めて結婚してしまう身だから勉強は適当でいいのに・・・

そうね、あなたがいなくなると寂しくなるわ」

「それは光栄でございます。わたしの父も喜ぶことでしょう」

するとアリアは表情を曇らせた。彼女は、フロースの婚約者が気に入らないのだ。


 アリアは、フロースの婚約者が、父親より年上だと知った時、驚きを隠せなかった。

それでも自分が口出しするべきではないと思い、出来るだけこの話題を避けるようにしている。

とは言え、黙っていられなくなる時もある。


 「フロース、わたしはあなたのお父様のディフォーレスト子爵には感謝しているわ。

わたしのわがままを聞いて看護学校へ入学できるよう尽力してくれたし、

あなたをわたしの従者にも付けてくれたんですもの。

その子爵が、あなたとオーデン伯爵との結婚を望んでいるだなんて、とても思えないのよ」


 フロースはそれを聞いても表情は柔らかいままで、

「それはわたしが望んだことなのです」と答える。


 「姫様、わたしたちにはノブレス・オブリージュがございます。

平民より恵まれた立場にある私たちは、それなりの責務を果たさねばなりません」

彼女はそう言いながら、自由という点で、

平民の方が自分より恵まれているかもしれないとも思っていた。


 それでも彼女にとって、特権を与えられた者が、それに見合った義務を果たすことは重要なことなのだ。

ディフォーレスト家は代々それを果たしており、父の子爵も、圧力の下でそれを忠実に守っている。


 フロースの父、ディフォーレスト子爵は、オーデン伯爵家に副官として仕えていた。

子爵の勢いは、オーデン伯爵を凌ぐほどのものがあり、

それは伯爵とって不愉快なのだが、その忠節心を利用して益を受けていた。


 さらに伯爵は、自分の妻を病気で亡くす前から、美しく成長していくフロースにも目を付ける。

こうして地位を振りかざして圧力をかける伯爵は、

フロースが考えるノーブル、高貴さとはほど遠い男だった。



 反対に、伯爵の母親のマドロンは、

フロースが、父親である子爵の差し金で伯爵家に入り、

地位と財産を狙っていると思い込んでいた。


 そして侍女長のマルロー夫人に、

「ああ、フロースの美しさ、瑞々しい素肌、躍動する若い肢体、香水など必要のない処女の香り、そのすべてがなんと憎たらしいこと・・・

息子はそれに惑わされているのです」と不満を訴える。


 その度にマルロー婦人は、

「分かります奥様。そのご無念は、わたしがいつか果たして差し上げましょう」と答えるのであった。



 そうしている内に老齢のマドロンは死に、

煩わしい母親の小言から開放された伯爵は、子爵に邪魔されないようにフロースに結婚を迫る。

フロースは、年齢が離れていても、夫として愛し、尊敬しようと心に決め、

伯爵の愛の言葉を疑うことなく求婚を承諾した。


 それにフロースは、この求婚を受けることは、父の助けになるとも思っていた。

父を気遣ってのことだったが、実は、伯爵によってそのように思い込まされていたのだ。

また、家のために嫁ぐ貴族の娘たちは、さほど珍しくもない。


 フロースは、自分の母親も彼女の年には結婚し、仲の良い夫婦になっていたので、

結婚とはそういうものなのだとも思い込んでいた。


 アリアが言った通り、フロースの父と二人の兄たちは、彼女の結婚を不愉快に思っている。

そして彼女の母も、

「娘が自由になれるのは、伯爵が死んで未亡人になってからでしかない」と嘆く。

若いフロースは、伯爵より長く生きる。


 フロースはそれらのことを知っていたのだけれど、

伯爵によって欺かれていたので、違和感はなかった。


 その時のフロースは、伯爵に操られた人形のようであり、

ただ美しく耐えるだけの乙女でしかなかった。

それは仕方が無かったとは言え、いずれフロースは、

自分が浅はかだったのを思い知らされることになる。



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