こんな話がある①『鏡と王』
こんな話がある。
ある国に、どんな嘘でも見抜くことのできる鏡があった。鏡の前で語れば、真実なら銀色に光り、嘘なら黒く曇った。王はその鏡を裁判所に置き、国中に宣言した。
「これで冤罪はなくなる。正直者は誰も恐れることはない」
人々は王を賢王と讃えた。
ある日、一人の娘が盗みの罪で捕らえられた。娘は泣きながら訴えた。
「私は盗んでおりません」
鏡は銀色に光った。裁判官たちは驚き、娘を釈放しようとした。だがそのとき、被害者の老人が震える声で言った。
「では、私の金はどこへ消えたのです」
娘は顔を伏せた。裁判官が問うた。
「おまえは何か知っているのか」
娘は長く黙ったあと、答えた。
「弟が盗みました。私はそれを知っていました。でも弟は飢えていたのです」
鏡は銀色に光った。
弟は捕らえられた。弟もまた鏡の前で言った。
「僕は盗みました。でも姉は止めようとしました」
鏡は銀色に光った。
被害者の老人が言う。
「しかしあれは病に苦しむ孫のために薬を買う金だったのです。どうか返していただきたい」
鏡は銀色に光った。
それから裁判は三日三晩続いた。誰が飢えていたのか。誰が助けなかったのか。誰が見て見ぬふりをしたのか。誰が貧しい者から税を取り、誰が税を決め、誰がその決定に黙って従ったのか。誰の真実を聞くべきなのか。どこまで聞けば裁きは終わるのか。正義はどこにあるのか。誰が裁かれるべきなのか。
鏡は、誰の言葉にも銀色に光った。
噂を聞いた国民はこぞって議論に参加し、人間について、かつてないほど語り合った。議論が続くある日の夕べ、孫を助けたかった老人が倒れた。姉弟が駆け寄り、その命がもうないと知ると、自分たちの祖父が死んだかのように嘆き悲しんだ。
やがて、黙ってしまった人々の前で、王は言った。
「この鏡は危険だ。真実を明らかにしてしまう」
鏡は銀色に光った。
そして王は続けた。
「真実を使って、人間そのものを裁こうとしているのだ」
鏡は黒く曇った。
王はそれを見て、しばらく黙っていた。それから、自ら鏡に歩み寄り、剣のつかで叩き割った。
その日から国には、再び秩序が戻った。真実を問わなくなったからである。




