第5話 共振破壊とか聞いてない
王都に着いた翌朝、新堂ユウトは人生でもかなり上位に入る嫌な目覚めを迎えた。
原因は、扉を叩く音である。
しかも一度や二度ではない。
どん、どん、どん、と、ノックというより半ば突入予告みたいな勢いで鳴り続ける。
「シンドウ・ユウト! 起きてるんでしょう! 開けなさい!」
聞き覚えがありすぎる声だった。
「……朝から嫌な予感しかしない」
寝台の上で呻きつつ、ユウトは毛布を頭まで引っ張り上げた。だが外の声はまったく遠慮しない。
「開けないなら魔術で鍵を外すわよ!」
「犯罪予告じゃないかそれ!」
観念して起き上がり、寝癖のついたまま扉を開けると、そこには案の定、黒髪に金縁眼鏡の女――ミリス・アークライトが立っていた。
朝からきっちりした制服めいた魔導院の装いで、髪も乱れていない。こっちは寝起きのよれたシャツ姿だというのに、なんだこの差は。
「遅い」
「そりゃ寝てたからね!」
「よかった。起きてたらもっと腹が立ってたわ」
「理不尽すぎる」
ミリスはそれだけ言うと、遠慮なく部屋の中を覗き込んだ。やめろ。紙袋の所在確認をする目だ、それは。
「兵装は?」
「兵装って言うな。そこにあるけど」
机の横に大事でもなんでもないのに妙に丁寧に立てかけていた紙袋を指差すと、ミリスの目がすっと細くなった。まるで猫が興味のあるおもちゃを見つけたみたいな顔だ。研究者ってもっとこう、理性ある生き物なんじゃないのか。
「朝食は?」
「まだ」
「なら早く食べて支度して。魔導院へ行くわよ」
「待って。決定事項になってる」
「なってるわ。正式な依頼書も許可証も取ってあるもの」
「仕事が早いな!?」
「研究対象が目の前にいるのに遅い方が失礼でしょう」
「いやその考え方だいぶ怖いんだよな」
ミリスは肩をすくめる。
「安心しなさい。解剖はしないわ」
「その安心のさせ方をされる時点で不安しかない!」
そんなやり取りをしているところへ、廊下の向こうから聞き慣れた足音が近づいてきた。銀青の鎧こそ着けていないが、きっちりと騎士団の制服を着込んだレティシアだ。
彼女は扉の前で立ち止まり、ミリスを見るなりわずかに眉を寄せた。
「やはりもう来ていましたか」
「来るって言ったでしょう」
「朝食前に押しかける必要はなかったはずです」
「早い方がいいもの」
「それはあなたの都合です」
すごい。
朝っぱらから全然温度の噛み合っていない会話なのに、二人ともちゃんと成立しているつもりで話している。
レティシアはため息をつき、ユウトの方を見る。
「おはようございます、ユウト殿」
「おはよう。……たぶん、魔導院行きは本当に決まった感じ?」
「はい。王宮側も、まずは魔導院で兵装の安全確認と簡易調査を行うべし、との判断です」
「王宮まで巻き込んでたんだ」
「昨日のうちに報告は上がっていますから」
「仕事早い世界だな……」
ユウトは頭を掻いた。
正直、逃げたい。
ものすごく逃げたい。
だが、逃げたところで何も解決しないのも分かっていた。自分がなぜこの世界に来たのか、どうすれば帰れるのか、そしてあれがなぜ異世界で訳の分からない挙動をするのか。その手がかりがあるなら、行かない理由はない。
「……分かった。顔洗って着替えるから、少し待って」
「五分で」
「せめて十分ちょうだい」
「七分」
「交渉が細かいな!」
ミリスの後ろで、レティシアがごく小さく肩を揺らした。たぶん笑ったのだろう。珍しいものを見た気がした。
◇
王立魔導院は、王都の中心部から少し離れた高台にあった。
白灰色の石で組まれた巨大な建物群がいくつも連なり、その間を橋のような回廊が繋いでいる。尖塔、半球形の観測室、ガラス張りの温室のような建物まで見えた。正門には複雑な魔法陣を刻んだ金属板が埋め込まれ、入っていく魔導士たちのローブが朝の風に揺れている。
「大学と研究所と要塞を足したみたいな感じだな……」
ユウトがぽつりと呟くと、ミリスが少しだけ顎を上げた。
「だいたい合ってるわ」
「そこは誇るんだ」
「誇るに決まってるでしょう。王都最高の知が集まる場所よ」
「言い方がもう天才のそれなんだよ」
門をくぐると、早くも視線が集まった。
黒いスーツ姿の異邦人というだけで浮いているのに、隣にはミリス・アークライトがいて、さらにその後ろにはレティシアまでいるのだ。目立たないわけがない。
「あれが?」
「急報の……」
「本当に紙袋だ」
「紙袋に封じる設計思想が分からん」
「設計思想って言うな!」
つい反応すると、通り過ぎた学生風の魔導士たちがびくりとした。しまった。またやった。最近こういうの多い。反応すると余計に神秘性が増すやつだ。
ミリスが呆れたように言う。
「いちいち拾ってたら身がもたないわよ」
「分かってるけど、聞こえるんだもん!」
「聞こえるように言ってるのよ」
「性格悪っ!」
「研究者を敵に回すとそうなるわ」
いや別に回してはいない。たぶん。できれば友好的な距離を保ちたい。
案内されたのは、魔導院の中でもかなり奥まった区画だった。石壁は分厚く、扉も普通の木製ではなく金属補強された重いものばかりで、廊下には一定間隔で魔法陣めいた紋様が床へ刻まれている。
「なんか、研究室っていうより実験場っぽいな」
「危険な古代遺物や大型魔術の検証は、基本的にこの区画でやるの」
「危険な古代遺物って単語を平然と使わないでくれるかな」
「じゃあ今回は、未知の振動兵装の検証」
「もっと悪化した!」
ミリスは扉の前で立ち止まり、振り返る。
「いい? 中では私の指示に従って。下手に触ると結界が逆流する可能性もあるから」
「逆流ってなに」
「事故よ」
「雑に怖がらせるな!」
「雑じゃないわ。正確に怖いだけ」
重い扉が開いた。
その先にあったのは、石造りの広い実験室だった。
円形に近い空間で、床一面に幾何学模様の巨大な魔法陣が刻まれている。壁には透明な結晶板が何枚もはめ込まれ、天井近くには金属製の輪が幾重にも浮かんでいた。室内にはすでに十人近い研究員が待機しており、巻物や板状の記録具、測定器らしきものを手にしている。
全員の視線が、一斉にユウトの紙袋へ集まった。
「……帰っていい?」
「だめ」
「即答かあ」
レティシアは入り口近くに控える位置へ下がり、腕を組んで周囲を見回した。あくまで護衛として、何かあればすぐ動ける距離を取っているらしい。その存在が少しだけありがたい。
ミリスは中央の魔法陣を指さした。
「まずは初期反応の確認から。そこに立って」
「そこって、魔法陣のど真ん中なんだけど」
「そうよ」
「もうちょっとこう、危険が少ない場所から始めたりしない?」
「してるわ。これが一番安全」
「ここの安全基準、信じていいんだよな……?」
信じたくはないが、信じるしかない。ユウトは紙袋を抱えたまま、慎重に魔法陣の中央へ歩いた。足元の紋様が微かに青白く光る。うわ、なんか始まる感じがすごい。
「そのまま静止」
ミリスの合図で、周囲の研究員たちが一斉に動く。結晶板に文字が浮かび、天井の輪が低く唸るような音を立てた。
「魔力反応、基準値以内」
「外部干渉なし」
「対象の周辺位相、微細揺らぎあり」
「紙袋越しでも漏れてるのか……?」
最後の一言が地味に嫌だった。
「なあ、紙袋越しって強調しないでくれる?」
「事実なので」
誰かに真顔で返されてしまった。魔導院、冗談が通じる空気ではないのかもしれない。
ミリスが前へ出る。
「では次。兵装を取り出して」
「そんなあっさり言うんだ……」
腹を括るしかない。
ユウトは紙袋の中へ手を入れ、例の薄桃色の物体を取り出した。
途端に、室内の空気がぴんと張り詰めた。
研究員たちがざわめく。
誰かが本気で息を呑んだ。
「……形状はやはり意味不明」
「だが、魔力場は確かに歪む」
「なんだこの反応……」
「見た目の感想を先に言うのやめよう!?」
叫んだが、もう遅い。
ミリスだけは最初から知っていたせいか比較的冷静だった。彼女は顎に手を当て、食い入るようにそれを見る。
「やはり起動前から周囲に擾乱がある……。シンドウ・ユウト、それを握ったとき、体に違和感は?」
「違和感っていうか、ちょっと振動が腕に伝わる感じはある」
「起動していないのに?」
「え、今してないよな?」
「していないわ。でも、こちらの測定器では波形が出てる」
「怖いこと言うなあ……」
ミリスは手を差し出した。
「少し貸して」
「……壊したりしない?」
「しない。今はまだ」
「“今はまだ”が余計なんだよ」
渋々渡すと、ミリスは慎重に受け取った。だが次の瞬間、彼女の眉がぴくりと動く。
「重さの分布がおかしい」
「そうなの?」
「見た目より軽い。でも内部密度は均一じゃない。しかも――」
彼女はすっと目を細めた。
「持っているだけで魔法陣の外周結界に細かいノイズが走る」
「……え?」
言われて周囲を見ると、たしかに床の光がところどころぶれていた。波紋みたいな揺れが外側へ広がっている。
研究員のひとりが声を上げる。
「第三区画、振幅上昇!」
「外周安定率が三%低下!」
「まだ起動してないんだぞ!?」
ざわめきが大きくなる。
ユウトは嫌な汗をかいた。
おいおい、待ってくれ。ただ持ってるだけでそんな影響あるなら、もう街中に持ち歩いてる時点でだいぶ迷惑な存在じゃないか。
ミリスは逆に、完全に目が輝いていた。
「面白い……!」
「面白いで済ませていい段階かなこれ!?」
「いいから次、起動して」
「早い!」
「結界が持ってるうちに確認する」
「その言い方も怖い!」
だがここまで来たらやるしかない。
ユウトは再びそれを受け取り、深呼吸した。周囲の研究員たちが記録具を構え、ミリスは魔法陣の外側へ下がって指示を飛ばす。
「全員、防護結界二重。外周位相固定。シンドウ・ユウト、出力は普段通りでいい」
「普段通りって言われても普段使いしてないからね!? これ!」
突っ込みつつ、親指を側面へ当てる。
カチ。
小さな感触。
次の瞬間、ぶぉん、とあの低い振動音が実験室に立ち上がった。
「来た!」
ミリスの声が鋭く飛ぶ。
床の魔法陣が一斉に明るさを増し、周囲の結晶板へ乱れた波形が奔る。天井の金属輪が高い音を立てて回転を始めた。
ユウトの腕に振動が伝わる。
いつもと同じだ。だが、今回は周囲の反応が露骨すぎた。
「外周結界、干渉確認!」
「魔力流路が共鳴してる!」
「いや、共鳴じゃない、乱されてるぞ!」
「数式が合わない!」
研究員たちが次々に叫ぶ。
ミリスは興奮を押し殺した声で命じた。
「そのまま静止! 動かさないで!」
「お、おう」
言われた通り、ユウトはその場でそれを持ったまま立つ。
その直後だった。
室内正面に設置されていた半透明の巨大な魔力障壁――たぶんこれが結界実験用の標的だったのだろう――の表面に、細かな波紋が走った。
びり、びりびり、と。
水面に無数の石を投げ込んだみたいな揺れが広がり、障壁を構成していた光の格子が目に見えて歪んでいく。
「え、なんかやばくない?」
「静止して!」
ミリスが叫ぶ。
「むしろ動いたらどこに飛ぶか分からない!」
「その情報もっと早く言って!」
びし、と障壁の一部にひびが入ったような光の裂け目が生じる。
次の瞬間、それは一気に全体へ走った。
ぱきん。
ガラスが割れるような、しかしもっと乾いた音。
巨大な魔力障壁が、音もなく崩壊した。
光の粒が室内へ舞い、淡く散って消える。
結界のあった場所には何も残っていない。
「…………」
沈黙が落ちた。
ユウトは振動を止めるのも忘れて立ち尽くす。
ミリスも、研究員たちも、全員が目の前の空間を見つめたまま硬直していた。
「え、ええと」
ユウトが恐る恐る口を開く。
「壊れた?」
その一言が合図だったみたいに、実験室中が一気に騒然となった。
「一瞬で!?」
「高位障壁だぞ!?」
「接触すらしていない!」
「何が起きた、なんで崩れた!」
「流路が全部逆位相へ引きずられたんだ!」
「ありえない、こんなの!」
ミリスが我に返り、ほとんど駆け寄る勢いで前へ出た。
「止めて!」
「はいっ」
慌ててスイッチを切る。ぶぉん、という音が消えた瞬間、室内の圧迫感もすっと引いた。
ミリスは崩壊した障壁の跡地を見、床の魔法陣を見、ユウトの手元を見、最後に自分の手に持った記録板へ視線を落とした。そして、信じられないものを見るように呟く。
「……共振破壊」
「はい?」
「魔力障壁の構成周期を、外部から強制的に乱してる。しかも一点突破じゃない。全体の位相をまとめて引きずって、維持不能にしてる……」
早口だった。
ユウトには半分も分からない。
「えーと、つまり?」
「つまり、結界殺しよ」
ミリスが顔を上げる。
「あなたの兵装、対魔術戦において最悪級に危険」
「すごい嫌な言い方されたな!?」
「褒めてるの」
「褒められても困る!」
研究員のひとりが青ざめた顔で言った。
「こんなものが量産されているという報告、本当なのですか……?」
「いやそこはだいぶ誤解で!」
しまった、と思った時にはもう遅い。研究員たちの目の色がさらに変わった。
「やはり同型存在が……」
「対障壁兵装の軍事革命では……」
「いや、むしろ古代戦争の再来だぞ」
「紙袋ごと輸送されている理由が分かってきた……!」
「紙袋への信頼が変な方向に厚いな!?」
レティシアが壁際から静かに口を開く。
「ミリス殿。危険性の評価は?」
「高い。けれど制御不能ではない」
ミリスは即答した。
「少なくとも、シンドウ・ユウトが持っている限りは暴走していない。兵装そのものが担い手を選別している可能性がある」
「選別してないからね!?」
「あなたがそう思っているだけかもしれない」
「怖いことをさらっと言うな!」
ミリスは一歩近づいてくる。その目はもう完全に研究者のそれだった。未知の現象を前にして、寝食すら後回しにしそうな危うい熱がある。
「もう一回」
「え?」
「もう一回、別種の結界でも試す」
「ちょっと待て」
「今度は多層障壁。もしかしたら中間層で崩壊様式が変わる」
「待てって!」
「あと近接時と遠隔時の差も見たい」
「待ってくれ!」
ユウトは思わず半歩下がった。
だがミリスは止まらない。
「対呪詛膜、対拘束陣、対封印式――」
「さすがに連続実験はだめです」
ぴしゃり、とレティシアが遮った。
「シンドウ殿は昨夜まで長距離移動でした。今日の安全確認はこれで十分でしょう」
「十分じゃないわ。今のでむしろ始まったのよ」
「始めないでください」
「始まるに決まってるでしょ、こんなの!」
「だからといって担い手の体調を無視しないでください」
二人の視線がぶつかる。
研究者と騎士。昨日から何度か見た構図だが、今回は少し本気度が違う気がした。
その緊張の中、ユウトは弱々しく手を挙げる。
「あのー……」
視線が自分に集まる。
「できれば、俺にも分かる言葉で説明してほしいんだけど」
ミリスが一度まばたきし、それから小さく息を吐いた。
「……簡単に言うわ」
彼女は床に残った波形を指差した。
「普通の魔力障壁は、一定の周期で魔力を巡らせて形を保ってる。そこへあなたの兵装が出す振動が入ると、その周期が狂う」
「周期が狂う」
「ええ。歌っている集団に、全員のリズムをずらす音をぶつけるようなものよ。最初は乱れだけ。でも、乱れが全体に広がると、最後には歌として成立しなくなる」
「……結界が壊れるのは、そのせい?」
「そう。維持できなくなって崩れる」
ユウトは手の中のそれを見た。
薄桃色で、丸みがあって、どう考えても異世界最強兵器の見た目ではない。だが、今の実験結果を見る限り、対魔術という一点だけで言えば本当にとんでもないものらしい。
「そんな機能、製品説明に書いてなかったんだけどな……」
「せいひんせつめい?」
「いや、こっちの話」
ぼそりと誤魔化すと、ミリスは怪しげに目を細めたが、今はそこを追及しなかった。
代わりに、彼女ははっきりと言った。
「シンドウ・ユウト」
「はい」
「あなたの兵装は、少なくとも王都の上層部が放置できる代物じゃない」
「知ってた」
「王宮も神殿も騎士団も、ますます食いつくでしょうね」
「知りたくなかった!」
研究員の一人が遠慮がちに尋ねる。
「ミリス殿、報告書の表現はどうします」
彼女は迷いなく答えた。
「こう書いて。『対象兵装は魔力障壁に対し極めて高い干渉能力を有し、接触なしに高位結界を崩壊させる』」
「待って、言い方!」
「事実よ」
「もっとこう、柔らかくできない?」
「できない。学術報告なので」
「そこでだけ真面目なんだよなあ……」
レティシアがユウトのすぐ隣まで来て、小さく声を落とした。
「大丈夫ですか」
「精神的にはだいぶだめ」
「身体は?」
「それは平気っぽい」
「ならよかった」
その言い方は本心からの気遣いで、少しだけ救われた。
ミリスの興奮に飲まれそうになっていた頭が、ほんの少し冷える。
「今日はこれで終わり?」
ユウトが訊くと、ミリスは不服そうな顔をした。
「本当はあと五種類試したい」
「聞かなきゃよかった」
「でも今日はここまでにしてあげる」
「上から目線で優しさ見せられても複雑なんだよ」
ミリスは鼻を鳴らした。
「次は対呪詛膜」
「次が確定してる!」
「当然でしょ。ここまで見せられて終わる研究者がいると思う?」
「いないだろうなあ……」
たぶん本当に、もう逃げられない。
王都に着いた時点で分かってはいたが、こうして結果を出してしまうと余計にだめだ。自分の意思とは無関係に、手元のあれはこの世界で価値を持ちすぎている。
実験室を出る直前、ミリスがふと立ち止まった。
「ひとつだけ」
「なに」
「さっき“普段使いしてない”って言ったわよね」
「……言ったっけ」
「言ったわ」
まずい。
ミリスの眼鏡の奥の目が、じっとこちらを見る。
「なら、あなたの世界ではそれは何に使うの?」
「…………」
「シンドウ・ユウト?」
「……説明が、かなり難しい用途の道具でして」
言った瞬間、実験室のあちこちで息を呑む音がした。
しまった。
完全にしまった。
「やはり秘匿用途……」
「禁忌兵装か……」
「軍事転用前提ではない……?」
「違うからね!? 今のみんなが想像した方向とは絶対違うからね!?」
だが、誰もまともに受け取ってくれそうな顔をしていなかった。
ミリスですら、一瞬だけ何かを考え込むように目を伏せ、それから妙に真面目な顔で頷いた。
「……なるほど」
「その“なるほど”が一番怖いんだけど」
「いずれそこも調べる必要があるわね」
「だから調べなくていいところもあるんだって!」
レティシアはこめかみを押さえながら、深くため息をついた。
こうして王立魔導院での初日の実験は終わった。
だがユウトには、終わった気がまるでしなかった。
高位結界を一瞬で崩壊させた。
共振破壊だとか結界殺しだとか、不穏な単語が増えた。
そしてミリス・アークライトという厄介な天才研究者の興味を、完全に引きつけてしまった。
実験室の外へ出たとき、王都の空はよく晴れていた。
その青さとは裏腹に、ユウトの胃のあたりはどんどん重くなる。
「……これ、王宮に報告行くんだよな」
「はい」
レティシアが静かに答える。
「しかも、かなり大きく」
「だよなあ……」
ユウトは紙袋の持ち手を握り直した。
中に収まったそれは、何も知らない顔で静かに沈黙している。
だが、その沈黙のせいで周囲は勝手に深読みし、勝手に価値を見出し、勝手に話を大きくしていく。
たまったものではない。
それでも、少なくともひとつだけ分かったことがあった。
この世界では、自分の手にある“これ”はただ恥ずかしいだけの品ではない。
恥ずかしい上に、普通に危険で、しかもとんでもなく注目される代物なのだ。
最悪だった。
そして、もちろんそんな最悪はここで終わらない。




