表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

15/16

第15話 刺客襲来、守りたいのは名誉だけど守れない

王都大演武会の熱気が、ようやく広場の外へ流れ始めたころだった。


 新堂ユウトは、騎士団に囲まれるような形で舞台袖から退場していた。

 観客の歓声はまだ続いている。広場のあちこちで「見たか」「本当にゴーレムを」と興奮した声が飛び交い、露店の客引きまでいつもより声が大きい。


 普通なら、成功した式典の余韻に浸る場面なのだろう。

 だが、レティシアがさっき見たという“ただの観客ではない誰か”の話が、その空気を全部台無しにしていた。


「……ほんとにいたんだよな」


 小声で聞くと、レティシアは一切迷わず頷いた。


「はい」


「見間違いとかじゃなく?」


「ありません」


 短い返答。

 そこに迷いがないのが逆に怖い。


 ミリスも後ろから歩きながら、珍しく軽口を叩かなかった。


「広場の熱気に紛れて消えたのが厄介ね。訓練された人間か、魔族の手先か、どちらにしても素人じゃない」


「言い方がもう嫌なんだけど」


「嫌でもそういう段階よ」


 フィアナだけが、状況を理解しきれないまま不安そうに周囲を見回していた。


「刺客、なんでしょうか」


「かもしれません」


 レティシアが答える。


「ですので、シンドウ殿は私たちから離れないでください」


「言われなくても離れないよ……」


 こういう時だけ、自分が本当に“守られる側”だと痛感する。

 戦場ではたまたま役に立てる。けれど、こういう闇討ちや人混みの中の気配には、まるで対応できない。


 広場から王宮外縁へ続く回廊は、警護の騎士で封鎖気味になっていた。

 王宮側も異変を察したのだろう。退場する貴族たちの馬車が優先的に通され、その陰で騎士団の足音がせわしなく行き交っている。


「本部へ戻る動線を変えます」


 レティシアが短く告げる。


「大通りは避ける。人の目は減るが、代わりに通路を絞れる」


「それ、待ち伏せにはならない?」


「広場周辺に残るよりはましです」


 その判断の速さがありがたい。

 だが同時に、ユウトの胃はきりきりした。


 自分一人ならまだいい。

 いや、よくはないが、少なくとも“自分が狙われている”だけの話で済む。

 でも今は違う。レティシアも、ミリスも、フィアナもいる。もし本当に刺客なら、こっちの誰かが巻き込まれる。


 その考えが、妙に胸へ重く落ちた。


   ◇


 最初の異変は、あまりにも唐突だった。


 王宮外縁の石廊下を抜け、中庭に面した細い通路へ差しかかったとき。

 先頭を歩いていた護衛騎士の一人が、急に足を止めたのだ。


「――待て」


 低い警告。

 次の瞬間、その騎士の足元で、石畳の継ぎ目から黒い煙のようなものが噴き上がった。


「っ!?」


 煙ではない。

 細い糸だ。黒い糸が一斉に絡みつき、騎士の脚を拘束する。彼が剣を抜こうとした瞬間、今度は壁際の影から、黒衣の影が三つ飛び出した。


「来た!」


 ミリスが叫ぶ。


 刺客たちは無言だった。

 顔の下半分を布で隠し、軽装の上から黒革を重ねている。短剣を持つ者が二人、細身の杖を持つ者が一人。人間か魔族か一見では分からない。ただ、その動きだけが異様に無駄なく、ためらいがなかった。


 狙いは、はっきりしていた。


 ユウトだ。


「シンドウ殿、下がって!」


 レティシアが前へ出る。剣が閃き、最初に飛び込んできた短剣の刺客を弾く。

 だが刺客は一撃で崩れない。受けを流し、そのまま低い姿勢で懐へ潜り込もうとする。


「はやっ――!」


 ユウトが情けない声を上げた瞬間、ミリスの詠唱が走った。


「《縛雷》!」


 青白い閃光が通路を走り、二人目の刺客の足元を弾く。

 相手は一瞬だけ体勢を崩したが、そこで怯むような素人ではなかった。壁を蹴り、無理やり距離を詰め直してくる。


 後衛の杖持ちが、低く何かを唱えた。


 ぞわり、と嫌な気配が広がる。

 空気が冷えたのではない。感覚が鈍るような、注意そのものが引き剥がされるような不快感だ。


「呪具!」


 ミリスが怒鳴る。


「視界を持っていかれる、フィアナ!」


「はい!」


 フィアナが祈祷書を胸に抱え、震える声で祈りを重ねる。

 白い光の薄膜がユウトたちの前へ張られた。完全ではない。だが、嫌な鈍りが少しだけ和らぐ。


「助かる!」


「ご、ごめんなさい、強くはないです!」


「今ので十分!」


 レティシアは短剣の一撃を剣の腹で受け、その勢いのまま刺客の肩口へ肘を打ち込んだ。相手が後退した隙に、彼女は半歩も下がらず、完全にユウトの前へ立つ。


「絶対に離れないでください!」


「う、うん!」


 だが、相手の狙いは正面突破だけではなかった。


 足を拘束された護衛騎士の脇をすり抜け、壁際を這うように三人目が回り込む。杖持ちだ。狙いはユウトではなく、肩にかけた黒布の携行袋。


「っ、袋か!」


 ミリスが気づく。


 つまり、殺害だけではない。

 奪取も目的に入っている。


 ユウトの背筋が凍る。

 同時に、妙な怒りも湧いた。


 これがなければ、今の自分はもっと楽だった。

 だが、これがなければ、レティシアたちも危険な目に遭わずに済んだかもしれない。


 しかも今、こいつらはそれを奪おうとしている。

 自分の事情も、周囲の迷惑も、全部ひっくるめて踏み荒らすみたいに。


「……ふざけんな」


 半ば反射で、ユウトは携行袋から本体を引き抜いた。


「シンドウ殿!」


「近づくな!」


 ぶ……ぉん。


 出力が落ちている。

 それでも振動は立ち上がる。


 回り込んできた杖持ちが、その音を聞いた瞬間に目を見開いた。わずかだが、本能的な警戒が表情に出る。


 遅い。


 ユウトはやけくそで、それを杖持ちの短杖へ向けて突き出した。


 次の瞬間、相手の短杖に刻まれた黒い紋様がぶれた。

 びり、と嫌な音を立て、杖そのものが内側からひび割れる。


「なっ……!」


 杖持ちが初めて声を漏らした。

 同時に、通路を満たしていた嫌な鈍りが一気に弱まる。呪具の核が乱れたのだろう。


「やっぱり呪具にも効く!」


 ミリスの声は、こういう時だけ本当に楽しそうで腹が立つ。


「今のうち!」


 レティシアが一人目の刺客を押し返し、そのまま剣を返して二人目の短剣を弾く。護衛騎士も拘束を断ち切って立ち直り、通路の幅を生かして刺客たちを挟み込もうとする。


 だが敵も引かない。


 一人目が、明らかに無理な体勢からユウト目がけて短剣を投げた。


「っ!」


 避けきれない。

 そう思った瞬間、レティシアが文字通り身を投げた。


 銀青の外套が翻り、ユウトの前へ割り込む。短剣は彼女の肩口の防具をかすめ、鈍い音を立てて石壁へ刺さった。


「レティシア!」


「無事です!」


 反射的な返答だったが、彼女の呼吸は明らかに荒い。


 その光景を見た瞬間、ユウトの胸の奥で何かが切り替わった。


 今までだって、分かっていたつもりだった。

 自分が守られていること。

 この兵装のせいで、周囲を巻き込んでいること。

 でもそれは、どこか実感の薄い理解だった。


 違う。

 今、目の前で、レティシアは本当に自分を庇って傷を負いかけた。


 ミリスも呪具を乱す魔術を重ね、フィアナも震えながら結界を維持している。

 自分のせいで、みんなが戦っている。


「……っ!」


 ユウトは歯を食いしばった。


「ミリス!」


「なに!」


「呪具持ち、もう一回狙う!」


「できる!?」


「やるしかない!」


 出力は弱い。

 残量も心配だ。

 でも、今は惜しんでいる場合じゃない。


 ユウトは黒布の携行袋へ手を突っ込み、半ば反射で近接寄りの付属品を引き抜いた。


 刺客たちの視線が、一瞬だけそこへ集まる。


「っ、換装――」


 誰かが小さく呟いた。


 敵も、その情報を知っている。

 その事実が逆に、ユウトの迷いを削った。


「知ってるなら、なおさらだ!」


 付属品を装着する。

 カチリ、と軽い感触。


 振動の質が変わる。

 広く散るのではなく、細く、鋭く、刺すような波になる。


 呪具持ちが一歩退いた。

 その退き方が、すでに答えだった。効くのだ。


「レティシア、道!」


「はい!」


 彼女は肩口をかすめた痛みなど無視するように踏み込み、一人目の刺客を押し込む。護衛騎士がもう一方を止める。ほんの一拍、呪具持ちへの進路が開いた。


 ユウトはそこへ突っ込んだ。


「うわああああっ!」


 半分悲鳴だ。

 でも足は止まらない。


 近接型の先端を、呪具持ちの短杖へ押し当てる。

 ぶる、と短杖全体が震え、その内部に刻まれていた黒い紋様が一気に崩れた。柄の中央からひびが走り、ぱきん、と折れる。


「なっ……!」


 今度こそ明確な動揺だった。


 同時に、刺客たちの連携が崩れる。

 呪具の支援が切れ、短剣組の動きがわずかに鈍る。


「押し切る!」


 ミリスの魔術が飛ぶ。

 雷光ではなく、圧縮した空気の弾丸のような一撃が、二人目の刺客の足元を払う。バランスを崩したところへ、レティシアの剣の柄が容赦なく鳩尾へ叩き込まれた。


 一人目は護衛騎士が盾で押し込み、石壁へ叩きつける。

 呪具持ちは折れた杖を捨て、なお短剣を抜こうとしたが、その瞬間にはユウトの手の中のそれが、目と鼻の先にあった。


「近づくな」


 声は震えていたと思う。

 でも、相手は止まった。


 止まらざるをえなかったのだろう。

 先ほど自分の武器が内側から壊されたのを、体で理解している。


 数秒の硬直。

 そして刺客たちは、これ以上は無理だと判断したらしい。


 一人目が低い笛のような音を鳴らす。合図だった。

 次の瞬間、三人は一斉に小瓶を地面へ投げつけた。


 白煙が広がる。


「くそ、煙幕!」


 レティシアが叫ぶ。

 護衛騎士たちが追おうとしたが、煙の向こうで足音はすでに散っていた。通路を熟知している逃げ方だ。


 やがて煙が薄れるころには、刺客たちの姿はどこにもなかった。


   ◇


 静けさが戻ったあとで、ユウトはようやく自分が震えていることに気づいた。


 手が震える。

 肩も震える。

 呼吸が浅い。


「……終わった?」


「いったんは」


 レティシアが剣を納める。

 その声は落ち着いていたが、彼女自身の呼吸も荒い。


「本部へ戻ります。ここは危険です」


 ミリスが折れた短杖の破片を素早く拾い上げる。


「これ、魔導院で解析する。呪具の系統が分かれば、出所に近づけるかも」


「そんな余裕あるの……」


「あるわけないでしょ。でも拾えるものは拾うの」


 さすがだった。


 フィアナはまだ少し顔色が悪い。結界を維持していたせいだろう。

 それでも、ユウトへ近づくと真っ先に尋ねた。


「大丈夫ですか」


「俺は……まあ、なんとか」


「レティシアさんは!」


 そこでようやく、ユウトは肩口の短剣を思い出した。


「そうだ、肩!」


 レティシアは一瞬だけ目を逸らした。


「かすり傷です」


「嘘だな」


「嘘では」


「その言い方は嘘だろ」


 ミリスがさっさと外套の肩口をずらす。

 レティシアがわずかに眉を寄せたが、抵抗はしない。薄く血が滲んでいる。深くはない。だが、無傷でもない。


「浅い。でも呪具の刃かもしれない」


 ミリスが険しい顔になる。


「フィアナ」


「はい!」


 フィアナがすぐに前へ出て、短い祈りを重ねた。

 淡い光が傷口へ重なり、黒ずんだ気配がわずかに弾けるように散る。


「……大丈夫そうです」


 フィアナが息を吐く。


 ユウトはそれを見て、ようやく少しだけ呼吸を取り戻した。


「よかった……」


 ほんの一瞬だが、本気で冷えたのだ。

 もしあれが深く入っていたら。もし呪具の作用がもっと強かったら。そう考えたら、ぞっとした。


 レティシアが静かに言う。


「守るのが役目です」


「分かってる」


 ユウトは、少しだけ低い声で返す。


「でも、そういう問題じゃないんだよ」


 その言葉に、レティシアはわずかに目を見開いた。

 それきり何も言わず、ただこちらを見る。


 ユウトはうまく言葉を探せなかった。

 けれど、ひとつだけははっきりしている。


 自分が守られているのは分かっていた。

 でも、守られることを前提にして、ただ流されているだけではだめなのだ。


「……本部戻ったら、ちゃんと考える」


「何をですか」


「俺が、どう動くか」


 レティシアはしばらく黙っていたが、やがて小さく頷いた。


「はい」


   ◇


 騎士団本部へ戻ると、今度こそ大騒ぎになった。


 演武会直後、王宮外縁通路で刺客襲撃。

 しかも狙いはユウトと兵装。

 王宮の警備、騎士団の護衛、王都の治安、全部に関わる重大事だ。


 事情聴取。

 通路の再検証。

 王宮警備との連携確認。

 魔導院での呪具解析。


 もはや休む暇もない。


 だが、そうした慌ただしさの中でも、ユウトの頭に残っていたのはひとつだけだった。


 レティシアが自分を庇ったこと。

 ミリスが即座に支援へ動いたこと。

 フィアナが怖がりながらも結界を張り、治療まで手伝ったこと。


 自分のせいで、みんなが動いている。


 そしてそれは、“なんとなく悪い気がする”では済まない場所まで来ている。


 夜遅く、ようやく人払いされた部屋で、ユウトは机の上の黒布袋を見つめた。

 以前の紙袋より見た目はましだ。だが、中身の重さは増すばかりだ。


 ノックのあと、レティシアが入ってくる。肩口には治療後の薄い包帯が巻かれていた。


「……傷、大丈夫?」


「ええ。支障はありません」


「よかった」


 短い沈黙。


 それを破ったのはユウトの方だった。


「レティシア」


「はい」


「今まで、なんていうか……俺、だいぶ流されてたと思う」


「否定はしません」


「そこはちょっと濁してくれない?」


「ですが、それも無理はありません」


 レティシアは机の向かいに立つ。


「突然この世界へ来て、状況も分からず、兵装だけが勝手に評価されて。流されない方が難しいでしょう」


「うん」


「ですが」


「また“ですが”だ」


「今日で、少し変わりましたか」


 ユウトは黒布袋へ視線を落とした。


 変わった、と思う。

 正確には、変わらざるをえなくなった。


「……たぶん」


「そうですか」


 レティシアの声は静かだった。


「なら、それで十分です」


「十分かなあ」


「最初から完璧に覚悟が決まる方が珍しいです」


 それは少しだけ、慰めになった。


 その後、ミリスも遅れて顔を出した。

 手には例の折れた短杖の破片を入れた箱がある。


「解析、途中だけど分かったことがある」


「早いな」


「早いわよ。敵も急いでるもの」


 ミリスは真面目な顔で続ける。


「王都の裏で流通してる呪具とは系統が違う。もっと軍用寄り。しかも、あなたの兵装の特性をある程度想定して調整されてる節がある」


「……つまり?」


「敵は本気で、あなたを奪うか潰すかを考え始めてる」


 その言葉は、思った以上に冷たく胸へ落ちた。


 だが今度は、ただ怯えるだけでは終わらなかった。


 ユウトはゆっくり頷く。


「分かった」


 ミリスが少しだけ眉を上げる。


「随分あっさりね」


「怖いのは変わらないよ」


 正直に言う。


「でも、俺が“怖いから知らない”で済ませてると、たぶんまた今日みたいになる」


 レティシアも、ミリスも、黙ってこちらを見ていた。


「だったら、少なくとも、自分が何を持ってて、どう狙われてるのかくらいは理解しないと」


 それは英雄の台詞ではない。

 ただの、ようやく覚悟の入口に立った人間の言葉だ。


 ミリスは少しだけ口元を緩めた。


「……その方が話が早いわ」


「やっぱり研究者目線なんだな」


「でも嫌いじゃないわよ、今の」


 レティシアも静かに頷く。


「私もです」


 ユウトは深く息を吐いた。


 守りたいのは、正直に言えばいまだに自分の名誉だ。

 あの中身の真実を知られたくない気持ちは、これっぽっちも薄れていない。


 でもそれだけではなくなった。

 今はもう、目の前で傷つく誰かを増やしたくないという気持ちもある。


 その違いは、小さく見えて大きかった。


「……第16話が残ってます」


 と言いかけて、もちろんそんなことは口に出さなかった。


 代わりにユウトは、黒布袋の口をきゅっと閉じた。


「とりあえず、次に刺客が来ても、前みたいにただ叫んでるだけじゃ済ませない」


 その言葉に、レティシアの目が少しだけやわらいだ。


「頼もしいです」


「いや、まだ全然頼もしくはない」


「それでもです」


 ミリスが箱を抱え直しながら言う。


「じゃあ、次はもっと理詰めで動いてもらうわ」


「そういうとこだぞ」


 フィアナがいればきっと「よかったです!」と明るく言っただろう。

 だが今夜は、その不在さえ静けさとしてちょうどよかった。


 刺客は去った。

 でも、狙われている現実は消えない。

 王都の熱狂の裏で、戦いはもう別の形へ進み始めている。


 ユウトはそのことを、ようやく自分の問題として受け止め始めていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ