教団見学と魔王②
昨日は食堂と子供部屋を見た。
今日はその続きだ。
俺はリーネに案内されながら、内心で少し身構えていた。
生活の場を見たことで、教団に対する印象は多少やわらいだ。
だが、会議での空気や、王国・女神教と対立しているという話を考えれば、戦うための設備がないはずもない。
「本日は鍛錬場と集会堂をご案内します」
「……順当だな」
「はい。教団の今を知るには、どちらも外せません」
隣ではアリスが兎のぬいぐるみを抱えたまま歩いている。
昨日もらったあれが、すっかり気に入ったらしい。
「きょうは、こわいとこ?」
「昨日よりは、そうかもしれない」
そういうと、俺の袖をいつもより強く握った。
まず案内されたのは鍛錬場だった。
広い石造りの空間に、木剣や槍、盾が並べられている。
砂を敷いた区画では、何人もの信徒が稽古をしていた。
乾いた打撃音、短い号令、踏み込む足音が絶えず響く。
中央ではガルドが腕を組み、荒っぽい声で指示を飛ばしていた。
「腰が高い! それじゃ一撃で持ってかれるぞ!」
「盾を先に出せ! 斬ることより、生き残ることを考えろ!」
鍛錬場の空気は殺気立っていた。
だが、ただ人を壊すための訓練というより、死なないための動きを叩き込んでいるように見える。
大きな音にアリスはびくっと肩を震わせた。
「……っ」
俺はすぐに彼女の前へ半歩出る。
「大丈夫だ。ただの稽古だ」
「……おと、おおきい」
「そうだな。嫌なら離れて見よう」
「……うん」
少し後ろへ下がった場所から見ていると、ガルドがこちらに気づいて近づいてきた。
「教祖様。見学か」
「ああ」
近くで見ると、やはり威圧感がある。
頬には古い傷が一本走り、短く刈った髪の間から獣の耳が覗いていた。
口元には鋭い犬歯が覗いている。会議の時も迫力はあったが、汗と土にまみれた鍛錬場だと余計に戦場の男に見えた。
「若いのも多いな」
俺がそう言うと、ガルドは鼻を鳴らした。
「鍛えてやらねえとてんで駄目だからな」
「戦わせるためか?」
「生き延びさせるためだ」
即答だった。
ガルドは顎で隅の区画を示す。
そこでは年若い信徒たちが、盾の構え方や転び方を教わっていた。
木剣を振り回しているわけではない。まずは防御と退避の動きだ。
「剣を持てりゃ立派な兵士、なんて甘い話はねえ。逃げる足と、守る腕がなきゃ終わりだ」
言葉は荒いが、理屈は分かる。
アリスが俺の袖を引いた。
「……あのひと、こわい」
「ガルドのことか?」
ガルドはその会話を聞いていたのか、片眉を上げた。
「怖く見えるなら、それでいい。舐められて得することは少ねえ」
乱暴だが、やはりこの男なりの理屈があるらしい。
鍛錬場を後にしたあと、次に案内されたのは集会堂だった。
そこは鍛錬場とはまるで逆の空気だった。
高い石天井の下に長椅子が並び、奥の壁には無数の木札が掛けられている。
小さな灯明がいくつも揺れ、その下には花や石、小さな布切れなどが供えられていた。
「……ここは?」
俺が訊くと、リーネは少しだけ声を落とした。
「亡くなった者たちを悼む場所です」
その答えは静かだったが、重かった。
集会堂の隅では、何人かの信徒が黙って祈っていた。
激しい儀式の気配はない。
ただ静かで、疲れ果てた人間たちの沈黙がある。
そこには子供らしいおもちゃなども混ざっていた。
「子供も……?」
思わず漏れる。
リーネは目を伏せた。
「飢え、病、討伐、襲撃……理由は様々です」
アリスが俺の袖をくいと引いた。
「……きのうのおんなのことかもいなくなっちゃう?」
「……」
「……やだ、いなくなるの」
その言葉に、胸の奥が妙に重くなる。
アリスは兎のぬいぐるみを抱えたまま、おもちゃをじっと見つめていた。
きっと意味を全部は分かっていない。
でも「いなくなった人の場所」だということだけは感じ取っているのだろう。
リーネが静かに言った。
「ここには、祈りに来る者も多いです。怒りや悲しみを抱えたまま眠れない時に」
「……それで、少しは楽になるのか」
「分かりません。ただ、来ないよりはましだと思いたいのです」
俺はその答えに何も返せなかった。
鍛錬場には戦いの準備があった。
集会堂には喪失の痕があった。
片方だけなら、まだ単純に見られる。
だが両方が並ぶと、この教団が「戦いたい集団」なのか、「戦わざるを得なくなった集団」なのか、簡単には決めつけられなくなる。
部屋へ戻る途中、アリスがぽつりと聞いた。
「……きょうそ」
「なんだ」
「きょうそは、いなくならないでね」
「大丈夫だ。俺はどんな時もアリスのそばにいるよ」
アリスはその答えに満足したのか、少し表情を緩めた。
教団のことは、まだ分からない。
でも少なくとも、こいつらの生活の下には、かなり深い傷が埋まっている。
それだけは、今日ではっきりした気がした。
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