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魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。  作者: いかめし123
1章魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。
5/15

トラウマと魔王

泥団子を作ってからというもの、アリスは前よりも少しだけ、俺のそばで肩の力を抜くようになった。


相変わらず、物音がするとびくりと震えるし、知らない信徒が近づけばすぐ俺の後ろへ隠れる。だが、少なくとも自室の中では、前ほど常に怯えているわけではなくなっていた。


それは良い変化だと思う。


……だからこそ、俺は考えた。


この子のことを、もう少し知らなければいけない、と。


名前しか知らない。

何を怖がるのか、何を覚えているのか、何がきっかけで不安になるのか。

そういうことを何も知らないまま「守る」と言っても、守りようがない。


「なあ、アリス」


「……なに?」


「少しだけ、聞いてもいいか」


アリスは、きょとんと首を傾げた。


俺は出来るだけ軽い口調を意識する。

問い詰めるようになってはいけない。

あくまで、話せるなら、でいい。


「お前、自分のことって、どこまで覚えてる?」


アリスはしばらく黙った。

すぐには答えない。

俺は急かさず、床に落ちた輪を拾いながら待つ。


「……なまえ、は、わかる」


「うん」


「アリスって、わかる」


「それ以外は?」


アリスは困ったように眉を寄せた。

記憶の棚を探るように、宙を見る。


「……あんまり、ない」

「すこしでもいいからおしえてくれないか?」

「ゆめみる……」


小さく呟き、アリスは自分の膝を見る。


「……くらいの」

「暗い?」


こくり、と頷く。


「……くらくて、せまくて……つめたい」


その言葉に、俺は少しだけ背筋が粟立った。

だが、表情は変えないようにする。


「それは、どこかの部屋か?」


「……わかんない」


「誰かいた?」


その問いに、アリスはまた黙り込んだ。

尻尾の先が、落ち着きなく揺れる。


聞きすぎたか。

そう思って、俺はすぐ別の話題に変えようとした。


「いや、無理に思い出さなくていい。今は――」


「……ひかり」


アリスがぽつりと呟いた。


「ひかり?」


「まぶしいの」

「どんな光だ?」


今度は少しだけ、俺の方が声を潜めていた。


アリスの呼吸が、ほんのわずかに浅くなる。

さっきまで輪投げで遊んでいた時の穏やかな顔が、少しずつ曇っていく。


「……いたい、ひかり」

「痛い?」

「……うん。まぶしくて……あつくて……」


アリスが両手で自分の腕を抱きしめる。

その小さな肩が、目に見えて強張った。


まずい。


直感的にそう思った。

俺はすぐにそれ以上の質問を飲み込む。


「もういい、アリス。思い出さなくていい」


そう言って話を切ろうとした、その時だった。


ぱちん、と。


部屋の隅に置いてあった燭台の火が、不自然に大きく膨らんだ。


「……っ」


俺は反射的にそちらを見る。

ただの気のせいではない。

炎が、まるで風もないのに急に煽られたようにゆらめいていた。


しかも一つじゃない。

部屋の奥に置いてあるランプも、壁際の蝋燭も、同じように火が揺れ始めている。


(なんだ……?)


そう思った瞬間、足元の床がびり、と震えた。


「アリス?」


呼ぶと、彼女は俯いたまま両耳を塞いでいた。


「……やだ」

「アリス、顔を上げろ」

「やだ……ひかり、やだ……」


燭台の火がさらに膨れ上がる。

空気が一気に熱を帯び、机の上の紙がふわりと浮き上がった。


俺は立ち上がり、反射的に火元を確認する。

火そのものが、アリスの呼吸に合わせて脈打っているように見えた。


そこでようやく気づく。


この異変の原因は、アリスだ。


「……アリス、こっちを見ろ」


俺はしゃがみ込み、彼女の目線まで体を落とした。

だが、アリスは目をぎゅっと閉じたまま、首を横に振る。


「……こわい」

「大丈夫だ」

「やだ……いたいの、やだ……」


次の瞬間、アリスの足元から熱が噴き上がった。


石床の上に、細いひびが走る。

ひびの隙間から、金色に近い赤い光がじわりと漏れた。


「っ、まず……」


言いかけて、俺は口を閉じる。

「まずい」なんて言葉を今ここで言ったら、余計に不安を煽るだけだ。


保育士としての癖みたいなものだった。

泣いている子供の前で、「大変だ」と口にしてはいけない。

まずは落ち着かせる。

それが先だ。


俺は出来るだけゆっくり息を吸い、声を落とした。


「アリス。聞け」

「……」

「ここは暗いところじゃない」

「……っ」

「ここには俺がいる」


火が、また大きく揺れる。

熱い。頬がじりじりする。


それでも、俺は彼女の前から動かなかった。


「アリス、目を開けなくていい」

「……」

「でも、俺の声だけ聞け」

「……きょうそ、……?」


か細い声。

少しだけ、こちらに反応した。


俺はゆっくり、自分の手を床に置いた。

急に触れば驚かせるかもしれないと思ったからだ。


「今、お前の前に手を置く」

「……」

「嫌じゃなければ、触っていい」


しばらく間があった。

その間にも、火は不安定に揺れ続けている。

紙束の端が焦げ始め、俺は内心で冷や汗をかいていた。


やがて、震える小さな手が、そっと俺の指先に触れた。


熱くない。

ちゃんと、アリスの体温だった。


「……いる」

「ああ、いる」


そこで初めて、アリスがほんの少しだけ顔を上げた。

涙が滲んでいる。


「お前が思い出したくないことなら、今は思い出さなくていい」

「……いいの?」

「いい」


アリスの呼吸が、少しずつ落ち着いていく。

それに合わせるように、膨れ上がっていた燭台の火も小さくなっていった。


熱気が引く。

床のひびも、それ以上広がらない。


俺は心の底から安堵しながら、でも表には出さずに続けた。


「思い出せる時に、思い出せる分だけでいい」

「……うん」

「無理にしなくていい」


ようやく部屋の空気が元に戻る。

紙束の一枚が焦げて丸まっていたが、それくらいで済んだのは幸運だった。


アリスはまだ俺の指を掴んだまま、小さく震えていた。

俺はその手を握り返し、できるだけ自然に話題を逸らす。


「……何かして遊ぶか?」

「……いま、する気起きない」

「そうか」


少し考えてから、俺はベッドの端に座った。

アリスにも手招きする。


「じゃあ、座ってろ」

「……うん」


彼女は素直に隣へ来た。

俺は背もたれ代わりに壁へ寄りかかり、アリスが落ち着くまで何も聞かなかった。


しばらくして、アリスがぽつりと呟く。


「……こわかった」

「ああ」

「へんなの、おもいだしそうになると、こわい」

「……そうか」


やっぱり、まだ何かある。

この子の中には、思い出そうとすると壊れそうになる記憶がある。


俺はそれを、今無理にこじ開けるべきじゃないと思った。


「なあ、アリス」

「……なに?」

「次からは、怖くなったら我慢しないで言え」

「……いっていいの?」

「いい」


俺は短く答える。


「怖いって言うのは、悪いことじゃない」

「……」

「怖いなら、止まればいい。逃げてもいい。落ち着いてからでいい」


アリスは黙って俺を見た。

その表情はまだ不安げだったが、さっきみたいな怯え方ではない。


「……きょうそ、に、いう」

「ああ」


そこでようやく、俺も少しだけ頭の中を整理する余裕ができた。


今のは偶然じゃない。

アリスが怯えた時、部屋の火が膨らみ、床が割れた。

つまりこの子の力は、少なくとも本人の意志だけで出るものじゃない。


怖い。

不安。

たぶん、そういう感情に引っ張られて漏れる。


(……感情で、力が揺れるのか)


はっきり理屈で分かったわけじゃない。

でも、少なくとも。


怒鳴ったり、追い詰めたり、無理に何かを思い出させたりしてはいけない。


それだけは分かった。


俺は隣のアリスを見る。

彼女はようやく少し落ち着いたのか、俺の袖の端を掴みながらぼんやり前を見ていた。


この子の過去を知りたい。

知れれば、守り方も分かるかもしれない。

ここがどんな世界か、どうして魔王なんて呼ばれているのか、その手がかりにもなるはずだ。


でも。


知ることを急げば、この子をまた傷つける。


そう思うと、胸の奥が鈍く重くなった。


「……今日はもう終わりだな」


俺がそう言うと、アリスが小さく頷く。


「……うん」

「少し休め」

「……きょうそは?」

「俺も休む」


本当は休める気分じゃない。

だが、今はそう言うしかなかった。


まだ何も知らない。

この子の記憶も、魔王という存在の意味も、この世界の正しさも。


それでも、一つだけ確かなことがある。


アリスの力は、ただ強いだけじゃない。

怯えれば漏れ、追い詰めれば暴れる。

たぶん、この子自身にも制御しきれていない。


守るというのは、敵から遠ざけるだけじゃ足りない。


安心できる場所を作ること。

怖がった時に戻ってこられる場所を作ること。

たぶん、それが先だ。


部屋の中は静かだった。

だが、その静けさの下に、ひび割れた石床と焦げた紙が残っている。


今のは、ほんの少し力が漏れただけだ。


それなのにこの有様だ。


この子のことを知るには、順番がある。

急いではだめだ。


そう、自分に言い聞かせるように思った。

ここまで読んでいただきありがとうございます。


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