幹部会と魔王
硬い音が、扉越しに響いた。
「教祖様、幹部会のお時間です」
昨日と同じ、感情を削ぎ落としたような落ち着いた声。
椅子に座ったまま浅い眠りを繰り返していた俺は、びくりと肩を震わせた。 一瞬、ここがどこか分からなくなる。 すぐに角の重みと石の壁が視界に入り、嫌でも現実を思い出した。
隣を見ると、アリスも目を覚ましていた。 小さな肩が跳ねるように震え、不安そうにこちらを見上げている。
「……いくの?」
寝起きの掠れた声。
俺は一瞬迷った。 会議の場に子供を連れていくべきじゃない。普通ならそう思う。
でも、この場所で彼女を一人にしておく方が、よほど不安だった。 誰が何をするか分からない。まだ誰も信用できない。
「……ああ。お前も来い」
俺の視界に入る場所に置いておかないと、何をされるか分からない。
扉の向こうには、昨日部屋まで案内してくれた女性が立っていた。 彼女は俺とアリスを見ると、小さく頭を下げる。
「会議室までご案内いたします」
俺はそれとなく問いを投げる。
「……報告は?」
知らないことを知らないと悟られないための、曖昧な聞き方だ。
女性は自然に答えた。
「主要幹部はすでに揃っております。王国側の動きと、今後の警備体制についても共有があるかと」
(王国……) (警備体制……)
断片的だが、少しずつ情報は拾える。
石造りの会議室。 重厚な扉が開くと、中には円卓があり、すでに三人の男女が席についていた。
空気が重い。 昨日の儀式の熱狂とはまるで違う。現実的で、乾いた緊張がある。
俺が最奥の席へ案内されると、昨日の案内役の女性が空いていた末席に腰を下ろした。
「私はリーネ。教団内の調整役を拝命しております。改めてよろしくお願いいたします、アリス様」
……え?
お前、幹部だったのかよ。
平凡そうな見た目と、控えめな態度。
完全に一般信者だと思い込んでいた。
(やばい……昨日、変なこと言ってないよな……?)
冷や汗が背中を伝う。
アリスは俺のローブを握りしめたまま、消え入りそうな声で小さく頷く。
次に、頬へ古い傷を走らせた巨漢が、威圧的に腕を組んだ。
短く刈った髪の間から獣の耳が覗き、口元には鋭い犬歯が見える。
岩のように盛り上がった筋肉と相まって、立っているだけで戦場の匂いがした。
「ガルドだ。武装部隊を預かっている」
その鋭い視線は、俺ではなく、俺の隣で縮こまっているアリスに向けられていた。
「教祖様。魔王様の力は、どの程度目覚めている?」
直球すぎる問いに、空気が一瞬で張り詰める。
「……今すぐ戦わせるつもりか」
俺は喉の奥から絞り出すように、低く返した。
「必要ならな」
ガルドの目は一切揺るがない。
「王国は動く。女神教の連中もな。あんたも分かっているはずだ、教祖様。魔王様が『使えない』なら、俺たちは全員、生きたまま皮を剥がれて終わりだ」
分かっているはずといわれると、実際は何もわからないので辛いところだ。
アリスの指が、白くなるほど俺のローブを強く掴んだ。
「……たたかうの?」
震える小さな声。だが、ガルドはその声を聞いても目を逸らさない。
「戦わなきゃ守れねえ。それがこの世界の理だ」
「やめなさい、ガルド。相手はまだ目覚めたばかりですよ」
穏やかな声で割って入ったのは、淡い色のローブを纏った四十代ほどの女性だった。
擦り切れた聖職者のような衣の下で、長い金髪が静かに揺れる。
慈愛に満ちた目をしているのに、その奥には決して折れない強い意志があった。
「私はセレナ。生活支援と医療を担当しています」
「アリス様はまだ幼い。まずは安全圏へ移し、魔王としての守護体制を整えるべきです」
「地下深層へ『隔離』するか?」
淡々と口を挟んだのは、青白い顔をした痩身の男だった。
細い銀縁の眼鏡の奥で、感情の読めない瞳が冷たく光っている。
手元には資料とペンがあり、その指先の動きに一切の無駄がなかった。
「ルキアスだ。情報と外部交渉を担当している」
感情の起伏が全くない、氷のような声。
「王国の巡回兵は日に日に増している。すでに三つの拠点がマークされた。ここが割れるのも、時間の問題だ」
事実だけが、冷酷に机の上に並べられていく。
「アリス様を隔離するのは合理的だ。戦力の無駄な消耗も抑えられる」
アリスがびくりと肩を揺らした。
「……とじこめるの?」
「隔離ではなく、保護です。アリス様」
セレナが小さく身を乗り出す。
「言い方の問題だろ」
ガルドが低く唸った。
「地下に入れちまえば、それは檻だ。不自由な魔王に、戦う気概が宿るとは思えねえ」
「戦場に引きずり出す方が、よほど残酷な檻だと思わないこと?」
セレナが静かに、しかし鋭く返す。
視線が交差し、火花が散る。全員の視線が、最後に俺へと集中した。
「教祖様。……ご指示を」
ルキアスの声は平坦だ。
「どう使うか」「どう守るか」「どう生かすか」。
言葉にせずとも、彼らの目はそう問いかけている。
俺は、足元で震えているアリスの頭に、そっと手を置いた。
「……まずはアリスに普通の日常を教えることだ」
沈黙が会議室を支配した。ガルドの太い眉が、ピクリと動く。
「……あ? 何だって?」
「精神が不安定なままでは戦えんと言っている。……陽を浴び、食事を摂り、眠る。今はそれが最優先だ」
俺は努めて威厳を保ち、ガルドの視線を真っ向から受け止めた。
ガルドは鼻で笑い、椅子に深く背を預けた。
「甘いな。……お優しすぎるぜ、教祖様」
「甘いかどうかは、俺が決める」
俺は一拍置いて、全員を見渡した。
「王国への対策は進めろ。警戒も緩めるな。だが――アリスの生活を脅かす過剰な行動は、一切を禁ずる」
「その『過剰』の基準を伺っても?」
セレナが静かに、だが逃がさないというように問う。
「アリスが怯えることは、すべて過剰だ」
はっきりと言い切った。
ガルドが舌打ちを一つ。
「……ちっ。敵が来たら俺は斬るぞ。それだけは譲らねえ」
「それは止めない。お前の職務だ」
「ならいい」
納得はしていない。だが、ガルドは矛を収めた。
セレナはゆっくりと頷く。
「生活を優先します。ですが、見えない場所での守護は強化させていただきます」
「任せる」
ルキアスが記録用の冊子をパタンと閉じた。
「時間は稼ぎます。ですが――」
彼は初めて、ほんのわずかに視線を上げた。
「うかうかしていると、アリス様の日常が、血に染まる日もそう遠くはないですよ」
警告のような一言を残し、彼は再び無表情に戻る。
リーネがそっと、祈るように言った。
「……ありがとうございます、教祖様」
だがその声にも、消えない不安が混じっている。
俺は立ち上がり、冷たい円卓を後にした。
「以上だ」
背後から、幹部たちの「御意」という低い声が重なる。
だが、廊下に出ても背中に刺さる視線は消えなかった。
ガルドは、戦場を求めている。
セレナは、歪んだ守護を強めるだろう。
ルキアスは、誰も、何も信用していない。
そしてリーネは、その板挟みで揺れている。
(……全員、違う方向を向いてる。綱渡りだ、これは)
だが、それでいい。
アリスが俺の袖をぎゅっと握る。
「……あさごはん、たべる?」
「ああ。一番うまいやつをな」
俺は頷いた。
守ると決めた以上、俺が揺れたらこの子も、俺の命も終わりだ。
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3/18教祖の文言を少し変更しました。




