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魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。  作者: いかめし123
1章魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。
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不安とガルド

川の下りは思ったより早く終わった。


ガルドが先に降り、足場の悪い場所だけ短く指示を飛ばす。

アリスは何度か足を止めたが、もう旅の最初みたいに完全には固まらなかった。


「そこ、右だ」

「……うん」

「次は石。土は滑る」

「……いけた」

「見て歩けばな」


ぶっきらぼうな声だったが、急かしきってもいなかった。


浅瀬を渡る時も同じだった。

アリスが冷たい水に肩を跳ねさせ、足を取られかけた瞬間、ガルドが片手で支える。


「前見ろ」

「つめたい……!」

「川だからな」

「きょうそにも同じこと言われた」

「当たり前だ」


それで少しだけ空気が緩んだ。


渡り切った先の道は、獣道より少しマシな程度だった。

ところどころに結び紐や積み石があり、人が使っている道だと分かる。


「ここから先が中継地点だ」

「被害があった拠点じゃないのか」

「今日はまず中継地点だ。被害があった各地が点で散ってるから、全部を一直線には繋げねえ。そもそも、散ってるから見つかりづらくて攻め込まれずらいはずだったがな」


嫌な言い方だったが、状況はよく分かった。


木立を抜けた先にあった中継地点は、小さかった。


半地下の倉庫が2つ、雨除け付きの作業場、見張り台、低い柵。

荷車が脇に寄せられ、縄でまとめた荷がすぐ運べるよう積み直されている。


見た瞬間に分かった。

ここはまだ壊れていない。

けれど、平常でもなかった。


鍋に火は入っているのに、匂いが薄い。

見張りの人数は多いのに、誰も大声を出していない。

子供は建物の陰へ寄せられ、何かあればすぐ動けるよう毛布と荷がまとめられている。


空気そのものが怯えていた。


「ガルド様」


見張りの男が駆け寄る。


「大きな異常はまだ。ただ、南から来るはずの便が来ていません」

「北西は」

「定時連絡なしのままです」


それだけで十分だった。

ここにいる誰もが、悪い方へ考えているのが分かる。


ガルドはすぐに隊員へ指示を飛ばす。


「2人は外周。1人は見張り台。残り1人は荷の確認」

「はっ」


隊員たちが散ると、中継地点にいた信者たちの顔がほんの少しだけ緩んだ。

安心しきったわけじゃない。

それでも、誰かが判断してくれるだけで違うらしい。


アリスが俺の袖を引く。


「……みんなしずか」

「ああ」

「こわい?」

「たぶんな」


そう答えると、アリスは中継地点の人たちを見回した。


炊き出しの鍋を見ている女。

柵の外を気にしている若い信徒。

母親の後ろに隠れながらこちらを見ている子供。


その子供が、アリスと目が合った瞬間に少しだけ身を縮めた。


角と尻尾を見れば無理もない。

アリスもそれに気づいて、俺の背中へ半歩隠れる。


だが、完全には隠れなかった。


中継地点の責任者らしい男が出てくる。

目の下に濃い隈があった。


「……よく来てくださいました」

「礼はいい。状況を話せ」


ガルドの言葉に、男は頷いた。


「南の中継拠点は焼け跡だけだったと、昨日までの報せでは」

「昨日まで?」

「それを持ってきた者も、戻っていません。さらに外れの荷継ぎ場へ送った使いも途絶えました」

「追跡の気配は」

「あります。林の向こうに人影を見た者が何人か。獣とも盗賊とも違う、慣れた足取りだったと」


周囲がざわつく。


「ここも危ないんじゃ……」

「荷を今すぐ動かすべきだ」

「動いた方が逆に見つかるかもしれないだろ」


声が重なりかけたところで、ガルドが一歩前へ出た。


「まだ決めるな」


怒鳴ってはいない。

だが、その一言で場が止まる。


「怖がるなとは言わねえ。だが、怖いまま喚けば見えるものまで見えなくなる」

「でも、このまま待ってたら……!」


若い信徒が食い下がる。

包帯の巻かれた手が震えていた。


「南が潰れて、北西も返事がなくて、それで落ち着けって言うんですか」

「落ち着けとも言ってねえ」

「同じでしょう」

「違う」


ガルドの声が低くなる。


「怖いなら怖いまま動け。だが勝手に崩れるな。崩れたら、次に守れるものまで落とす」


若い信徒は唇を噛み、俯いた。


そのやり取りを、アリスがじっと見ていた。


「……がるど」

「あ?」

「おこってる」

「少しはな」

「でも、みんなにも、こわいっていってない」


その言葉に、ガルドが珍しく返答に詰まる。


俺は少しだけ笑いそうになった。

たしかにそうだ。こいつは厳しいが、一度も「怖がるな」とは言っていない。


「怖いままでいいから、壊れるなってことだろ」

「都合よく言うな」

「だいたい合ってると思うぞ」


その時、中継地点の隅で、さっきの子供が木の実の入った布包みを落とした。

ころころと転がった実を見て、アリスが俺を見上げる。


拾っていいのか、と聞いている顔だった。


俺が頷くと、アリスはそっと前へ出た。

1つずつ拾い、布へ戻し、子供へ差し出す。


子供は少し迷ってから、それを受け取った。


「……ありがと」

「うん」


たったそれだけだった。

それでもアリスは、戻ってきた時に少しだけ胸を張っていた。


俺は周囲を見回す。


鍋の中身は少ない。

毛布は余分に積まれている。

荷車はすぐ出せる向きに揃えられている。

まだ逃げてはいないが、逃げる準備だけは始まっている場所だった。


アリスが小さく言う。


「……みんな、こわれそう」


返事に詰まる。

変な言葉だと思うのに、妙にしっくりきた。


怖くて、どう動けばいいか決めきれなくて、それでも形だけは保っている。

たしかにこれは、壊れそうだ。


ガルドが責任者と短く話したあと、こちらへ戻る。


「少し休ませる。飯を食わせたら、次の情報を拾いに動く」

「もう行くのか」

「ここに長くいる方が危ねえ。早く問題を解決しないと、時期に不安で崩壊するぞ」


また、嫌になるくらい正しい。


ガルドはアリスを見る。


「次は今より怖い場所に行くかもしれないぞ。戻るなら今だ」

アリスの肩が少し揺れる。

それでも、赤い瞳は逸れなかった。


「2人がいる」


短い返事だった。

けれど、それで十分だったらしい。


アリスは小さく頷く。


鍋の蓋が、かたんと鳴る。

薄い湯気が立ちのぼり、不安の残る空気に溶けていった。


休息は短い。

それでも、この場所にいる誰もが、その短い時間に縋るしかないのだと分かった。

ここまで読んでいただきありがとうございます!

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