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魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。  作者: いかめし123
1章魔王を復活させた教団の教祖に転生してしまった。
17/18

褒め言葉とガルド

夜明け前の空は、まだ青というより灰色に近かった。


隠し通路を抜けて地上へ出た瞬間、アリスの手がぎゅっと俺の指に絡みつく。


「……きょうそ」


「大丈夫だ。いるから」


そう返すと、アリスは小さく頷いた。

だが、赤い瞳は落ち着かないまま周囲を見回している。


地下とは違う。

風がある。草の匂いがある。遠くで鳥が鳴いている。空は高く、頭上に何もない。その広さそのものが、アリスにはまだ少し怖いのだろう。


先頭を歩くガルドが、振り返らないまま言った。


「今日は北西の見張り小屋を見て、その先の荷継ぎ場まで繋ぐ。南の中継拠点に被害が出てる以上、途中の連絡点も放ってはおけん」

「一度戻る気はないってことか」

「戻ってる暇があるなら先へ進む」


ぶっきらぼうな言い方だった。

だが、今の状況を考えれば当然でもある。


見張り小屋が1つ、南の中継拠点が1つ、連絡が途絶えている。

さらに補給路でも不審な追跡があった。

敵が拠点網を探っているなら、1つ見て終わりにはできない。


「だから隊も4人つけた。途中の小拠点を拾いながら進む」

「最初から強行軍する気満々だな」

「外に出る以上、ぬるいことは言ってられん」


ぴしゃりと返される。


「順番がある」

「悠長に順番を選んでる間に、次が燃えるかもしれねえぞ」


正しい。

腹が立つくらい、正しい。


俺が黙ると、ガルドはようやく少しだけ声を落とした。


「……ただ、最初の区切りは川だ」

「川?」

「見張り小屋へ行く途中の渡り場だ。そこを下る。見通しが利くし、少し落ち着かせるには悪くない」


少しだけ間を置いて、ガルドは付け足した。


「慣れさせたいんだろうが」


俺は目を瞬く。


思っていたより、俺の心を読み取っているらしい。


「時間は取らねえ。だが、そこで一息入れるくらいなら構わん」

「……助かる」

「勘違いするな。進軍の途中だ」


最後の一言できっちり釘を刺してくるあたり、やっぱりガルドらしい。


後方では、ガルドの隊から出た4人が静かに周囲を警戒していた。誰も余計なことは言わない。今日の外出が、ただの散歩ではないと全員分かっているのだろう。


アリスが俺の袖を引いた。


「こや?」

「見張りの場所だな。人がいて、外を見てるところ」

「……ひと、いる?」

「それを確かめに行く」


そう答えると、アリスは少しだけ口を閉ざした。

不安そうだ。だが「やだ」とは言わない。


俺たちはそのまま森の縁に沿って進んだ。


歩き始めてしばらくは、アリスはずっと俺のすぐ横に張りついていた。風が少し強く吹くだけで肩を揺らし、枝のこすれる音にびくりとする。けれど、完全に怯えきっているわけでもない。ときどき足元の花や、葉の上の露に目を留めている。


「息は苦しくないか」

「……だいじょうぶ」

「嫌になったら言え」

「うん」


そう答えながら、アリスの視線は忙しい。

地下の部屋では見たことのないものが多すぎるのだろう。


前を歩くガルドが、不意に言った。


「足元見ろ」

「え?」


「根だ。引っかける」


その言葉の直後、アリスの靴の先が土から浮き出た木の根に軽く当たった。転ぶほどではなかったが、危なかったのは確かだ。


アリスが慌てて足元を見る。


「……ほんとだ」

「外は見る場所が多い。だから余計に転ぶ」


厳しい声だったが、怒ってはいなかった。


俺は少しだけ眉を上げる。

ガルドはそれに気づいても、何も言わなかった。


しばらく進むと、先行していた隊員の1人が小さく手を上げた。


「異常なし」


短い報告。

ガルドは頷くだけで歩みを止めない。


「次の小休止予定地まで、あと少しだ」

「それが川か」

「ああ」


やがて前方から水の音が聞こえてきた。


さらさらと、細く長く流れる音だ。


木々の間を抜けると、そこに川があった。


朝の光を受けた水面が、細かな銀の欠片みたいにきらきらしている。流れは穏やかで、底の丸石まで透けて見えた。風が吹くたびに、水面の光が揺れて砕ける。


アリスが立ち止まる。


「……きれい」


その声は、さっきまでの不安とは違っていた。


目を見開いて、川を見ている。


「これ、ぜんぶ、おみず?」

「そうだな」

「うごいてる」

「川だからな」


当たり前の返事をすると、アリスは少しだけ笑った。


ガルドが周囲を見回しながら言う。


「この先を下って渡る。見張り小屋は川向こうの上だ」

「下るのか」

「橋はない。昔からここを使ってる」


そう言ってから、ガルドはアリスを見る。


「怖いか」

「……ちょっと」

「そうか」


短い返事だった。

だが、突き放してはいない。


「なら無理に先を見るな。足元だけ見ろ。下りはそっちの方が大事だ」

「うん」


アリスは俺の隣に立ったまま、しばらく川を見ていた。

風が髪を揺らすたび、黒髪がさらりと流れる。


俺はその横顔を見ながら、少しだけ胸の力が抜けるのを感じた。


こういう時間が必要だったのだ。

外には怖いものがある。だが、それだけではないと知る時間が。


その時だった。


川辺の浅瀬がばしゃりと跳ねた。


水しぶきを上げて飛び出してきたのは、黒ずんだ鱗に覆われた獣だった。四足で、犬ほどの大きさだが、口が不自然に大きく裂けている。1匹ではない。少し遅れてもう1匹が岸へ這い上がる。


「下がれ」


ガルドの声が飛ぶ。


アリスの手が俺の腕にしがみついた。


前へ出ようとした俺より先に、ガルドが踏み込んでいた。


大剣が唸る。


最初の1匹の胴が真横に弾き飛ばされ、そのまま川辺の石に叩きつけられる。2匹目は横から飛びかかったが、ガルドは半歩ずらしてかわし、柄頭でその顎を打ち上げた。


重い音が響く。


宙に浮いた獣へ、今度は剣が振り下ろされる。


1呼吸。

それで決着だった。


アリスは固まっている。

けれど、あの宝物庫の時のような恐慌ではない。俺の腕を掴んだまま、じっとガルドを見ていた。


ガルドは剣の血を払うと、すぐにアリスの前まで戻ってくる。


そして少しだけ膝を折った。


「怪我は」

「……ない」

「そうか」


短い確認。

だが、その後の声は思ったよりも静かだった。


「今みたいなのが外にはいる。だから危ない」

「……うん」

「でも、危ないから外に出ちゃいけねえってわけじゃねえ。下がれと言われたら下がる。勝手に前に出ない。そうすりゃ助かることもある」


教える口調だった。

叱るでも、脅すでもなく。


アリスはぱちぱちと瞬きをして、それから小さく口を開いた。


「……がるど」

「あ?」

「たすけてくれて、ありがとう」


ガルドが一瞬だけ止まる。


「……当然だ」

「とうぜん?」

「お前は今、守られる側だ」


言ってから、ガルドはわずかに目を逸らした。

こういうやり取りに慣れていないのが見ていて分かる。


だが、アリスはそれで十分だったらしい。


「がるど、つよい」

「まあな」

「でも、こわいだけじゃなかった」

「……何だその言い方は」


眉をひそめるガルドに、俺は少しだけ笑う。


「褒めてるんだろ」

「次は褒める練習でもするんだな」

「子供の誉め言葉に完成度を求めるな」


俺が言うと、ガルドは小さく鼻を鳴らした。

それ以上は何も言わない。


少しの沈黙のあと、ガルドが川の下を顎で示す。


「行くぞ。ここで止まりすぎると次に響く」

「分かってる」


俺は屈んでアリスと目線を合わせる。


「下れそうか」

「……こわい」

「ああ」

「でも」


アリスは川面を見て、それからガルドを見た。


「きょうそも、がるども、いる」


その答えに、ガルドはほんの少しだけ目を細めた。


「よし。下りは俺が先に行く。お前らはその後ろだ」


そう言って、ガルドは斜面へ足を向ける。


川へ下る道は細く、土の下から石が覗いていた。踏み外せば滑りそうだ。だからこそ、ガルドはさっきまでより明らかに歩幅を落としている。


途中、アリスが足を止めた。


どう降りようか迷っていると、ガルドが無言で片手を差し出す。


アリスは一瞬だけ俺を見た。


俺が頷くと、おそるおそるその手を取る。


大きな手だった。

無骨で、傷だらけで、でもしっかりと支える手。


アリスはその手を借りて一歩、また一歩と斜面を下っていく。


最初に外へ出た時みたいに、俺にだけしがみついてはいない。


外は危険だ。

でも、綺麗だった。


そして、怖いものばかりでもない。


そう思いながら、俺たちは川の下りを進んでいった。

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