信念とガルド
「教祖様、起きてるな」
返事を待たず、ガルドが入ってくる。
その後ろから、ルキアスまで入ってきた。
「……ずいぶん賑やかだな」
「話がある」
ガルドは単刀直入だった。
「周辺の拠点が襲われ始めている」
「どこだ」
「北西の見張り小屋が 1 つ、南の中継拠点が 1 つ。どっちも連絡が途絶えた。斥候が確認に行ったが、焼け跡と血痕だけが残っていたらしい」
「生存者は?」
「分からん」
部屋の空気が一気に冷える。
リーネが沈んだ声で続けた。
「食料搬入の経路でも、不審な追跡があったと報告されています。まだ断定はできませんが、こちらの拠点網が少しずつ探られている可能性が高いかと」
「女神教、あるいは王国兵との混成部隊でしょうね」
ルキアスが淡々と言う。
「偶発的な接触ではなく、拠点が狙われていると見た方が自然です」
ガルドが腕を組んだ。
「だから俺は隊を連れてしばらくこの拠点を離れる。周辺拠点を見回り、生き残りがいれば拾う。途切れた連絡線も繋ぎ直す」
「ここを空けるつもりか」
「仲間が潰され始めてるのに、自分だけ本拠点に籠もってろってのか?」
吐き捨てるような声音だった。
「ここにいれば壁に守られる。だが、外で死にかけてる連中はその壁の内側にいない。そんな状況で、じっとしてるのは性に合わねえ」
それは、いかにもガルドらしい言葉だった。
「ですが」
セレナが鋭く割り込む。
「今、この拠点の要はアリス様です。戦力を不用意に割くのは危険が大きい」
「だからって周りを見捨てるのか」
「見捨てるとは言っていません。優先順位の話です」
「その優先順位で、死ぬやつのことは無視か?」
2 人の間に火花が散る。
俺は寝台の上で息を吐いた。
ガルドの言い分も分かる。周辺拠点が狙われているのに、安全圏にいて他の人たちを見捨てていられるはずもない。
だが同時に、アリスを今の状態でどう扱うかも問題だった。
気づけば、アリスが俺の服の裾をぎゅっと掴んでいた。
「……きょうそ、いくの?」
「まだ決まってない」
「やだ」
即答だった。
セレナが眉を寄せる。
「ほら、ご覧なさい。今のアリス様を不用意に動かすべきでは――」
「いや」
自分でも驚くほど、声ははっきりしていた。
全員の視線が集まる。
「俺も行く」
「却下です」
今度はセレナが間髪入れずに切り捨てた。
「貴方は療養中でしょう」
「療養中だが、歩ける」
「歩けることと、遠征に出られることは別です」
「少し外へ出るくらいなら身体慣らしにもなる」
「……自分が何日寝込んでいたと思っているのです」
「だから“少し”だ」
「その少しで傷が開けば、今度は私が縫い直します」
完全に本気の顔だった。
「……説教なら、後でちゃんと聞く」
「今聞いてください」
ばっさり切られる。
だが、ここで引く気はなかった。
「問題はそこじゃない」
「なら何です」
「アリスをここに置いていく方が危ない」
部屋が静まる。
俺はアリスの手を握ったまま、ゆっくりと言葉を継いだ。
「この子の力は恐ろしい。だからこそ、いずれ制御できるようにしなきゃならない」
「……」
「そのために必要なのは、閉じ込めることじゃない。精神を安定させることだ」
「安定、ですか」
ルキアスが眉を動かす。
「子供は、知らないものが多いほど怖がる。逆に、怖くない経験が増えれば、少しずつ落ち着いていく」
「教団の中だけでは不十分だと?」
「そうだ」
俺は頷いた。
「外の空気、景色、音、人の気配。そういうものに少しずつ慣れさせた方がいい。教団の中だけに閉じ込めてたら、また少しの刺激で壊れる」
「理想論にも聞こえますが」
ルキアスは淡々としたまま言う。
「今のアリス様を外へ出す方が危険という見方も成立します」
「だから俺がついていく」
「貴方が?」
「今のあいつは、俺がそばにいた方が落ち着く。なら、置いていくより連れて行く方がまだましだ」
ガルドが鼻を鳴らした。
「甘えた理屈だ」
「そうかもな」
「外に出りゃ、もっと怖いもんを見るぞ」
自分でもかなり踏み込んだことを言っている自覚はあった。
だが、口にした以上、もう引き下がれない。
「何も知らないまま怯えさせ続けるより、俺がいるうちに少しずつ慣れさせた方がいい」
「……」
ガルドは黙る。
その沈黙を破ったのは、リーネだった。
「私は……教祖様の仰ることにも一理あると思います」
「リーネ」
「もちろん危険です。ですが、アリス様をずっと地下の中だけで育てるのが正しいのかと問われたら、私も自信がありません」
セレナが目を細める。
「ルキアス」
「合理だけで言えば反対です」
即答だった。
「ですが、教祖様とアリス様を引き離す方が不安定要素が大きいのも事実です。加えて、周辺拠点の状況確認は急務」
「要するに?」
「同行を前提に条件を絞るべきでしょう」
「私は賛成していません」
セレナだけが最後まで険しい顔を崩さない。
「ですが、出るとしても強行軍は却下です。短距離、少人数、日帰り圏内。それ以上は認めません」
「分かった」
「あと、無理はするな」
「……分かってる」
「本当に?」
「善処はしない。ちゃんと守る」
「最初からそう言いなさい」
セレナは深くため息をついた。
ガルドが俺を見る。
「本当に来る気か」
「言っただろ」
「途中で倒れても知らねえぞ」
「その時は担げ」
「重そうだな」
「そこは否定しろ」
アリスが、俺の手を握ったまま小さく言った。
「……そと、いく?」
「ああ」
「……きょうそと?」
「一緒だ」
「……じゃあ、いく」
その一言で、もう決まったようなものだった。
ガルドは短く息を吐く。
「……いいだろう。明日、夜明け前に出る。俺の隊から 4 人つける」
「4 人?」
「それ以上は拠点防衛が薄くなる」
ルキアスが頷く。
「妥当です」
セレナだけが最後まで不機嫌そうだったが、押し切るところまではいかなかった。
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