双子と勇者の息子
王都東区の大聖堂は、夜明け前から白い光に満ちていた。
磨き上げられた回廊の床を、朝焼けが淡く染めている。
俺――エドワード・ブレイブは、聖堂裏手の広間へ向かいながら、革手袋の指を引き締めた。
魔王は復活した。拠点の正確な場所はまだ掴めていないが、女神教団が感知した異常魔力を追えば、いずれ辿り着く。
今日、そのための遠征が始まる。
「エドワード様、こちらです」
クラリスに導かれ、扉をくぐった瞬間、俺は足を止めた。
「……何のつもりだ」
広間にいたのは、武装した騎士団ではなかった。
十歳から十五歳ほどの子供たちが、整列してこちらを見ていたのだ。
杖を持つ者、短剣を提げた者、薬瓶や祈祷具を抱えた者。誰もが幼い。にもかかわらず、その目だけは妙に慣れきっていた。
こんな子供たちを、争いに巻き込むわけにはいかない。
中央では、二人の子供が木剣を打ち合わせている。
短い琥珀色の髪の少年と、同じ顔立ちの少女。
年は十二、三ほど。だが踏み込みも太刀筋も、見習い騎士よりよほど鋭い。
「遅いな、エドワード!」
「もっと早く来ると思ってたのに」
同時に口を開き、同時に笑う。
クラリスが一歩前へ出た。
「今回の同行者です。双子の兄がライル、妹がライラ。教団戦闘養成院でも特に優秀な二人です」
「優秀っていうか、強い」
「弱い大人よりは役に立つよね」
ライルが肩をすくめ、ライラが木剣を軽く振る。
俺は広間全体を見渡した。
どの顔も若すぎる。
「ふざけるな」
「エドワード様?」
「今回の任務は遠征だぞ。魔王の痕跡を追う以上、戦闘になる。こんな子供を連れていけるか」
空気が張り詰める。
だが、子供たちは視線を逸らさなかった。
「子供だからって舐めんなよ」
「そうだよ。あたしたち、もう戦ったことあるし」
ライラが言い、ライルが笑う。
「魔物二十七体」
「夜盗三人」
「邪教徒も二人」
「数えるな」
「だって面白いし」
冗談みたいな口調に、背筋が冷えた。
強い弱いの話じゃない。そんな年で、それを数えていること自体がおかしい。
「……それでも駄目だ」
その時、広間の奥の扉が静かに開いた。
現れたのは、長い白衣を纏った女だった。
三十代半ばほど。柔らかな亜麻色の髪を流し、穏やかに歩いてくるだけで、広間の空気が彼女へ揃う。
「聖母様」
子供たちが一斉に頭を下げる。
聖母セラフィナ。
女神教団で保護と癒しを司る象徴。その名は俺も知っていた。
「はじめまして、エドワード様」
「……聖母殿」
セラフィナは俺の前で立ち止まり、静かに微笑んだ。
「この子たちの同行に反対なのですね」
「当然だ。相手は魔王だぞ」
「ええ」
あっさり肯定され、逆に言葉が詰まる。
「だからこそ連れていくのです」
「……何?」
「この子たちは皆、魔物や邪教に家族を奪われました。焼かれた村から救い出した子もいます」
セラフィナは子供たちを振り返る。
「この子たちは、守られるだけでは心が死ぬのです」
「だから戦わせるのか?」
「違います」
その声は静かだったが、一歩も引かなかった。
「自分の足で立ち、自分の意思で進むことを許すのです」
広間のあちこちから、小さな頷きが返る。
俺は奥歯を噛みしめた。
子供に選ばせた時点で大人の責任は消えない。そう言い返したいのに、セラフィナの言葉は妙に胸に刺さった。
父を失った十年前の自分を、一瞬だけ思い出したからだ。
それでも、納得はできない。
「連れていって死なせていい理由にはならない」
「死なせません」
「保証がどこにある」
「私とあなたがいれば、問題ありません」
迷いのない断言だった。
根拠のない楽観ではない。
何を捨ててもそうすると決めた人間の顔だ。
「……そんなもの、保証にならん」
「それでも私は連れていきます」
広間が静まり返る。
セラフィナはさらに一歩近づき、低く言った。
「あなたは人類最後の剣。私は女神の祝福を預かる者。私たち二人がいて、この子たち一人守れないというのなら――最初から、この国に未来などなかったのでしょう」
正論ではない。
だが、ここで反発し続けていても埒が明かない。
ライルがにやりと笑う。
「おれたち、あんたが思ってるよりしぶといぞ」
「そうそう。勝手に守る側と守られる側を決めないでよ。もしかしたらエドワードより強いかもよ」
ライラまで同時に笑って舌を出す。
その驕りがより俺を不安にさせた。だが、それ以上に、この場の流れがもう変わらないことが分かってしまった。
俺は長く息を吐いた。
「……分かった」
「ありがとうございます」
「勘違いするな。納得したわけじゃない」
セラフィナは微笑んだまま頷く。
「ええ。それで十分です」
「一つだけ約束しろ」
「何でしょう」
「こいつらを絶対に死なせるな」
「もちろんです」
その答えを、俺はまだ信じきれなかった。
クラリスが声を張る。
「出発準備、完了!」
子供たちが一斉に荷を背負う。
ライルとライラは最後まで小声で言い争い、後ろの年長の少女に頭を小突かれていた。
俺は聖剣の柄を強く握る。
父上。
あなたが守ろうとした世界は、俺が思っていたよりずっと脆く、歪んでいるのかもしれない。
それでも、ここまで来た以上、引き返すつもりはなかった。
「出るぞ」
大聖堂の扉が開く。
先ほどまではいい天気だったのに、気付けば空は雲に覆われていた。
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