アーティファクトと魔王
アリスが少しずつ拠点の生活に慣れてきたとはいえ、暇を持て余している時間はまだ多かった。
泥団子や手作りの遊びだけでは限界があるし、かといって外へ自由に連れ出せる状況でもない。
せめて、部屋の中で触って遊べるものが何かあればいいのだが――。
そう思った俺は、廊下で出くわしたリーネを呼び止めた。
「リーネ。少し聞きたいことがある」
「はい、教祖様。何でしょうか」
「アリスに、何か手遊びに使えるようなものはないか。危なくなくて、部屋の中で触って遊べるようなものだ」
リーネは一瞬だけ意外そうに目を瞬かせたが、すぐに小さく頷いた。
「……左様でございましたか。でしたら、古い宝物庫なら何か見つかるかもしれません」
「宝物庫?」
「ええ。もっとも、現在あそこに保管されているのは、先代様が集められた古いアーティファクトばかりですが」
俺は思わず眉をひそめる。
「アーティファクトって、危ないものじゃないのか」
するとリーネは、わずかに苦笑した。
「本来はそうです。ですが、ご安心ください。古い宝物庫に移されたものは、すでに魔力が枯渇して、ただの置物と化したものばかりです。今では起動すらしない、言ってしまえばガラクタの山ですよ」
「……それなら、まあ」
完全に安心はできないが、リーネがそう言うなら、少なくともいきなり爆発するような代物は置いていないのだろう。
隣で話を聞いていたアリスが、俺のローブの端をくいっと引いた。
「……たからもの?」
「昔の道具らしい。触って遊べるものがあるかもしれないって話だ」
「……きれいなの、ある?」
「あるかもしれないな」
そう答えると、アリスは少しだけ目を輝かせた。
リーネに案内され、俺たちは拠点の最下層に近い石室へと足を踏み入れた。
「……教祖様、こちらが古い宝物庫です。長年放置されておりますので、足元にはご注意ください」
扉が開いた瞬間、冷えた空気とカビ臭い埃がふわりと舞う。
石室の中には木箱や棚が雑然と並び、薄暗い中に錆びた金属や曇ったガラスがぼんやり浮かんで見えた。
アリスは俺のローブの端をぎゅっと掴みながらも、物珍しそうに周囲を見渡している。
「……先ほど申し上げた通り、ここにあるのは先代様が収集されたガラクタばかりですよ。。大半は魔力が枯渇して、ただの置物と化したアーティファクトです」
リーネがそう言って、山積みになった木箱の一つを開けた。
中には、錆びついた真鍮の歯車や、曇りきった水晶が乱雑に詰め込まれていた。
「……これ、きれい」
アリスが恐る恐る、箱の中から「青い石が埋め込まれた銀の手鏡」を手に取った。
鏡面はひび割れ、本来の魔力は失われているはずだが、アリスが触れると、わずかに表面が淡く光った。
「ああ、それは『星霜の鏡』と呼ばれていたものです。かつては遠く離れた場所の景色を映し出したそうですが……今はもう、こうしてぼんやりと光るだけ。でも、アリス様の小さな明かりには丁度いいかもしれませんね」
「……ひかってる。おほしさまみたい」
アリスは嬉しそうに鏡を振って、暗い石室の壁に光の粒を飛ばして遊んでいる。
俺はその横で、他にも安全そうなものはないかと別の箱を検分していた。
「こちらは『無音の鈴』ですね。振っても音は鳴りませんが、代わりに綺麗な色の煙が出る仕組みでした。……今は、ただの鈴の形をした鉄の塊ですが」
リーネが解説を交えながら、ガラクタを一つずつ手に取って見せる。
アリスは「へぇー」と目を輝かせ、動かない鈴を振ってみたり、奇妙な形をしたゼンマイ仕掛けの人形を触ってみたりと、まるで宝探しでもしているかのように楽しんでいた。
この時の俺は、彼女のそんな無邪気な姿を見て、心底安心していたんだ。
(……よかった。ここなら危ないものもないし、アリスも楽しそうだ)
だが、その安心が、最大の油断だった。
「……ん? これ、なぁに?」
アリスが、俺の手元をすり抜けて、一番奥の棚に置かれていた「金属製の立方体」を手に取った。
それは手のひらに収まるサイズで、表面には精巧な幾何学模様が刻まれている。一見すると、ただの古びたパズルボックスに見えた。
「あれ?そんなアーティファクトここにありましたっけ?」
リーネが怪訝そうな声を上がる。
その言葉を聞き、不安に駆られアリスに、それを手放すように言おうとしたところだった。
カチッ、と。
本来なら膨大な魔力供給がなければ動かないはずの歯車が、何の抵抗もなく軽やかにスライドした。
「……え?」
瞬間、立方体の隙間から、どす黒い網目状の光が溢れ出した。
それは光というより、空間そのものに空いた「穴」のようだった。
「アリスッ! 離せ!!」
俺が叫んで手を伸ばした時には、もう手遅れだった。
黒い光は一瞬でアリスの小さな体を飲み込み、周囲の空間を捻じ曲げる。
「――ぁ、きょう……っ!!」
アリスの手が空を切る。
視線が合ったのは、ほんの一瞬。
直後、爆発的な衝撃波が俺を吹き飛ばし、目を開けた時には、そこにアリスの姿はなかった。
床に転がっていたのは、真っ二つに割れた立方体の残骸だけだ。さっきまでアリスが遊んでいた鏡や鈴が、虚しく散乱している。
「アリス!? アリス!!」
俺の声が、虚しく宝物庫に反響する。
騒ぎを聞きつけたガルドとルキアスが、すぐさま部屋に飛び込んできた。
「教祖様! 今の衝撃は……ッ、アリス様はどこに!?」
「アリスが……棚の奥にあった立方体を触ったら、急に光って……消えたんだ!」
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