昭和57年中学2年生
昭和57年 中学2年生
チャイムが鳴り終わると同時に、新しいクラスの担任の先生の声が響いた。
「えー、皆さん、こんにちは。今日からこのクラスの担任になりました亀頭です。1年間よろしくお願いします。
まだお互いをよく知らないと思うので、まずは簡単に自己紹介をしてもらいますね。窓際から順番にどうぞ」1時間目のホームルームが終わり、放課の時間になると、前の席の男子が振り返って話しかけてきた。
「なあ、ちくって言うんだ?俺はきよぴこ!よろしくな!」前の席のきよぴこがニカッと笑顔を見せた。「ていうかさ、男子ってやっぱり胸とか気になるよな?」「おいおい、初日から何言ってんだよ」僕が呆れると、「まあまあ、男同士だからいいじゃん?」ときよぴこは全く悪びれる様子がない。
隣の席から声がかかった。「はじめまして、やおたです。席近くてごめんなさい」体つきがしっかりしている男子が、少し遠慮がちに声をかけてきた。目が合うと彼は「ごめんなさい、急に話しかけちゃって」と言いながらも嬉しそうだった。さらに斜め前からは、活発そうな女子の声がした。
「ねぇ男子ばっかり盛り上がってないで私も混ぜてよ〜」斜め前に座っていたケメ子がこちらを向いて言った。肩まで届く黒髪を揺らしながら「あ、私ケメ子。よろしくね!」と笑う姿が印象的だ。給食の時間になり、僕たち4人は机を向かい合わせて座った。なんだか初日からこうして集まれることに運命を感じた。きよぴこが大きな声で言う。
「おぉ!ソーセージじゃん!うまそ〜!」早速箸でソーセージを持ち上げたきよぴこは、突然それを自分の口元に当てて奇妙な動きを始めた。「ねぇねぇ、これってさ……」と言いながら、まるで何かのジェスチャーのようにソーセージを動かす。
「何やってんのさ」と聞くと「きよぴこは「だってソーセージってさ……」と続けようとした瞬間だった。「ブッハー!」という音と共に、ケメ子が口に含んでいた牛乳を盛大に吹き出した。「わっ!ごめんなさーい!」と言いながらも、ケメ子は大笑いしている。問題は、その白い飛沫が見事にやおたの顔面に命中したことだった。「えへへ、ごめんね!」と謝るケメ子に対し、やおたは一瞬固まった後、なぜか満面の笑みを浮かべながら「大丈夫、全然平気だよ〜。むしろ……ありがとう!」と言ってみせた。
「やおた、なんで嬉しそうなの?w」と僕が尋ねると、彼は少し赤くなって「だって、これも思い出じゃん?」と照れくさそうに答えた。
翌日は クラスの 結束を固めるための2泊3日のオリエンテーリング「おっしゃー!やっと本格的に活動するぜ!」バスの中で元気な声をあげるのはやはりきよぴこだ。僕たち4人は見事に同じ班になり、これから山でのオリエンテーリングが始まる。
宿舎の周りを探検中、やおたが突然立ち止まった。「ごめんなさい……なんか変な匂いがする……」
「何言ってんだよ~」ときよぴこが笑うが、その直後、木々の間に黒い影が見えた。「あれ、熊じゃないか!?」みんながパニックになる中、やおたが突然前に出て「ごめんなさい!でも、みんな逃げて!」と言って熊に向かって走り出した。普段は気が弱そうなのに、意外な勇気に驚いた。しばらくして やおたが帰ってきた。「ごめんなさい!実は熊じゃなくて……」とやおたがモジモジしながら続ける。「実は……ツチノコでした!」「ツチノコ!?」僕たち3人は思わず声を合わせた。「あの未確認生物の!?」とケメ子が身を乗り出す。「しかもメスっぽくて……結構デカかったです!」とやおたが真剣な顔で付け加える。「やおた、それも嘘でしょ?」と僕が冷静に指摘すると、きよぴこが大爆笑し始めた。「ひゃははは!ツチノコのサイズとか詳しく説明すんなよ!てか、なんでお前が雌雄の区別できてんだよ!」やおたは「だって生態観察してたから……」と小さく笑いながら言う。ケメ子も「それにしても、そんな珍獣より先に熊の方が危ないでしょ!ほんとやおたくん、面白いよね~」と半ば呆れ顔だ。「ごめんなさ~い!みんなを喜ばせたくて……」と謝るやおたの顔は、本当に楽しそうだった。
オリエンテーリングの目玉、カレー作りが始まった。僕たちの班には担任の亀頭先生も食べに来る予定だ。「点数稼ぎのために学校の調理室から圧力鍋持ってきたわ!時短でトロトロにするから!」とケメ子が鼻息を荒くして豪語する横で、やおたは「ごめんなさい、僕は地道に飯盒で米を炊きます……」と控えめに作業を始めた。きよぴこが「ちく、俺らは薪拾いだ。森でエロい形の枝でも探そうぜ!」と僕の肩を叩き、二人で森へ向かった。
数分後、森の静寂を切り裂く轟音が響いた。ドォォォォォン!!
「うおっ!? ミサイルでも落ちたか!?」ときよぴこが叫び、僕も「今の調理場だろ!戻るぞ!」と即座に駆け出した。調理場に戻ると、そこはカレーまみれの地獄絵図だった。「ぶっは!ケメ子、髪チリチリじゃん!顔面カレーだらけで肥溜めに突っ込んだみたいだぞ!」ときよぴこが指を指して大笑いする。ケメ子は「……圧力鍋の蓋、閉め忘れてた。あはは!」と力なく笑い、顔からカレーを滴らせていた。
ふと横を見ると、やおたが地面に突っ伏して微動だにせず倒れている。「やおた!? 大丈夫か!?」と僕が駆け寄ると、彼は薄目を開けて「……ごめんなさい、死んだふりです」とつぶやくので頭を叩いておいた。結局カレーは全滅し、晩飯はやおたが奇跡的に炊き上げた真っ白な塩にぎりのみになった。きよぴこが「……なんか、ケメ子の涙の味がするな」と茶化すと、やおたも「ごめんなさい、でも僕の炊いた米は最高でしょ?」と自慢げに笑う。僕らはおにぎりを頬張りながら、空腹を笑い飛ばした。
夜、きよぴこが「ちく、昼間にお風呂を覗ける穴を見つけたんだ。行こうぜ!」と僕を誘ってきた。二人でこっそり裏山へ行くと、暗闇の中になぜかやおたの後姿があった。やおたは僕たちが来たことに気づかず、穴に釘付けになっている。僕が後ろから肩を叩くと、普段は優しいやおたが、聞いたこともない低い声で「今忙しいから……」と吐き捨てた。
もう一度肩を叩くと、やおたは「忙しいって言ってるだろ!」と怒鳴りながら振り返った。僕ときよぴこ、そして血走った目のやおたが固まって見つめ合う。やおたは「あ、ごめんなさい!えっと、これはツチノコを追いかけていたらここに来てしまいましたと苦しい言い訳を始めた。
そんなのお構いなしに、きよぴこが「俺にも見せろ!」と穴を奪い取る。僕も「早く代われよ!」と身を乗り出した瞬間、「お前ら、そこで何してるんだ?」と担任の亀頭先生の声が響いた。僕たち3人は、雷に打たれたように直立不動になった。
僕が真っ先に僕は「きよぴこが悪いんです!」と告げると、きよぴこも「やおたが先にいたんです!」と責任をなすりつける。やおたはただ「ごめんなさい……」と消え入るような声で謝った。結局、僕ら3人は罰として夜10時まで廊下で立たされることになった。テントに戻るとケメ子が「どうしたの?顔赤いよ?」と心配してくれたが、僕たちは「……星が綺麗で感動してただけだよ」と必死にごまかした。
最終日の朝、ケメ子が味噌汁を、やおたが飯盒でご飯を作っていた。暇な僕ときよぴこは枝でチャンバラをしていたが、きよぴこが「いいもん見せてやる」とテントから刃が引っ込むおもちゃのナイフを持ってきた。あろうことか、きよぴこは作業中のケメ子の尻にそれを突き立て、「ブスッ!」と叫んだ。
僕が「おい、ブスとか言っちゃダメだよ!」と慌てて止めたが、遅かった。ケメ子は「ブス」という言葉に過剰反応し、見たこともない形相で僕ら二人をロッジの裏へ連行した。「そこに四つん這いになりなさい!」
ケメ子は昼間拾ってきたイガイガの栗を、容赦なく僕らのお尻に投げつけてきた。「ごめんなさい!もう言いません!」と僕ときよぴこが涙目で懇願し、ようやく許された。テントに戻り、お尻の痛みでうつ伏せに倒れ込んでいると、外からやおたの変な声が聞こえてきた。
「ケメ子さん、僕にも……僕にも栗のイガイガをぶつけてください!」と、やおたが真剣に懇願している。ケメ子が無視しても「どうか、お願いします!」としつこく食い下がるので、ついにケメ子が「やおた、ハウス!」と一喝した。やおたは「はいっ!」と嬉しそうにテントへ引っ込んでいった。こうして、僕たちの騒がしくも楽しい1日がまた始まった。
朝食後の後片付け、ゴミ拾いや風呂掃除を全員で済ませ、僕たちはバスで学校への帰路についた。支給された弁当を食べながら「圧力鍋の爆発はビビったな」「やおたの死んだふりもなw」なんて今回の反省会で盛り上がっているうちに、バスは学校に到着した。
バスを降りると、一人の小さな男の子がこちらへ駆け寄ってきた。「あ!お父さん、おかえりー!」その子がやおたの足にしがみつくと、僕ときよぴことケメ子は「お父さん!?」と声を揃えて絶叫した。実はやおたには年の離れた「ちはる」という弟がいて、あまりに年が離れているせいか、やおたのことをお父さんと呼んでいるらしい。
やおたが必死に「弟なんだよ!」と誤解を解いていると、ちはる君がケメ子を指差して無邪気に言った。「ねぇお父さん、このおばさんも友達?」
その瞬間、ケメ子の顔から血の気が引いた。「……今、なんて言った?」
ケメ子がちはる君の頭をはたくと、彼女の恐ろしさを知っている僕ときよぴこは「落ち着けケメ子!相手は子供だ!」と必死で取り押さえた。
やおたは「ごめんなさい!みんな本当にありがとう!」と冷や汗をかきながら謝罪とお礼を言い残し、ちはる君を連れてそそくさと帰っていった。なんだかんだで、最高に楽しいオリエンテーションだった。僕ら4人の騒がしい中2生活は、まだ始まったばかりだ。
オリエンテーション明けの休日が終わり、また賑やかな学校生活が始まった。午前中の授業を終え、僕たちが楽しみにしていた給食の時間。今日も4人は机を向かい合わせにして座る。今日のおかずは、みんな大好き「おしるこ」だ。
中二の僕らにとって重要なのは、おしるこの中に「団子が何個入っているか」だ。
「あたしは3個!」とケメ子が報告し、きよぴこが「俺は4個だぜ!」と自慢げに笑う。僕が「僕は3個だったな」と答えたあと、やおたに尋ねた。「やおたは何個入ってた?」
すると、やおたは真顔でとんでもない嘘を吐いた。「……僕は、40個入ってました」
その瞬間、牛乳を飲んでいたケメ子が**「ブッハー!!」**と盛大に吹き出した。白い飛沫は見事な放物線を描き、やおたの顔面にクリーンヒットする。
「あはは!ごめん、またやっちゃった!」と大笑いするケメ子に対し、やおたは顔面を白く染めながら、なぜか満面の笑みを浮かべていた。「大丈夫……全然平気です……」
「やおた、なんで嬉しそうなの?w」と僕が呆れ、きよぴこも「40個も入るかよ!」と突っ込む。
どうやら僕たちの2年生は、これからもずっとこんな調子で楽しくなりそうだ。
体育の授業はサッカー。僕たちのチームは、鉄壁のキーパーやおた、パスを回す僕、シュートを打つきよぴこ、そして運動神経は期待できないケメ子の4人がいる。試合が始まり、僕はケメ子の評価が下がらないよう、わざと緩いパスを出した。するとケメ子は派手に空振りして転んだのだが、それが偶然フェイントになり、相手を抜いてきよぴこにパスが通った。
「これだ!」と僕は確信した。何度も「ケメ子が転ぶ→パスが通る」という完璧な作戦を繰り返すうち、ケメ子は大量の汗をかいていた。実は天然パーマの彼女の髪は、汗の水分を吸って今や完全な「アフロ」へと変貌を遂げていた。
やおたの死守で0対0のまま迎えた試合終了間際、最後のチャンスが来た。きよぴこがゴール前に高く上げたボールに向かって、ケメ子が走り出す!そして、またしても豪快に転んだ。だが、そこで奇跡が起きた。
転びかけたケメ子の頭にボールが直撃した瞬間、弾力のあるアフロがスプリングのような効果を発揮し、ボールは急加速してゴールの隅へ吸い込まれた。**ピーッ!**と試合終了の笛が鳴る。僕ときよぴことやおたは歓喜のハイタッチをしたが、ふと見るとケメ子がいない。
振り返ると、彼女は顔面から着地した姿勢のまま、うつ伏せでピクピクしていた。力の強いやおたが「ごめんなさい、運びます!」とケメ子をおぶって保健室へ。幸い鼻の擦り傷だけで済み、体育教師の亀頭先生も「ナイスガッツだ!」とケメ子の評価を爆上げしていた。
中間テスト前、放課後の教室で僕たち4人は居残って勉強をすることにした。「よし!俺がいい暗記術を教えてやるぜ」ときよぴこが言い出した。それは、単語をエロい言葉に変換して覚えるという最低な方法だった。僕が「それじゃテスト中にニヤけて書けないだろ!」
きよぴこは「このエロ単語と脳の性欲中枢を繋げれば、記憶に焼きつくんだ」と学者のような顔で説明を続ける。僕が「理屈はわかったけど、単語を覚える前にそのエロい言葉を覚える手間が増えるだろ!」と指摘すると、彼は「よし、俺が全部教えてやる」と自信満々だ。
きよぴこが「やおた、お前はどうする?」と尋ねると、やおたは「僕は暗記パンがあるから大丈夫です」と真顔で答えた。「こうやってノートに食パンを押し当てて転写して食べると、全部覚えるんです」と実演してみせるが、僕ときよぴこは疑いの眼差しを向ける。その横で、ケメ子は静かにきよぴこの「最低な暗記帳」を自分のノートに写していた。
運命のテスト結果。やおたはギリギリで赤点を回避。僕は70点台。きよぴこは「暗記術」が当たったのか80点台だった。しかし、なんとケメ子が100点を叩き出した。「なんでお前が100点なんだよ!お前、もともとエロ知識あっただろ!」ときよぴこが突っ込むと、ケメ子は顔を赤くして言い張った。
「ち、違うわよ!あたしは純粋に英単語として覚えたの!きよぴこが教えた変な言葉の意味なんて、これっぽっちも理解してないんだからね!たまたま単語の綴りと響きが一致しただけよ!」
一方、不調だったやおたは「ごめんなさい、せっかく食べた暗記パンを、今朝トイレで全部出しちゃったんです」と力なく呟いた。僕が「出しても記憶は残るだろ!」と突っ込むと、彼は「パンと一緒に知識も流れちゃったみたいです」と最後まで嘘を貫き通した。
ある日の休み時間。僕ときよぴこは、昨日の夜にテレビで見た音楽番組の話で盛り上がっていた。
「昨日、カルチャー・クラブ出てたよな!ボーイ・ジョージ、顔でかかったぜ! 画面からはみ出しそうだったもんなw」ときよぴこが笑っている。
話はそのまま日本のアイドルの話題へ。僕がどうしても思い出せない名前があって、「ほら、あの……名前が『ピン』から始まる……なんだっけ?」と考え込んでいると、横からケメ子が即座に答えた。
「ぴんから兄弟ね」
僕ときよぴこは目が点になった。「……は? ぴんから兄弟?」
ケメ子は涼しい顔で「『女のみち』でしょ。あれは昭和40年代後半に史上空前の大ヒットを記録して、400万枚以上売れたのよ。ボーカルの宮史郎さんのあの唸り節がたまらないわよね」と、中二女子とは思えないディープな情報をスラスラと語り出した。
そこへやおたが「ごめんなさい、聞こえちゃいました」と会話に入ってきた。「宮史郎さん、いいですよね。僕はあのこぶしの回し方に凄く影響を受けて、ツチノコと遊んでいる時はいつも口ずさんでいます」
それを聞いたきよぴこが即座に食いついた。「待て待て!お前、ツチノコいつから飼ってるんだよ!」
僕も思わず「そこじゃないだろ!ツチノコはまだ未発見の生物なんだよ!」と鋭く突っ込む。
しかし、ケメ子とやおたは僕らの叫びを完全に無視して「あの情念が……」「そうそう、あの歌詞の裏側にある哀愁がね……」と、ぴんから兄弟の魅力について熱っぽく語り合っている。僕ときよぴこは、そのあまりに完成された世界観に圧倒され、ただ黙って顔を見合わせた。「……おい、あいつら絶対サバ読んでるぞ」
休み時間、僕ときよぴこは昨日のテレビの話で持ち切りだった。「昨日のお笑いスター誕生、見たか?」「見た見た!とんねるずと、ぞうさんのポット、めちゃくちゃ面白かったよな!」
「夜は何見た?」「もちろん夜は『THE MANZAI』だろ!」「ツービートが優勝したんだったっけ? 俺はこっちのコンビの方が好きだったんだけどな……」
僕たちが盛り上がっている横で、ケメ子がいたので聞いてみた。「ケメ子、『THE MANZAI』見なかったの?」するとケメ子は「私は……その時間はテレビ、見させてもらえないの」と言う。きよぴこが「お前、その時間何やってんだよ」と聞いたが、ケメ子は顔を赤らめて俯き、モジモジするばかりだった。
不思議に思ったが、僕らはそれを無視して話を続けた。「本当はさ、同じ9時からやってた映画『プライベート・レッスン』が見たかったんだけどな……」ときよぴこが声を潜める。僕も「わかる!俺も見たいけど親がさ……あんなの親の前で見られないだろ」と深く同意した。
そこへ、やおたが静かに入ってきた。「僕は最初から最後まで、全部見ましたよ」
僕ときよぴこは、やおたを尊敬の眼差しで見つめた。「マジかよ!お前、あの伝説の映画を独り占めしたのか!?」「英雄だな、お前!」
すると、やおたは平然と付け加えた。
「はい。弟のちはると一緒に見ました」
僕ときよぴこと、ケメ子が同時に叫んだ。
「見せちゃダメだろ!!」
3人ともケメ子がしまったという顔をしたのを見逃さなかった。
夏休みといえば学校のプールだ。決められた回数は行かなきゃいけない。僕は初日、誰か来てるか不安になりながら教室の更衣室へ向かった。
中に入ると、きよぴこが黄色い服を着た友達と話し込んでいた。「よー!」と声をかけて着替え始めたが、二人の会話がどうもおかしい。耳を澄ますと……。
「サクサクサクサクサク……」
……日本語じゃねえ! 僕は恐ろしくなって「じゃあ、お先に」と足早に更衣室を出た。
消毒槽を抜けると、今度はケメ子が女子友達といた。「よー!」と声をかけると、その友達が突然、左手を右の二の腕に乗せ、右手の拳を力強く振り上げてきた。……こいつ、噂のヤバイ女だ! 僕は関わっちゃダメだと直感し、逃げるようにプールサイドへ。
そこには、なぜか弟の千春くんを連れたやおたがいた。「おい、学校のプールに弟連れてきたらダメだろ!溺れたらどうするんだ!」と僕が注意すると、やおたは真顔で答えた。
「千春は河童だから大丈夫です!」
「お前ん家、一体何匹の未確認生物がいるんだよ!千春くん、河童じゃないし!」
呆れて準備運動を始めたその時だ。雲ひとつない晴天なのに、霧のような水の粒が体に当たってきた。「なんだ?」とみんながざわめき出し、僕がふと校舎の屋上を見上げると……。
そこには、青い服を着て放尿している男がいた。
その「聖水」が風にあおられ、霧となってプール全体に降り注いでいたのだ。
「うわああああ!」と現場は大パニック。外へ逃げる者、飛沫を避けるためにあえて汚いプールに飛び込む者。阿鼻叫喚の渦の中、僕は確信した。
「この学校、やべえ……」
廊下を歩いていると、ジムニー先生とすれ違った。きよぴこが声を潜める。「あの先生、悪い噂が絶えないよな……」
するとケメ子が衝撃の情報を口にした。「1年生の男の子を自宅に連れ帰るらしいよ。連れて行かれた子はみんな転校しちゃうんだって……」
「……!!」
僕ときよぴことやおたは、反射的にお尻を押さえて震え上がった。
「よし、俺たち4人でジムニーの悪事を暴こう!」
放課後、僕たちは職員室前のトイレに潜伏した。ジムニー先生が出てくるのを確認し、慎重に後をつける。先生は1年生の教室の前で止まり、中を覗き込んでいた。そこには帰宅準備をする一人の男子生徒。
ジムニー先生が教室に足を踏み入れる。僕たちは入り口の引き戸を少しだけ開けて中を覗いた。その時、やおたが突然トランシーバーを持つ格好をして囁いた。
「応答、応答、こちらやおた。今から潜入します……」
僕はやおたの頭を叩いた。「お前、誰と交信してんだよ!」
「きよぴこ、録音の準備は?」
「バッチリだぜ!」きよぴこはラジカセの赤い録音ボタンと再生ボタンを同時に押し込んだ。
中ではジムニー先生が「You、これから家に来ちゃう? 家には明日のテスト問題があるかもよ〜♥」と1年生に迫っている。
「ケメ子、写ルンですは!?」
「持ってるわよ!」
「充電ボタンを押して、赤いランプが点いてからシャッター切るんだぞ!」
「わかってるわよ!……カシャッ!!」
フラッシュの光が教室を照らした瞬間、きよぴこが叫んだ。「にっげろー!」
僕たちは全力で走り去り、その証拠をしかるべき場所に突き出した。結果、ジムニー先生は別の学校へ飛ばされることになった。
僕たちのお尻の平和は、こうして守られたのだ。
ある日、僕ときよぴことケメ子が校舎裏を歩いていると、前方から3年生の不良3人組がやってきた。引き返そうとしたが、時すでに遅し。
「おい、俺たち今からゲーセン行くんだよ。でもさぁ、お金が足りないんだよねぇ……」
絵に描いたようなカツアゲだ。僕たちは震えながら「お金なんて持ってません!」と必死に断っていた。
その時、後ろから「待ってくださいよ〜、僕を置いていかないで!」と、がっちりした体格のやおたが合流してきた。その威圧感に不良たちは一瞬怯む。
状況を把握したやおたは、一歩前に出て不良たちに向き合った。不良たちがさらに身構えたその瞬間、やおたは懐から財布を取り出し、こう言った。
「おいくらですか?」
「違うだろ!!」と僕たちは慌ててやおたを引き寄せ、三人がかりで説教を始めた。「間違ってる!」「そんなことしたら癖になるだろ!」
コソコソ話す僕らに不良たちが「おい、何コソコソやってんだ!」と怒鳴り散らした、その時だった。
上空からキラキラと輝く放射状の「水の線」が降ってきたのだ。
それは正確に不良たちの頭上に直撃する。見上げると、校舎の屋上に青い仮面をつけた男子生徒が立ち、悠然と放尿していた。
「うわあああ!汚ねぇっ!!」
不良たちは捨て台詞を残して、蜘蛛の子を散らすように逃げていった。僕たちも飛沫がかからないように全力で避難。気づけば、屋上の「青い仮面」の姿は消えていた。
「助かった……のか?」
僕たちは顔を見合わせ、自分たちの危機を(最悪な方法で)救ってくれた彼を、尊敬の念を込めて「あおちゃん」と呼ぶことにした。
こうして、僕たちの学校にはまた一つ、新たな伝説が刻まれた。あおちゃん、君のことは一生忘れない。でも、次はせめて水鉄砲にしてくれよな。
夏休み、僕ら4人はバスに揺られて海水浴場へやってきた。
「海だー!」とはしゃぐ僕ときよぴこの前で、ケメ子がバサッと羽織っていたシャツを脱いだ。その瞬間、周囲の視線が釘付けになった。
「ケメ子……お前、その水着なんだよ」
ケメ子が着ていたのは、白と黒の横縞模様……まさにドリフに出てくる「囚人服」そのものの水着だった。
「トレンドよ。私は自分をこの海という監獄に閉じ込めたの」と、また意味不明なことを言っている。
そんな中、ビーチバレーが始まった。僕ときよぴこペア対、ケメ子・やおたペアだ。
試合が白熱したその時、ケメ子が叫んだ。
「やおた、あれをやるわよ! 秘技・人間魚雷!!」
やおたが、がっちりした体でケメ子を持ち上げ、そのまま頭からスパイクの姿勢でぶん投げた。過激すぎる技に僕らは固まったが、空中で囚人服(水着)のケメ子が回転し損ね、そのまま砂浜に頭から突き刺さった。
「ケメ子!」
慌てて駆け寄るやおただったが、焦りすぎて足をもつれさせ、倒れ込んだ拍子にケメ子の囚人水着の紐に指を引っ掛けてしまった。
「あ……」
バチンッ!という不吉な音とともに、ケメ子の背中の紐が弾け飛ぶ。
「キャー!この変態未確認生物!」とケメ子のビンタが炸裂。
結局、ビーチバレーは中止。ケメ子はタオルを巻いて「独房に戻るわ」とふて腐れ、やおたは「計算では完璧だったんですが……」と砂浜に図面を書き始めた。
キラキラした海をバックに、僕ときよぴこは思った。
「やっぱりこの4人で来ると、まともな夏休みにはならないな……」
秋の気配が漂い始めた放課後。僕はある重大な事実に気づいて、みんなに切り出した。
「なあ、俺たちってどこにも部活入ってないだろ? このままだと内申点に響いて、高校進学がヤバいらしいぞ」
僕の提案に、きよぴこが真っ先に食いついた。「マジか!……よし、だったら俺たちで新しい部活を立ち上げようぜ!」
「いいな。どんな部活にする?」
きよぴこが自信満々に胸を張った。
「『エロ変換部』だ! あらゆる言葉をエロい方向に変換して楽しむ!」あるいは珍語開発する珍語部だ! 横からケメ子の冷たい声が響く。「却下。内申を気にしてるのに、一番悪印象でしょ」
次に僕が提案した。「じゃあ、あのお方の正義を見習って……『放尿で悪を退治する勇者部はどうだ!?」
これにはケメ子が即座に反応した。「却下。私が参加できないでしょ!」
すると、やおたがおもむろに口を開いた。
「僕は、『未確認生物の……』」
「「「却下!!!」」」
やおたが言い終わる前に、3人の声が揃った。
最後に、ケメ子が溜息をつきながら提案した。
「……仕方ないわね。『カラオケ部』はどう? 歌声喫茶みたいに、みんなで肩を組んで情熱的に歌い上げるのよ」
「……歌声喫茶?」
僕ときよぴこは顔を見合わせた。歌声喫茶なんて、俺たちの親か、それより上の世代が若い頃に流行ったやつだ。1982年の今、中二女子の口から出る言葉じゃない。
「おいケメ子、お前なんでそんな古いもん知ってんだよ……」と僕が引いていると、やおたが「いいですね、ロシア民謡とか歌いましょうか」とこれまた不気味に同調した。
「……なあ、きよぴこ。こいつらやっぱり、中身は還暦近いんじゃないか?」
「ああ。内申点以前に、あいつらの戸籍を調べた方がいいかもしれねえな」
僕ときよぴこは、ケメ子とやおたの漂わせる「昭和初期の香り」に戦慄しながら、無理やりカラオケ部の設立に同意させられたのだった。
秋といえば体育祭。僕たち4人は、なぜかクラス代表のリレー選手に選ばれてしまった。
勝負の行方はバトン順に託される。
第1走者は僕(そこそこ速い)。第2走者はケメ子(鈍足)。第3走者はやおた(未知数)。そしてアンカーは学年最速のきよぴこだ。
「よし、行くぞ!」
僕は気合のスタートを切り、なんとかトップグループを維持したままケメ子へバトンを繋いだ。しかし、案の定ケメ子で大ブレーキ。見る間に順位は下がり、ついに最下位に転落してしまう。
絶望的な状況でバトンを受け取ったのは、やおただった。
「……弟直伝の**『カッパ走り』**、お見せしましょう」
やおたは膝を深く曲げ、忍者のような独特のフォームで爆走を開始した。地面を這うような異様なスピードで、次々と前の走者をぶち抜いていく!「な、なんだあの走りは!?」と会場がざわめく中、やおたは奇跡のトップに躍り出て、アンカーのきよぴこにバトンを託した。
「勝った!」誰もが確信したその瞬間、きよぴこの悪い癖が爆発した。
前を走っていた周回遅れの女子生徒に追いつくと、あろうことか彼女のお尻をガン見したまま、後ろをピッタリついて走り始めたのだ。鼻の下を伸ばしてニヤつくきよぴこ。その間に、他クラスの選手たちが猛スピードで追い抜いていく!
「あいつ、何やってんだ!」僕は焦り、隣にいたやおたに耳打ちした。
「やおた、合図したら叫べ! ケメ子、お前はゴールテープの後ろに立て!」
わけのわからないまま立たされるケメ子。僕はやおたに目で合図を送った。
「きよぴこー! こっちを見ろーー!!」
やおたの怒号に、きよぴこがハッとこちらを向く。その瞬間、僕はゴールテープの後ろでケメ子のスカートを一気にめくり上げた!
「シャアアアア!!!」
きよぴこの目が獣のように光った。それはまさに、人類を超越したロケットのような加速だった。他の選手たちを一瞬で置き去りにし、砂煙を上げてゴールに突っ込むきよぴこ。
「優勝だーーー!」と喜ぶ僕ときよぴこ。しかし、背後からは般若のような形相をしたケメ子が、砂まみれのやおたを引き連れて迫っていた。
「……あんたたち、覚悟はできてるわね?」
僕たちの秋の栄光は、ケメ子の強烈なビンタとともに幕を閉じたのだった。
秋も深まり、肌寒くなってきたある日のこと。僕は深刻な悩みを抱えていた。それは、僕が極度の**「頻尿」**だということだ。授業中も休み時間も、とにかくトイレが近い。「このままだと、いつか重大な局面で漏らしてしまう……」
そんな僕の悩みをきよぴこに相談すると、彼は目を輝かせて言った。
「だったら、お前が正義の味方になればいいじゃねえか!『漏れそう』って困ってる時に、颯爽とおむつで解決する……その名も**『おむつマン』**だ!」
ケメ子も「いいわね。あなたが紙おむつを履けば、正義の活動に専念できるわ」と頷き、やおたも「そうですね!緊急時に備えるのはヒーローの鉄則です!」と真顔で同意した。
こうして僕は、パンツの上から巨大な紙おむつを履き、お腹に大きく「お」と書いた正義の味方、おむつマンとして活動することになったんだ。
ところが、初出動のチャンスは意外な形でやってきた。
隣で冷静に話を聞いていたはずのケメ子が、急に顔色を変えて内股になったのだ。
「……ちょっと、ちく。例の『紙パンツ』、今すぐ出しなさい」
「えっ、今!? これから僕がヒーローとして……」
「いいから出しなさいよ! 冷たいコーラを飲みすぎたのよ! 限界突破しそうなのよ!」
ケメ子のただならぬ殺気に、僕は慌ててカバンから予備の紙パンツを取り出した。
「待ってろケメ子、今、正義の味方が……!」
しかし、慣れないおむつのパッケージはなかなか開かない!
「早く! 早くしなさいよ!!」
「開かないんだよ! ビニールが頑丈で……あっ、滑った!」
僕がモタモタしている間に、ケメ子の動きがピタッと止まった。
静まり返る放課後の教室。やおたが小声で「……間に合いませんでしたか?」と呟く。
ケメ子は遠くを見つめたまま、「……もう、いいわ。世界が終わっただけよ」と力なく言い残し、夕陽に向かって歩き出した。
翌日から、学校には一つの噂が広まった。
「あのクールなケメ子が、実は……」
誰が言い出したのか、彼女についた不名誉な二つ名は**『漏れ姉』**。
「ちく、あんたのせいよ……」と恨みがましく睨むケメ子の横で、僕はおむつをギュッと締め直すしかなかった。
正義の味方「おむつマン」……最初の任務は、仲間の尊厳を守れず大失敗に終わったのだった。
12月、体育の授業で「長距離走(寒稽古)」が始まった。
冬の冷たい空気は、僕の「頻尿」を容赦なく刺激する。スタート前にトイレに行っても、走り出した瞬間にまた尿意が襲ってくるんだ。
「……やるしかない。変身だ」
僕は更衣室の隅で、こっそり紙おむつを装着した。これなら、走っている最中に万が一のことがあっても、正義とプライドは守られる。
運動場に出ると、きよぴこが寒さでガタガタ震えながら文句を言っていた。
「なあ、ちく。なんで冬に走らなきゃいけないんだよ。女子の吐息で暖をとりたいよな……」
相変わらずのきよぴこに呆れつつ、僕はやおたを見る。彼は彼で「冬は空気が澄んでいるから、未確認生物を見つけやすいんです」と、双眼鏡を首から下げて走ろうとして先生に怒られていた。
いよいよスタート。冷たい風が吹くたびに、僕の下腹部は「限界」を告げる。でも、今日はおむつを履いている。その安心感からか、僕はいつになく快調なペースで走り続けた。
ところが、折り返し地点を過ぎたあたりで異変に気づいた。
「……重い」
安心感から、知らず知らずのうちに「解放」してしまっていたらしい。最新の紙おむつとはいえ、吸い取った水分は確実に重量となって僕の足腰にのしかかってくる。
「おい、ちく! どうした、ペース落ちてるぞ!」
後ろから追い上げてきたきよぴこが、僕の横を通り過ぎる。
「……いや、ちょっと腰にキてるんだ」
僕は必死に、重たくなったおむつがズレないよう、不自然な内股で走り続けた。
ゴール付近では、ケメ子が「漏れ姉」の汚名をそそぐために、白金カイロを持ってゴールテープの係をしていた。
「ちく、遅いわよ! さっさとゴールしなさい!」
ケメ子の叱咤激励(?)を受けながら、僕はパンパンになったおむつを引きずり、なんとか最下位を免れてゴールした。
走り終わった後の爽快感なんて微塵もない。あるのは、ただただ重たい現実だけ。
「おむつマン」の戦いは、誰にも称賛されることなく、静かに更衣室で幕を閉じるのだった。
3月。1982年から1983年へ。僕たちの騒がしい中学2年生が終わろうとしていた。
校庭の隅には、やおたが「新種の生物の卵」だと信じて冬の間ずっと見守っていた、ただの古びたバレーボールが転がっている。
僕たちは、結局「カラオケ部」としての実績は何も残せなかった。でも、更衣室でこっそりおむつを履き替えていた僕の秘密や、ケメ子が「漏れ姉」と呼ばれながらも凛としていた強さ、きよぴこの揺るぎない煩悩……それら全てが、この古臭い校舎に染み付いている。
3年生の卒業式の予行演習が終わった放課後。僕たち4人は、いつもの屋上にいた。
「なあ」ときよぴこが切り出した。「俺たち、3年になっても同じクラスになれるかな」
「確率は4分の1ね」とケメ子が冷たく、でもどこか寂しそうに答える。
やおたは双眼鏡で空を見つめたまま「もし離れても、僕が未確認生物を見つけたら一番に連絡しますから」と言った。
僕は、ポケットに入っていたオムツを握りしめた。
「……もしクラスが離れてもさ。誰かが『漏れそう』な時は、必ず集まろうぜ」
僕の台無しなセリフに、ケメ子が吹き出し、きよぴこが笑い、やおたが静かに頷いた。
その時、遠くで夕陽を背にして、誰かが屋上に向かって手を振っているのが見えた。
青い影……いや、それはただの見間違いかもしれない。でも、僕にはわかった。あれは、僕たちのバカげた青春をずっと見守ってくれていた、あの「あおちゃん」だ。
「行くか」
僕の言葉で、4人は階段を駆け下りた。
1982年の夏、囚人水着で海を走り、秋にリレーで爆走し、冬におむつで寒稽古に挑んだ僕たち。
大人になれば、おむつも履かなくなるし、エロ変換もしなくなるのかもしれない。でも、この瞬間、僕たちが「最強の4人」だったことだけは、絶対に忘れない。
校門を出る時、きよぴこがいつものように叫んだ。
「サ、サ、サクサク……!」
「それ、結局どういう意味なんだよ!」
僕たちの笑い声が、春のぬるい風に乗って、昭和の空に溶けていった。
(完)




