第8話 — 月夜の名
ミカヅキの心臓は激しく打ち続けていた。
それが恐怖なのか、興味なのか、あるいは名前のない何かなのか——彼自身にも分からなかった。
だが、そこには彼を縛りつけるものがあった。逃げることを許さない奇妙な魅力。
甘く、旋律のような声が再び響いた。ためらいがちに。
——「わ、私…」
ミカヅキは彼女の言葉の途切れを感じ、慌てて口を開いた。
「す、すみません…まだ名乗ってませんでした。僕は…ミ、ミカヅキです。あなたは?名前は?」
汗が頬を伝い、夜の冷気が忍び寄る。
返ってきた答えは震え、まるで秘密を打ち明けるようだった。
——「ツ、ツキヨ…私はツキヨと呼ばれている」
彼女はゆっくりと木の陰から姿を現した。ためらいながら。
月の光がその輪郭を描き出す。
フードはほとんどを隠していたが、一房の髪が片目を覆い、もう一方の瞳だけが闇の中で輝いていた。
ミカヅキはその名を繰り返した。記憶に刻み込むように。
——「ツ、ツキヨ…」
その響きは奇妙で、どこか懐かしくもあり、彼には理解できない重みを帯びていた。
彼女は動かない。
ただ月光に身を委ね、沈黙の中でその瞳だけが彼を見つめ続けていた。瞬きもせずに。
夜の冷たさが頬を刺す一方で、熱が顔に広がる。
恐怖なのか、魅了なのか——彼には分からなかった。
「な、なぜここにいるんですか?」
声は震え、途切れそうになりながらも問う。
ツキヨはためらった。沈黙が長く続いた。
やがて、誰かに聞かれることを恐れるような低い声で答えた。
——「私は…ここにいてはいけない。でも…見たかったの」
風が強く吹き、門が再び軋む。
ミカヅキは考えるより先に一歩踏み出した。
本能は逃げろと叫んでいたが、何かが彼を引き寄せていた。
ツキヨは立ち止まり、風に抗うようにフードを押さえた。
何かを隠し続けようとする仕草。
彼女はゆっくりと墓石の間を歩く。裸足の足跡は湿った土にほとんど残らない。
ミカヅキは恐れを抱きながらも離れられなかった。
心臓は早鐘のように鳴り響く。
それでも彼を引き寄せる磁力のようなものがあった。
数歩後ろをついていき、答えを探す。
「ツ、ツキヨ…あなたは僕に…会いたかったんですか?」
声は震え、喉が詰まりそうになりながらも出た。
彼は唾を飲み込み、続けた。
「この前…僕を覗いていたのは、あなたですよね?」
沈黙が重くのしかかる。
遠くのカラスの鳴き声も、葉のざわめきも消えたように感じられた。
まるで世界全体が、彼女の答えを待っているかのように。
ツキヨは背を向けたまま立ち止まった。ためらいがちに。
風に揺れてフードがわずかに震える。
そして、まるで禁じられた告白のように低い声で言った。
——「私は…会いたかった」
ミカヅキの胸は締め付けられる。
恐怖と魅了が入り混じり、逃げるべきか、さらに近づくべきか分からなくなる。
風が強く吹き、ツキヨは両手でフードを押さえた。
何かを隠そうとする仕草。
彼女は墓石の間を短い歩幅で進む。裸足の足跡は湿った土にほとんど残らない。
奇妙な魅力に囚われたミカヅキは離れられなかった。
安全な距離を保ちながらも、答えを求めて近づいていく。
「ツ、ツキヨ…あなたは僕に…会いたかったんですか?」
喉を鳴らしながら言葉を絞り出す。
「この前…僕を覗いていたのは、あなたですよね?」
沈黙が重くのしかかる。
彼の心臓の鼓動は墓地全体を満たすほどに響いていた。
ツキヨはためらい、声を震わせながら答えた。
——「私は…願いを持っている。とても古い願い」
「私がいた場所には…それを叶えさせない境界がある」
その言葉は悲しい旋律のように風に揺れ、呪いのように一音一音が封じられていた。
ミカヅキは彼女の痛みの中に、自分と共鳴するものを感じた。
それは彼を安心させると同時に、さらに近づける力となった。
「ツ、ツキヨ…」
彼は強く呼びかけ、一歩踏み出した。
その声に応えるように、彼女は振り返った。
墓地を吹き抜ける風と共に緊張が高まる。
ミカヅキは言葉を探したが、声は途切れた。
「あなたは…つまり…」
その瞬間、ツキヨの指が揺らいだ。
風がフードを吹き飛ばし、彼女が必死に隠していた顔を露わにした。
生命を失い、時に刻まれた顔。
それでも唯一の瞳は輝きを宿し、ミカヅキを見つめていた。
髪は月光に照らされて舞い、かすかな香りを放ち、彼女は優しい微笑みを浮かべていた。
ミカヅキは凍りついた。
心臓は暴れ、目は見開かれる。
「あなたは…」
言葉は続かなかった。
彼は背を向け、門を押し開け、顔を伏せて走り去った。
振り返ることなく走り続ける。
見たものが現実なのか幻なのか、自分でも分からない。
街灯は点滅し、彼を嘲笑うように。
森の奥から狼の遠吠え。
靴にまとわりついた泥がアスファルトに跡を残す。
それは彼が否定したい証拠だった。だが、時はそれを刻み続ける。
家の前に着いた時、胸の鼓動は虚しく静まり、まるで止まったかのようだった。
扉を開けると、迎えたのは影に潜む鼠の音だけ。
灯りはなく、台所の棚は空っぽ。食べ物の欠片すらない。
また一人の夜。
だが、今夜は違った。
頭から離れない記憶があった。
あまりにも鮮明で、現実だと信じるのが苦しいほどの記憶。




