夫の宝物を全部捨てたら、夫が壊れました。
皆さんには同じ過ちを繰り返して欲しくないので、ここに書き留めておきます。まあ、五十代半ばを過ぎたおばさんの戯言と聞き流して下さい。
私には夫がいました。私が初めて務めた会社の上司でした。社内恋愛です。
夫は仕事ができ、性格も良く、結婚した後も私を大事にしてくれていました。会社では管理職を務めていたので、給料もそれなりに多かったです。ですので、私は結婚を機に退職して主婦になりました。
私には勿体無い、素晴らしい夫でした。ですが一点だけ、夫に対して不満を覚えることが有りました。
夫の趣味、「プラモデル」です。
私は「子どもっぽい」と思いました。好きにはなれませんでした。ですが、夫には長所が沢山有りましたので、最初の内は「仕方ない」と我慢しておりました。
ところが、夫のプラモデル好きは、度が過ぎていました。少なくとも、私にはそのように思えました。
夫は、家の中に「プラモデル専用の部屋」を設けておりました。元々家は夫の持ち物だったので、その点は目を瞑らざるを得ませんでした。
ですが、夫のプラモデル収集は常軌を逸していました。
何と、部屋からプラモデルの箱が溢れ出したのです。
他の部屋にまで箱を積み上げるようになったところで、私の中で「何か」がプツリと切れました。
この「ゴミ」を、全部捨てよう。
夫の出張中、私は業者に頼んでプラモデルを売却しました。
組み上げられたものは売り物にはならなりませんでした。ですので、それらは「ゴミ」として処分しました。
全て処分しました。プラモデル制作の道具も含めて。
何もかも亡くなった部屋を見て、私の中に快感が駆け抜けました。
これで、夫も私の気持ちを分かってくれる
私は「夫の改心」を期待しました。
事態を知った夫は、別人のようになりました。ですが、それは私が思っているものではありませんでした。
この日を境に、夫の顔から表情が消えました。口数も少なくなりました。
落ち込んでいるのかな?
私は「時間が経てば回復する」と高を括っていました。ですが、一か月が過ぎても夫は変わりませんでした。それどころか、もっと酷くなっていきました。
夫の食が細くなりました。ご飯を残すようになりました。それも、半分以上も。
余りに残すので、私は「ご飯の再利用」を考えました。しかし、できませんでした。
夫は、「残ったもの」を直ぐに生ゴミの袋に入れてしまうのです。
夫の行為に対して、私は「勿体ない」と抗議しました。ですが、夫は止めてくれませんでした。
私は対抗策として、最初から夫の食事を少なめに作るようになりました。
ところが、夫は「これ」も残しました。その様子を見て、私は夫の体調に不安を覚えました。ですので、夫に受信を勧めました。
すると、夫は「勿体ない」と言って、取り合ってはくれませんでした。その反応は、私には大いに不満でした。
自分の行為を棚に上げて、「勿体ない」とはどの口が言うのか?
しかし、後から考えてみれば「こんなこと」は些細なもの、序の口でした。
夫の食の細さを心配していると、今度は家の中から「夫の私物」が消え始めました。それに気付いたのは、洗濯しているときでした。
今日は洗濯物が少ないな。
最初、私は「楽で良いな」と気楽に考えていました。
ところが、日を追う毎に洗濯物の量が減っていくのです。その理由は、直ぐに分かりました。
夫の衣類が、極端に減っていたのです。
夫は私服の殆どを処分していました。寝間着や冬のコートなど、私にしてみれば「絶対必要」と思うものまで捨てられていました。
流石に仕事着は残していました。ですが、残っていたのは「一着だけ」です。
この件に付いて、私は夫にきつく詰問しました。
すると、夫は「もう、必要無いものだから」と言って、私の苦言を無視し続けました。
私は大いに不満でした。だからと言って、「このまま」という訳にはいきません。新しい服を用意して、それを夫に渡しました。
流石に、これは捨てられないでしょう。
甘かったです。次のゴミの日に捨てられていました。この所業には腹が立ちました。離婚も考えました。ですが、それができない事情が、当時の私には有りました。
当時、私は四十代半ばでした。私の両親は他界しておりました。私達の間に子どももいませんでした。
私にとって「家族」と言える者は夫だけでした。その上、私には「お金を稼ぐ手段」が有りません。
退職してから十年以上。その間、延々家事従事を続けていました。「外に出て働く」ということに、躊躇いを覚えて止みませんでした。
生きる為には仕方がない。
私は耐えました。耐えながら、夫の改心を期待して、夫に苦言を言い続けました。
ですが、夫は一向に聞き入れてくれませんでした。それどころか、夫の奇行はエスカレートしていくばかり。
夫は、物だけでなく、「思い出」も処分し始めたのです。
二人で記録した写真や動画。それらが詰まったアルバムやファイルなど、私達で管理していたものを全て処分、削除してしまったのです。
この行為を目の当たりにして、漸く私は気付きました。
夫は――壊れている。
私は夫に精神科の受診を進めました。
最初、夫は拒否しておりました。ですが、私が病院や警察に連絡している様子を見て、とうとう観念してくれました。
夫は「明日、行ってくる」と言ってくれました。私は、それを信じました。ですが、騙されました。
夫は「明日」が来る前に家を出てしまいました。「失踪」してしまったのです。
私は直ぐに捜索願を出しました。警察の皆様方の尽力も有って、夫は我が家に戻ってきました。「物言わぬ姿」となって。
私は「最後の恩返し」と思って、夫の葬儀を行いました。
私は独りぼっちになってしまいました。
夫が残してくれたお金が有ったので、今まで何とか生きてきました。ですが、もう限界です。
私は間違いました。この話を読む皆さんには、私と同じ過ちを繰り返して欲しくありません。この話を読んで、何か感じることが有りましたならば幸いです。
私は、これから夫に謝りに行こうと思います。
最後に、皆様の人生のご多幸をお祈りします。さようなら。