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第四話 それでも隣にいてほしい(1)


 朝の光が窓辺から差し込む頃、セレナはゆるやかに目を覚ました。目覚めた瞬間、昨日の出来事が胸の奥に小さな(ともしび)をともすように蘇る。ライナルトが正装で現れたときの真剣なまなざし。噛み噛みの第一声。そして互いに真っ赤になった顔。


「変な人、だけど…悪い人ではないわ」


 つい口元が綻んだ。


「セレナ様、お目覚めですか?ってあれ?なんだかにやけていらっしゃいます?」


 ミリーがセレナの朝支度のため、部屋に現れた。


「ふふっ、ちょっとね。昨日のことを思い出していたの」


「あー、旦那様の。せっかくの美形なのに、話すとなんだか残念な方でしたねえ」


「やだ、ミリーったら。なんだか可愛らしかったでしょう?」


「……え。セレナ様、それ本気で言ってます?」


 『それなら旦那様をさらに惚れさせるために気合を入れましょう!』と、セレナの朝支度をするミリーの手に力が入る。昨日別れ際にライナルトと約束をしたのだ。明日は一緒に朝食を取りましょう、と。それは初めて一緒に食事をするという意味でもあった。


 その日から、二人の間には目に見える変化があった。


 最初は朝食の席で二言三言交わすだけだった会話も、三日、四日と重ねる内に、少しずつ自然になっていった。


「このスープ、少し香辛料を増やしました?」


「えっ、気づきましたか?意外とセリィが香辛料好きだと分かったので、厨房に頼んでみたんです」


 セレナは驚きとともに目を見張り、ライナルトは嬉しそうに微笑む。彼の不器用な気配りに、セレナの胸の奥に温かな感情が積もっていく。


 さらには食事だけでなく、読書の時間もともに過ごすようになった。


「私、この詩が好きなんです。春の風の描写がやさしくて…」


「……ううむ、詩の良し悪しはイマイチ分からないが…君が好きというなら、俺も好きになる努力をしよう」


 その返しにセレナは思わず吹き出した。


「詩を好きになる努力なんて初めて聞いたわ」


「それは…!その、き、君と、一緒に楽しみたい、から…」


 ライナルトの赤くなった顔に、セレナも照れくさくなって、少し顔を赤らめながら目をそらす。彼の真っ直ぐな言葉は、じんわりと彼女の心に沁み込んでくるのだ。


 ある夜、温室をゆっくりと二人で散歩したとき、ライナルトはとうとうこれまで口にできなかった想いを言葉にした。


「――セリィ。俺はずっと…、君に、見合う夫になりたいと…思ってたんだ」


 真剣なまなざしでそう言った彼に、セレナは驚きながらも静かに頷いた。


「嫌々参加した夜会で、君を見たとき…女神が迷い込んでいるのかと、思った…。君の周りだけが輝いていて、君以外、何も見えなくなった…」


 それは、ライナルトがセレナに一目惚れした瞬間だった。


「俺はずっと軍人生活をしていて、どんな風に君にアプローチをすれば良いか、まったく分からなくて…」


 そのとき、ちょうど謁見の機会があった国王に、セレナと結婚したいと申し出たのだった。


「……セリィと結婚できると知って、有頂天になった。だけどいざ結婚日が近づいてくると、こんな俺が君を、幸せにできるか不安になった」


 ライナルトは幼くして母を亡くし、それからは父に鍛えられながら育った。騎士学校でも軍の中でも女性と接する機会はほとんどなく、気づけば女性への接し方が分からなくなってしまったという。


「不用意なことをして、君を傷つけるくらいなら……最初から何もしない方が良い、そう思っていたんだ…」


 本当はうきうきで結婚式の準備をしていた。けれど直前にどうしようもなく不安になって、直前に全てキャンセルした。すると今度は会うのが怖くなって、そのまま顔を合わせない日々をずるずると過ごした。


「……今も、そう思っていますか?」


「っ、とんでもない!い、今こうして君の隣にいられることが、これ以上なく幸せだ…!」


 そう迷いなく言い切ったライナルトに、セレナはやさしく微笑んだ。


「……私も、あなたの隣にいたいと思っています。もう遅いでしょうか?」


「全然、そんなことはない…。むしろ、こんな俺がそう言ってもらえるなんて、夢、みたいだ…」


 ライナルトのまなざしには、幼さと純粋さが混じっていた。


「――セリィ、」


 ライナルトは壊れものを扱うようにそっと、彼女の手を取った。


「ライナルト様…」


 月の光の下で、二人は初めて手をつないだ。


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