桃太郎─第4部:心を持たない英雄を人は怪物と呼ぶ─
鬼退治を終えた桃太郎は、大量の財宝を携えて村に凱旋しました。
「鬼を討ち果たした!悪は完全に根絶された!これがその証だ!」
村人たちは最初、歓喜の声を上げました。しかし、桃太郎の目に宿る冷たく狂気じみた光を見て、次第に不安を感じるようになりました。
犬、猿、キジは桃太郎から距離を置くようになりました。鬼ヶ島で目にした光景が、彼らの心に深い傷を残していたのです。
「桃太郎さん…あの時の鬼の子どもたちは、本当に悪だったんでしょうか?」
犬が震え声で尋ねました。
桃太郎は冷然と答えました。
「悪に年齢は関係ない。むしろ、幼いうちに摘み取ることが重要なのだ。君たちは正義の執行を理解していない」
それを聞いた仲間たちは、二度と桃太郎の前に姿を現すことはありませんでした。
村での生活が始まると、桃太郎の「正義」はさらに苛烈になりました。鬼退治の成功に酔い、自分の正義が絶対的に正しいものだと確信した彼は、村でも同じ「正義」を実行し始めたのです。
「この村にも悪が潜んでいる。僕がそれを見つけ出し、根絶やしにしなければならない」
酒を飲んで騒ぐ者、時間に遅れる者、彼の意に沿わない言動をする者は、すべて「悪」と認定され、容赦なく「制裁」を受けました。
「正義の名の下に、規律を正す。これは村のためなのだ」
桃太郎の制裁は日に日に厳しくなりました。最初は叱責だけでしたが、やがて暴力を伴うようになり、ついには「悪」と認定した者を村から追放するようになりました。
「桃太郎、そんなことをしてはいけない」おじいさんが止めようとしましたが、桃太郎は冷たい目で見返しました。
「おじいさん、悪を庇うのは悪への加担です。僕の正義に従えないのなら、あなたも悪の一味ということになりますが、それでもよろしいのですか?」
その言葉に、おじいさんは言葉を失いました。愛する孫が、もはや人間の心を持たない怪物に変わってしまったことを悟ったのです。
村人たちの表情から笑顔が消えました。誰もが桃太郎の顔色を窺い、彼の機嫌を損ねないよう細心の注意を払って生活するようになりました。
「桃太郎様の正義に従わなければ…」
「少しでも逆らえば、制裁が…」
恐怖が村を支配しました。かつて平和だった村は、桃太郎という独裁者の下で息苦しい監視社会となったのです。
やがて、桃太郎は村人たちの視線に気づきました。それは尊敬の眼差しではなく、恐怖と嫌悪の目でした。
「なぜだ…僕は正義を実行しているだけなのに…なぜ皆、僕を避けるのだ?」
桃太郎の孤独は深まりました。しかし、彼は自分の正義を疑うことはありませんでした。
「皆、僕の正義を理解できないのだ。愚かな者たちめ…」
ある夜、桃太郎は村を出て山奥に向かいました。そこで彼は一人、「正義」について考え続けました。
「悪は…すべて…滅ぼさねばならぬ…それが…僕の使命…」
山の奥から、夜な夜な響くのは桃太郎の慟哭でした。しかし、それは自分の行いを悔いる声ではありません。世界に蔓延る「悪」を憎み、それを根絶できない自分の力不足を嘆く声でした。
村人たちは桃太郎の名前を口にすることさえ恐れるようになりました。
「あの方の名前を口にしてはいけない…」
「山の奥で、今でも正義を叫んでいるという…」
「心を持たない英雄を、人は怪物と呼ぶのだ…」
桃太郎の物語は、警告として語り継がれることになりました。正義という名の下に行われる暴力の恐ろしさ、そして正義に囚われた者がいかに人間性を失うかを示す、悲しい教訓として。
かつて村を救うはずだった英雄は、今や村の人々が最も恐れる怪物となっていました。
そして今でも、山の奥から聞こえてくる声があると言います。
「正義…正義…すべての悪を…滅ぼさねば…」
めでたし、めでたし。




