桃太郎─第2部:歪んだ正義感─
十五歳になった桃太郎は、村で最も恐れられる存在となっていました。彼の「正義」に逆らう者は誰もいません。いえ、逆らうことができなくなっていたのです。
ある日、村にひとつの噂が流れました。
「鬼ヶ島の鬼たちが、村を襲う準備をしているらしい」
それは酔っ払いの旅商人が語った、根拠のない話でした。しかし、桃太郎はその瞬間に「真実」を確信しました。
「やはり、新たな悪が現れたか。鬼というのは、悪そのものの象徴だ」
村人たちは首をかしげました。「桃太郎、それはただの噂話では…」
「噂?」桃太郎の目が光りました。「悪は常に隠れて行動する。表に出てこないからこそ、より危険なのだ。僕が行って、その悪を根絶やしにしなければならない」
おじいさんが心配そうに言いました。「桃太郎、鬼ヶ島の鬼たちが本当に悪いことをしているという証拠はないのじゃよ」
「証拠?」桃太郎は冷笑しました。「おじいさん、悪は証拠を残すほど愚かではありません。だからこそ、予防的に討伐することが必要なのです。悪が実際に行動を起こしてからでは遅いのですから」
桃太郎の論理は完全に破綻していましたが、彼自身はそれを正当な推論だと信じていました。疑いの余地のない「真実」として、鬼ヶ島の鬼たちを「悪」と断定したのです。
「正義の実行に躊躇は禁物だ。悪には一切の情けをかけてはならない」
桃太郎は出発の準備を整えました。おばあさんが作ったきびだんごを袋に詰め、刀を腰に下げ、鬼退治の決意を固めました。
道中、桃太郎は犬、猿、キジと出会いました。彼らは最初、桃太郎の「正義」に感銘を受けました。
「悪い鬼を退治するなんて、素晴らしい!」犬が尻尾を振りながら言いました。
「正義のためなら、僕たちも力を貸すよ!」猿も手を叩いて賛同しました。
「悪を倒すのは当然のことだ!」キジも翼を広げて同意しました。
桃太郎は満足そうに頷きました。「そうだ、君たちのような正義感のある者こそ、僕の仲間にふさわしい」
しかし、仲間たちはまだ知らなかったのです。桃太郎の「正義」がどれほど歪んでおり、どれほど冷酷で残虐なものかを。彼らは純粋な正義感から桃太郎に従いましたが、やがてその代償を身をもって知ることになるのでした。
鬼ヶ島へ向かう船の上で、桃太郎は静かに呟きました。
「悪は必ず滅ぼされなければならない。それがこの世の理だ。僕はその理を実行する者なのだ」
海風が桃太郎の髪を揺らしましたが、彼の決意は微塵も揺らぎませんでした。彼の心の中では、既に鬼ヶ島の鬼たちの運命は決まっていたのです。