赤ずきん【後半:獣の仮面と沈む村】
赤ずきんは、不安をかき消すように歩き続けた。
何かが起きている―そんな確信が、胸の奥で膨らんでいく。
足元から血が引くような感覚に襲われ、視界が霞む。
それでも、脚は止まらなかった。
祖母の家が見えてきた。
扉は半開きで、そこから漏れる鉄の匂い。
息を呑み、赤ずきんは中へと足を踏み入れる。
「おばあちゃん……? あ……っ」
床に広がる赤黒い染み。祖母は倒れていた。
腹部が裂かれ、臓腑がこぼれている。
その瞳は、恐怖のまま時間を止めていた。
床に転がるナイフ。 刃には肉片がこびりつき、柄には血の跡。
そして……その隣に立っていたのは、あの男。
男は、血の海で足を滑らせた。 赤く染まった手をコートで拭うが、汚れは広がるばかり。
何かを呟いているが、言葉になっていない。 視線は泳ぎ、言い訳を探すようだった。
赤ずきんは、その光景を凝視していた。
「……きゃあああああっ!!」
その叫びに男はビクッと肩をはね上げ、振り返る。
「違う! 僕じゃない! 殺してなんかいない!」
男は血まみれの手を赤ずきんに向ける。
少女は一歩、また一歩と後ずさる。
「うそ……! あんたがやったんでしょ……食べ物、あげたのに……」
その瞬間、男の顔が凍りついた。 赤ずきんの背後に、何かを見た。
ズドン!
男の頭が弾け、血と脳が床に散った。
「……危ねぇところだったな」
銃を構えた猟師が、にじむ笑みを浮かべていた。 足元に広がる血溜まり。滴る鮮血。
「こいつは、森で人を殺していた指名手配犯だ。お前も危なかった」
赤ずきんは震える声で礼を言った。
「……ありがとう……おじさん……」
「こんな悪い奴はここに置いておけねぇ。俺が始末して来てやる」
そういうと猟師は男の死体を引きずり、川へ。 石を括りつけて沈める。
ぶくぶくと死体が沈んでいく間、猟師は何かを呟いていた。
その声は低く、濁り、どこか他人のようだった。
まるで複数の声が重なっているかのような唸り。 森が静かに、それを飲み込んだ。
祖母の家へと戻る。 猟師は赤ずきんに優しく笑いかける。 その目が、一瞬だけ赤く光った。
「もう安心だ」
「……助けてくれて、ありがとうございました」
赤ずきんは、血のついた花を握りしめ、 祖母の死を前に、ただ震えていた。
「悲しまなくていい。またすぐに、会えるから」
「……え……?」
その声は、森の奥から響くように低く、冷たかった。
ガタン――ゆっくりと動いた扉。 閉まる音が、部屋の空気を変えた。
壁の影が笑ったように見えた、その瞬間。
ズドン!
赤い花が、再び咲いた。
赤ずきんの身体が、血の中に崩れ落ちる。
猟師は歩み寄り、彼女のずきんを剥ぎ取る。
「……いい色だ」
血に染まった赤いずきんを、そっとコートに押し込む。
そのまま背を向け、ゆっくりと歩き出す。
向かう先は、村。
遠くに揺れる灯りが、ひとつ、またひとつと消えていく。
微かな悲鳴が、森に溶ける。
静寂。
そして……
めでたし、めでたし。




