金太郎─前編-足柄山のその奥で─
むかしむかし、足柄山のその奥に、金太郎という元気な子どもがいました。
金太郎は、山の動物たちと毎日楽しく遊んでくらしていました。
相撲を取っては大笑いし、夜は焚き火を囲んで歌い合い――
お調子者の猿は冗談ばかり、
恥ずかしがり屋のうさぎは歌が好きだけどいつも声が小さくて、
勉強好きの鹿は、山の知識を金太郎に教えてくれました。
太鼓が得意なたぬきは、お腹の太鼓をぽんぽこ鳴らしては、みんなの輪をにぎやかに盛り上げました。
そして、兄のように慕っていたのが、大きな熊でした。
強くて、優しくて、時に厳しく――金太郎の憧れでした。
いつまでも、こんな日々が続くと思っていました。
ある晩、焚き火のそばで、熊がぽつりと言いました。
「金太郎は人間の子だ。いずれ、山を出ていくんだろうなあ」
「ぼく、ずっとここにいるよ?」
「……そうだと、いいな」
熊の瞳は、焚き火の奥を見ているようでした。
それから、しばらくしてのこと。
山のふもとから、武士たちが馬を連れてやってきました。
金の飾りがついた立派な甲冑に身を包み、動物たちはおびえて隠れました。
彼らは、まるで異国の生き物のように見えました。
「金太郎、その力、国のために使ってみぬか?」
戸惑う金太郎の背中を、熊がそっと押しました。
「おまえは特別なんだ。人間の世界で、やれることがあるはずだ」
誰も、別れの言葉を言いませんでした。
ただ、じっと見送ってくれるだけでした。
人の世界は、にぎやかでした。
拍手と賞賛に包まれ、金太郎の名前はすぐに広まりました。
「すごいぞ金太郎!」
「どんな敵も一撃だ!」
……でも、その声はどこか遠く感じられました。
そんな金太郎を、面白く思わない人々もいました。
陰口、疑いの目、罠のような任務――
けれど金太郎は、それでも前だけを見て進もうとしていました。
ある日、一つの報せが届きました。
「足柄山に鬼が出た」
胸が締めつけられました。
故郷の山に、あの優しい仲間たちに、何が起きたのか。
「お前の故郷だ。鬼を退治して名誉をあげよ」
御上から討伐命令が下り、金太郎はすぐに出発しました。
――だが、それは表向きの理由
本当の狙いは、「金太郎を鬼に食わせてしまえ」という、陰謀でした。
久しぶりに足柄山に足を踏み入れた金太郎は、言葉を失いました。
木々は伐採され、川は濁り、畑が広がり、あの頃の面影はどこにもありませんでした。
そのとき――背後から、ガサッ、と音がしました。
反射的に刀を抜いた金太郎。
一閃、鬼の首が宙を舞い、真っ赤な血が辺りに飛び散ります。
ころん、と転がった首を見て、金太郎の目が凍りつきました。――それは、うさぎでした。
恥ずかしがり屋で、やさしい声で歌っていた、あのうさぎ。
しかしその額には一本の角。口には、鋭い牙。
「う……そ、だろ……」
ガサガサと、草むらが揺れました。
次々と姿を現す鬼たち――だが、その顔は、見覚えのあるものばかり。
鹿、イノシシ、たぬき、イタチ…
みんな、かつての幼なじみ。兄弟のように過ごした仲間たち。
「ずっと友だちだよ」
あの日、交わした言葉が、耳の奥でよみがえります。
そして、最後に現れたのは――角を生やし、血走った目をした、かつてのお調子者の猿でした。
「久しぶりだな、金太郎。……所詮、お前も人間だったってことか」
金太郎は、動けませんでした。
「……一体、これはどういうこと……」
つづく。
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