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浦島太郎-前編-黒の玉手箱-

昔々、海辺の小さな漁村に、一人の網元がいた。村人たちに慕われる立派な人物だったが、病に倒れ、若くしてこの世を去った。残されたのは娘の乙と、忠実な使用人の亀吉だけだった。


父の遺志を継ぎ、乙は網元の家を引き継いだ。まだ年若いながらも、賢く誠実な彼女は、父の跡を立派に継ごうと懸命に働いた。


そんな乙の存在に目をつけた男がいた。浦島太郎。かつては漁師だったが、今は働かず、楽に生きることばかりを考えている男だった。美しく財を持つ乙の噂を聞きつけた太郎は、ある“計画”を立てた。


太郎は村の外れで無法者たちを金で雇い入れた。狙いはただひとつ。乙の信頼を得るために、芝居を打つことだった。


ある日、乙の屋敷の使用人である亀吉が、浜辺で漁の網を干していると、突然三人の男に襲われた。殴る、蹴る、網を燃やす。亀吉は抵抗もできず、砂に倒れた。


「やめろ! 弱い者いじめは許さん!」


そこに現れたのが、浦島太郎だった。正義の味方を演じる太郎は、棒を手に無法者を追い払い、亀吉を助け起こした。


「助けていただいて、ありがとうございます……!」


涙を流す亀吉は、命の恩人として太郎を乙に紹介した。乙もまた、太郎の行動に感謝し、「どうぞ屋敷に滞在してください」と丁寧に迎え入れた。


こうして浦島太郎は、乙の屋敷に入り込むことに成功した。その日から、太郎の贅沢な生活が始まった。朝は豪勢な食事、昼は日陰で昼寝、夜は温かい風呂と酒。働くことなく、太郎は至れり尽くせりの暮らしを楽しんだ。


「いい暮らしだなあ……もう二度とあの小屋には戻れない」


ある日、太郎は乙に言った。 「母も年をとっていて、一人にしておくのが心配で……ここに呼んでもいいでしょうか」


乙は黙って一つの漆塗りの箱を差し出した。 「これをお母様に。中は、絶対に見てはいけません」


箱は黒光りして重く、何かを押し殺したような気配を放っていた。


「もちろん、見るわけないさ。お土産だろ?」


太郎はにやりと笑いながら、箱を手に屋敷を後にした。


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