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校則第14条

「今年から、校則がひとつ追加されました」




始業式の終わり、壇上の教頭が言った。

体育館の空気はすでに弛んでいて、誰もまともに聞いていなかったが、最後の一言だけはやけに響いた。


「第14条 同じ発言を二度してはならない」




初めは冗談だと思った。

だがその日のうちに、黒板の隅に貼り出されたプリントで、実在する規則であることが確認された。

文面は短かった。「一度口にした言葉を、もう一度発することは禁止する」


翌朝、廊下がざわついていた。

2年の佐野が、朝の会で「絶対だるいって」と口にしたあと、

数分後にまた同じセリフを言った――その瞬間、口が動いても声が出なくなったのだという。


保健室に運ばれた佐野は、何度も喉を押さえていたらしいが、

翌日には「もともと無口なやつだった」と周囲が言い始めていた。

本人も、口を開こうとしなくなっていた。




柴崎練は、その出来事をクラスの端から見ていた。

話すのが苦手な彼にとって、“言葉が使えなくなる”というルールは恐ろしくもあったが、

「自分が黙っている理由にできる」ような気もしていた。


昼休み。友人の高津が言った。


「なあ練、さっき“ありがとう”って言ってたけど、もう一回言ってみ?」


練は首を横に振った。

そういうルールなんだろ? とノートに書くと、高津は笑った。


「いや、試してみようぜ。“ありがとう”って言ったあと、また“ありがとう”って言ったらさ――」


その瞬間、高津の口がピタリと止まった。


目を見開いたまま、喉を震わせても、声が出てこない。

練は立ち尽くした。





放課後、職員室の前を通ったとき、ドアの隙間から声が聞こえた。

「え、マジで? それ三回目だよ、先生!」

「ほんとほんと、もう一回言おっか?『今年も修学旅行、長崎で~す!』ってね!」


笑い声が重なっていた。教師たちが談笑している。


その中には、朝のホームルームで「同じ発言は控えるように」と厳しく言っていた担任もいた。


練は足を止めた。


教師たちは、何度同じことを言っても、何も起きていなかった。


笑って、ふざけて、同じ話を繰り返して。

それを注意する者はいなかった。

校則第14条が、生徒にしか効力を持たないことを、練はそのとき初めて理解した。


彼らは“守られて”いなかった。

ただ“縛られていない”だけだった。





現代文の授業だった。

教師の気の弱い生徒をいたぶるような高圧的な態度が、練はもともと苦手だった。

だから、毎回この時間がくるのは気鬱だった。


教師は黒板に「故郷」という単語を書き、振り返った。


「柴崎。おまえ、この言葉の意味、説明してみろ」


練は顔を上げた。

少し前、授業中にその言葉について発言していた。

「懐かしい場所、安心できる空間」と言ったはずだ。


でも、もうその言葉は使えない。

一度口にした表現を、再び使うことは許されていない。


練は、沈黙した。

教師の頭上にある時計の針の音が、やけに大きく響く。


「どうした? わからないのか? さっきまでノートに書いてただろ?」


教師は眉をひそめた。


「故郷ってのはな、そういうことをちゃんと“言える”かどうかなんだよ。

言葉ってのは、伝えるためにあるんだ。

それができないなら、国語の授業なんか受けてる意味がないだろ」


教室に、静かな空気が流れた。

教師はそれを勝ち誇ったように切り裂くように、もう一度言った。


「ちゃんと、自分の言葉で説明しろよ。前に言ったのと、同じでもいいからさ」


同じでもいい――その一言が、一番残酷だった。


練は喉を動かしたが、何も出なかった。

「自分の言葉で」という呪いが、すでに使い果たされた言葉の残骸だけを残していた。





練はノートをとることをやめた。

ページをめくると、一生懸命に板書を書いてた言葉たちも、跡形もなく消えていた。

まるで、最初からそこには何も書かれていなかったみたいに。

まっさらの罫線だけが残っているノートだけが練の手元にあった。


もう一度、同じ言葉を使った瞬間に、何かが失われていく。

声に出せない。

記せない。

残せない。





そしてある朝、昇降口に貼られた掲示が目に入った。



「校則第15条 黙っていることは同意と見なす」



練は、声を出さなかった。


でもその沈黙すら、もう誰かに“使われている”気がした。

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