あなたは信じますか?
帰りの電車、空いた座席に腰を下ろして、鞄の中から教科書を取り出したときだった。
一枚の紙が、ひらりと膝に落ちた。
手に取ると、A4のコピー用紙だった。プリントでもなければ、印刷された絵や図もない。たった一文。
──あなたは信じますか?
それだけ。宛名も署名もない。手書きでも印刷でもなく、妙に整った文字で中央にだけ配置されていた。
「……誰の?」
思わず呟いて、まわりを見た。隣にはスーツのサラリーマン。向かいの席には女子高生二人組。俺の鞄を触れそうな距離にいるやつなんていない。
そのまま紙を折りたたみ、ポケットに突っ込んで、忘れたふりをした。
でも次の日、また入っていた。
今度は、教室で教科書を開いた瞬間に落ちてきた。
──あなたは信じますか?
紙質も、字体も、まったく同じ。先生にもクラスメイトにも、そんなことをしてくるタイプのやつはいない。
その日の放課後、下駄箱に靴を入れようとしたとき──中にまた、一枚。
──あなたは信じますか?
「なにを?」
問い返してみても、もちろん答えは返ってこない。だけど、次の日も、またその次の日も、鞄の中にはいつも一枚、その紙が混じっていた。
スマホのメモに記録してみた。日付、入っていた場所、枚数。完璧に、一日一枚。それ以上も以下もない。
梅雨にそろそろ入るとニュースがあった日。プリントは入っていなかった。
ほっとした。
何かが静かに終わったのだと。
思い切って全部破った。
細かくちぎって、学校の焼却炉のそばまで持っていった。
人に見られないように、昼休みのすき間を狙って。
けれど、火は使えなかった。
だから、炉の裏の土を掘って、深く深く埋めた。
誰かに見つかってないか、埋めたあとも何度も振り返った。
掘り起こされないように、足で何度も踏みしめた。
どんよりと重たく、今にも雨が降り出しそうな雲のしたで、なにかを弔った。
だが、次の日。
机の上に、教科書と並んで置かれていた。
──あなたは信じますか?
それから、紙の出現は増えていった。
下着の引き出し。冷蔵庫の中。ペットボトルのラベルの内側。
昨日は、洗った制服のポケットに入っていた。親がやったのかと聞いたが、当然そんなわけはない。
そして、今朝。
枕元に置かれた紙には──
──信じてくれて、ありがとう。
金魚の目を思い出した。小学校の教室の片隅におざなりに置かれていた水槽の中の金魚の目。




