もったいないから
男の子は、よく食べる。
だから、たくさん食べて偉いねえ、って言われる。
大きくなってえらい、元気でえらい、いっぱい食べてえらい。
──だから、と言って。
今日も、近所の人が来た。
隣の団地に住んでいる、三浦さん。
買い物袋を下げていて、その中から半分ちぎれたパンを取り出して、笑って差し出した。
「うちの子、もうお腹いっぱいって言うから。これ、食べる?」
ビニールの端に歯形がついていた。
クリームがちょっとだけにじんでる。
渡された瞬間、ぬるい湿り気が指先に残った。
「あ、はい……ありがとうございます」
俺は、それを持って、部屋に戻る。
玄関で、そっと袋に入れて、口を縛って、ゴミ箱に落とす。
パンは何も悪くない。
食べてる途中で満腹になった子どもも、たぶん悪くない。
分けてくれる三浦さんも、悪くない。
──でも、俺は、それを食べられない。
数日前は、食べかけの柿だった。
スプーンで半分だけすくったあと、ラップもされずに皿にのってた。
もっと前は、飲みかけのジュース。
ペットボトルの口元に、唇のあとが曇ってた。
たぶん、本当に、親切なんだ。
余ったからあげるねと、もったいないから。
ゴミ袋に包みながら、俺は手を洗う。
アルコールジェルで、何度も。
パンのぬめりも、柿のにおいも、ジュースの甘さも、
全部、皮膚に貼りついたようで、
落としきれない気がする。
ひとつも口にしていないのに、
全部、自分の中に入ったような気がしてならない。
でも、断れない。
顔を合わせるたびに、「大きくなったねえ」って言われる。
「食べ盛りだもんねえ」「育ち盛りだもんねえ」
捨てるたび、少しだけ、胃が痛む。
食べ物を粗末にしてはいけない、と小さい頃から言われてきた。
でも、どうしても、食べられない。
口に入れると、吐きそうになる。
ゴミ袋の中から、パンの匂いが漂ってきた。
ちぎられた部分に、ほんのすこし、唾液の痕が見える。
「……ごめんなさい」
誰に言ってるのか、わからないまま、小さく呟いた。
外は夏の夕方だった。
遠くでセミが鳴いていて、
また、インターホンの音がした。




