予測変換
朝起きて、スマホのロックを解除した。
寝ぼけたまま、SNSの投稿画面を開く。
いつものように、何か書こうとして──違和感に気づいた。
「吉田」って打ちかけた瞬間、
予測変換に出てきたのは、
『吉田 きえてよ』
『吉田 無視しろ』
『吉田 死ね』
……なんだこれ?
そんな言葉、打った覚えはない。
しかも、自分の名前だった。
吉田透──それが、俺の名前だ。
最初はバグだと思った。
再起動して、入力履歴をクリアしようとしたけど、
「この語は削除できません」というポップアップが表示された。
変換履歴の管理画面を開いてみると、
「よく使う語句」として上位に表示されていたのは、
『きえてよ』『死ね』『裏切者』──そんなのばかりだった。
使った覚えはない。
でも、それは“俺が使った”という扱いになっていた。
なんとなく、鳥肌が立った。
昼休み、何気なくクラスの会話を聞いていた。
スマホをいじりながら話していたやつが、ふいにこう言った。
「吉田って、最近ノリ悪くね?」
「透? あいつ、前からああだろ」
会話に悪意はなかった。
でも、どこか“自分がいない前提”で話されている気がした。
聞こえてるのに。
夜、またスマホを開く。
名前を入力すると、予測変換は増えていた。
『吉田 いらない』
『吉田 つまんない』
『吉田 気持ち悪い』
『吉田 どうせ読んでる』
最後の一文だけ、妙に文体が生々しかった。
誰かが実際に書いたみたいに。
削除を試みると、スマホが勝手に再起動した。
その後、予測変換の履歴は消えていた。
けれど──入力すると、また出てきた。
学校では、誰も何も言わない。
でもなんとなく、みんなの目線が刺さる。
理由はない。
でも、理由なんて要らない感じがする。
眠れなくてまたスマホを触ってしまった。そして、スマホで自分の名前を入力してみた。
『吉田 もう見てるよ』
『吉田 見てる』
『吉田 みてるよ』
『吉田 目目目』
予測変換は、言葉にならない気持ちだけを先に出してくる。
日曜の朝、スマホを開いた。
SNSの自分のアカウント。
過去の投稿が、ところどころ言い回しが変わっていた。
知らない単語。
使わない絵文字。
微妙に文体が“自分っぽいけど、自分じゃない”感じになっていた。
予測変換のとおりに、
「俺」が変えられていた。
消そうと思って、スマホを初期化した。
完全に、全部消したはずだった。
でも、再起動したとき。
ロック画面の下に、小さな通知が出ていた。
『吉田 まちがえたふりして もどるな』
それ、予測変換にはなかった言葉だった。
スマホを閉じた。
名前を打つのが、少し怖くなった。
でも、明日の朝には、
また何か──書いてる気がする。




