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ロッカーの中

教室のロッカーなんて、誰も気にしていない。

自分の席のじゃなければ、どれが空いているかも分からないし、

昨日まで誰かが使っていたロッカーが、今日から無人になっていても、たぶん気づかない。


三浦蓮も、それまでは同じだった。


あのロッカーに入ったのは、たまたまだ。

昼休み、ふざけて友達と押し合っていたとき、

「入ってみろよ」と笑いながら背中を押され、

彼は体を丸めて、ドアを閉めた。


中は、思ったよりも静かだった。

教室のざわめきが、一枚の壁でにぶくなる。

誰にも見られていない空間に、自分の輪郭だけが浮かぶ。


すぐ出るつもりだった。

でも、なぜか少しのあいだ、そのままでいた。





癖になったのは、三回目からだった。


ロッカーに入ると、落ち着いた。

金属の冷たさ。閉じられた空気。

背中が鉄板にぴたりとくっつく感覚。


外の音が、くぐもって届く。

先生のため息や、クラスメイトの独り言。

ときどき、誰かが誰かを陰で責めている声。


聞いてしまったことに罪悪感はあった。

でもそれよりも、どこか高揚した。

誰にも気づかれずに存在していることが、心地よかった。





おかしいとは思っていた。

こんなことを繰り返しているのは、自分だけだと分かっていた。

見つかったら笑われるし、怒られるかもしれない。


それでも、昼休みになると足が勝手に向いていた。

誰もいない隙を狙って、ロッカーに身を滑り込ませる。


戸が閉まると、ほっとした。

光が断たれ、音が遠のく。

その一瞬、肩の力が抜ける。


まるで“帰ってきた”ような感覚だった。





ある日、出ようとしても手が動かなかった。


鍵がかかったわけではない。

内側には取っ手があるし、押せば開くはずだった。

けれど、蓮の身体は動こうとしなかった。


怖くはなかった。

なぜなら、その静けさが、すでに“内側”にまで染みていたから。


モップの音が廊下をすべる。

誰かの足音が遠ざかっていく。

それらをただ、聞いていた。


出よう、とは思わなかった。





それなのに、気づいたら、ロッカーの外にいた。

蓮は自分の身体が少し硬くなっているのに気づいた。


肩が金属の角に沿って曲がったように感じた。

肘の内側がひんやりと冷たく、

背骨のどこかが、鉄の軋みのように重く鳴った。


それでも、不快ではなかった。

むしろ、それが自然な変化のように感じた。


だが、これ以上はダメだという直感があった。





蓮はやめよう、やめようと、ロッカーとは距離を置いていた。


教室に向かう途中で、蓮は立ち止まってしまった。


入るのをやめよう。

ちゃんと机に座って、ノートを開いて、誰かと話す。

普通に笑って、普通に過ごす。それがいいに決まっている。


そう思ったはずなのに、

気がつけば、あのロッカーの前に立っていた。


そして、ゆっくりと中へ身を滑らせる。

戸が閉まる音が、もう何度目か分からなかった。






今、教室の隅にひとつだけ、誰も使っていないロッカーがある。


中には何も入っていない。

でも、それだけがほかのロッカーより少しだけ重い。

開けようとすると、なんとなく“開けちゃいけない”気がして、誰も触れない。


不思議には思われない。

それは、もうそこに“あるもの”として受け入れられている。


──まるで、最初からずっとそこにあったかのように。

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