あと2分
スマホの画面をスクロールする指が、つるりと滑った。
見覚えのない動画がタップされ、再生が始まった。
夜中の0時42分。
鷹野仁は、ベッドの中で寝落ち寸前だった。
動画のサムネイルにはタイトルもサムネもなく、ただ真っ黒い画面に「#000000」とだけ表示されていた。
「……なんだ、これ」
眠気混じりに戻るボタンを押したが、反応しなかった。
スマホがフリーズしたのかと思ったが、時計アプリは動いている。Wi-Fiも切れていない。
動画は、真っ暗な部屋を天井から見下ろすようなカメラアングルだった。
音はない。ただ、微かに空気の揺れるようなノイズだけが耳に残った。
仁はスマホを傾けた。
その瞬間、画面の中で誰かが動いた。
ゆっくりと起き上がった人物の姿は逆光で影になっていたが、
その人影がいる部屋のレイアウトが、自分の部屋とまったく同じだと気づいた。
ベッドの向き、窓の位置、掛け布団の柄。
そして──
その人物が着ている部屋着も、仁がいま着ているものとまったく同じだった。
ぞくりと寒気が走った。
スマホを閉じようとしたが、電源ボタンもホームボタンも反応しない。
強制終了も効かない。
画面の中の人物が、こちらを向く。
顔はぼんやりしていて判別できない。
そして、その“誰か”が、はっきりと言った。
「もう……見ちゃったんだね」
その声は──仁の声だった。
「これで、あと2分。」
その瞬間、画面にカウントダウンタイマーが表示された。
【1:59】
仁は思わずスマホを投げかけたが、
動画は止まらず、音も、映像も止まらなかった。
タイマーは進む。
【1:43】【1:42】【1:41】
仁はようやく体を起こした。
部屋の電気をつけようとしたが、天井の蛍光灯は点かなかった。
窓のカーテンを開けると、向かいのアパートが不自然にぼやけていた。
まるで、絵の具を溶かしたみたいに。
スマホの画面を確認する。
映像の中の“仁”が、窓際に立っている。
カウントは【0:57】を切っていた。
仁はスマホを机に置き、玄関へ向かった。
鍵をかけ直し、ドアノブを二度引いた。
チェーンをかける。
念のため、もう一度──
チャイムが鳴った。
背筋が凍る。
タイマーは【0:31】
部屋の中の“仁”は、画面の中でドアの前に立っていた。
足元に影が伸びている。
その影は、ドアの隙間から、カメラのこちらににじむように近づいてくる。
仁はスマホをそっと伏せた。
カウントは見ないようにした。
でも、気づけば口が勝手に動いていた。
「……0:10」
「0:09」
「0:08」
声が震える。
止めたいのに、止まらない。
「0:03」
「0:02」
「0──」




