第六話
「ちょっとトイレ!」
俺は慌てて焦りを隠そうともせずトイレに駆け込んだ。
なんだ今の思わせぶりな仕草は。
もしかして俺、今狙われてる!?
いや、まさか。
相手は数ある女子の中で一際異彩を放つロリッ子だぞ?
俺みたいな陰キャに手をだすはずが・・・
いや、でも、だが、しかし!
ううむ、わからん。
とりあえず落ち着こう。
この硬くなったものを収めていこう。
そして顔を洗って気分をリフレッシュしよう。
これでだいぶ変わるはずだ・・・
「・・・ふぅ」
実は勃起したあそこを一番落ち着かせる方法というのは放尿なのだ。
射精だと思っている奴が多いかもしれないが、それは大きな間違い。
なので俺は放尿をして、洗顔をする。
少し気分が落ち着いてかもしれない。
そういえばまだ豊田の野郎に小林が加入いたことを報告し忘れていた。
加えて豊田も一緒に行くということを小林に言い忘れていたかもしれない。
いっそ豊田は切り捨てて小林と一緒に行ってしまおうか。
うーん、でもなぁ・・・
女子と二人で花火大会に行くなんてそうそうないことだし・・・
でもやっぱり友情も大事・・・
悩むなぁ・・・
と思い悩んでいたところに
「おっ、田中君じゃないか」
という声がしてきた。
振り向いてみるとそこには鉄道研究部の佐藤がいた。
彼はものすごく陰キャではあるが、しかし根はいいやつで同じ属性を持つ俺は
よく彼と気軽に話していた。
「おお、佐藤。こんなところで会うとはな、また音ゲーか?」
「ええ、今日は修練を重ねようと思いましてね、田中君は?」
「ああ、俺は・・・」
ここで小林と遊んだなどということをいうと何やら変な具合に話がいってしまうかも
知れないと思ったので
「あの太鼓のゲームをちょっとな、あれたまに見かけると無性にやりたくなるんだよな」
「ああ、理解理解。俺もさっきここにきたところだけど子供たちがもう大勢こぞって
プレイしてたものだ」
「そうか、本当に人気だなあのゲーム」
「うむ、うむ。ぐふふ、しかしあれですなぁ」
「なんだ突然」
気持ちの悪い笑い方はもういつものことなのでもう口には出さなかった。
しかし佐藤はにんまりとして
「いやね、ほらこんな陰キャのたまり場にまさか陽キャがいるなんてッて思ってね。
昔はヤンキーのたまり場だったらしいけど」
「ん、ああ昔はそうらしいな。で、陽キャ?そんな奴いたか?」
「あれ、見てなかったのか。俺たちよく話してたよな、女子の各部門トップランキング付け」
「ああ、そうだな、たしか巨乳が前橋、スタイルは稲村、ロリは小林だっけ」
「そうそう、その三人目の一人がいたんだよ」
ああ、小林のことを言っていたのか。
それにしてはにやにやしすぎじゃあないか、こいつ。
もしかして小林のことが好きなのか?
確かによくきらら系の漫画を口にしてはそれの良さについて
熱中しながら語ることもしばしばあったしな。
「ふーん、なんだお前、小林のことが好きだったのか」
「えっ、何をいうか!俺の心はチアちゃん一筋であって決して
三次元の女などには浮気はしないという所存であって!」
それは焦りをはらんだというような代物では決してなく
確かに見たところ目が血走っていることだし距離も近いし
暑苦しかった。
「わかったわかった、いいから離れてくれ。こんな男子トイレで詰めあってる
野郎どもなんてだれかに誤解されちまうぞ」
「ああ、それもそうだ。失敬失敬」
「で、小林がどうしたって?」
「おお、そうそう、それをいいたかったんだ!
なんでもこっぴどくあしらわれている男がいるらしくてね、偶然小林と
すれ違いざまに電話で話す声が聞こえてきてそれがもう
腹を抱えるに等しいものでね!
思わず最後まで立ち止まって聞いていたころには吹き出さないわけにはいかなかったんだ。
その音で小林がこちらを気取ったようでね、今ここに慌てて逃げるために駆け込んだ次第で」
ごくり。
小林が・・・なんだって?
電話?あしらわれている男?
今愉快気に話す佐藤の言葉がよく理解できなかった。
「すまん、つまりどういうことだ?」
「ん、だからつまりどこかに行ったのか小林はいなくなった男のことを散々
ATMだの、良いカモだの散々に電話越しの友達に話し込んでいたという次第で・・
って田中君、どうしたんだい?顔色が悪いようだが・・・
お、おい!どこいくんだよー!おーい!」
「・・・・」
元居た場所に戻ってくる。
そこには確かに愉快気に電話を話す小林がいた。
「えーそうそう、前橋?だっけ?いやーあいつ本当にカモでさー。
少し優しくしたらデレっとして、もうバターみたいな男だわ!
あははは!」
・・・なるほど、バター、か。
バター、バター・・・ね。
・・・ん、少しおなかがすいてきたな。
そろそろ祭りの時間だしそこの売店で食べるとするか。
よしよし、いい感じに腹から音がなってきた。
急がなければ。
スマホを見るともう豊田は祭りに向かっていると言っていることだし、
そう、切り替えだ。
女なんてこんなもんだ。
期待なんてしちゃいけない。
そう、期待なんてしちゃいけないんだ・・・
俺は走りながらシャツのしわを手で刻んだ。
「・・・あれ?」
時刻はもう三時半。花火大会まであと三十分しかない。
だが花火大会は八時までやる予定だし、加えて宗助と前橋の約束までまだ二時間半もある。
さて、暇だ。
男の待ち合わせなんてこんなもんだしもういっそ先に祭りを回ってしまおうか。
そのことを豊田に言ってみると承諾をもらった。
出店はもう開いている。
とりあえず焼きそばを食べよう。
お祭りマジックからだろうか。
がやがやと騒音に満ちるもどこか皆ほんのりと高揚感がある中で食べる焼きそばはうまかった。
目を閉じればいたって普通のソース焼きそばではあるし、価格もそれなりにしたのだが
うむ、いいものだこういうのも。
たまに通ってくる良いスタイルをしている女性の着物のボディーラインはまさに
眼福の権化だろう。
そしてカップルも俺の前を通ってくる。
こんな風に。
「まってよー、着物じゃ動きづらいー」
「じゃあ手をつなごうか」
「えっ、あ、うん」
ここで女はぽっと顔を赤くする。
いやもうほんと、見せつけか、とね。
やれやれ、花火のようにパンっとその縁が爆砕してしまえばいいのに。
こちらこちとらあやうくやばい女に引っかかりそうになった挙げ句、
約束は守らないデブを待って一人で待ちぼうけだぞ。
だがそんなことを思っていても、カップルの女のほうのスタイルや顔がよいと
股間がうごめき生理現象を発動させてしまうのがなんとも悔しい。
ああ、これが三大欲求、手ごわいな。
そうやってすまし顔でいていると
「あ、おにいちゃん」
と俺のひざ下あたりから舌足らずな声がしてきた。
みれば近所に住む小学二年生のりんちゃんではないか。
俺はこういう小さい子にはなぜか好かれる体質で、反対に同年代やそれ以上の人からは
一向に好かれないというなんとも理不尽な男なのだ。
「おお、りんちゃん、浴衣きてるんだね。いいじゃないか、似合ってるよ」
「えへへ、良いでしょー」
そういって羽振りをくるっと振り返りながら見せてくる。
その模様は古き良き市松模様が前面に敷かれていて、古風でわびさびをなんとなく感じる。
後ろにはリボンが巻かれていた。
「うん、うん、似合ってるぞー」
ここでなでなでをしてやる。
そうするとよくりんちゃんというか幼い子は喜ぶのだ。
「えへへー」
その例にもれず今日も今日とてりんちゃんはにこにこと笑った。
「で、今日は一人で来たのか?」
「ううん、違うよ」
「へー、じゃあ誰ときたんだ?」
「それはねー」
「りんちゃん、このおっさんだれ?」
そこでりんちゃんの後ろから突然謎の少年が現れた。
彼はりんちゃんと同じような背丈をしながらにして、おそらく同級生のように思えた。
「あーたっくん!」
「速く歩くから今たどり着いたぞ。で、このおっさんだれ?」
お、おっさんて・・・
俺は唖然として何も言えずにいると
「ああ、この人は近所に住んでるお兄ちゃん!」
「へえ、こんにちは。りんの彼氏のたくみです、よろしく」
か・・・彼氏?
「え、あ、ああ。よ、よろしく」
「えへへー、私たっくんの彼女なのー」
「お、おい!あんまりべたべたひっつくなよ。あついだろ!」
「えーだってー」
「だってじゃない!まったく・・・ではそういうことで」
「ばいばーい、おにいちゃん!」
・・・・・敗北。
そうこれは圧倒的な敗北。
小学生にしてカップル、ね。
くそ、マセガキめ!
ああ、無性に腹が減る!
俺はどかどかと足を踏み鳴らしながら値段の高いソース焼きそばをもう一つ買いに行った。