第二十六話
そもそも泣いている人間に慰めをかけることは必然なのか。
夕暮れもとっくに過ぎ、ひぐらしがさんさんと俺たちの間をやすやすと音にて
割って入るこの頃、黙考室付けはや二分。
その間も小林はめそめそと泣いていた。
彼女の様子を見るにより一層その考えは俺の気持ちの大部分を占めるほどにまでなっていた。
人間というのは感情に支配されてる生き物だ。
故にその取り外しは己でしか扱うことはできず他人が鑑賞できるわけでもない。
この世に心象世界というものが確かに存在しそれが手に取って触れ改変できるものだと
いうのが確認されてない以上、もちろん感情の起因である外的作用により
多少は変えられるかもしれないがメゾット然りて他人の心は揺り動かすことはできない。
ポテトチップスを食べて悦楽に浸る程度の感情でも人によっては芋に対してのこだわりを
もって余韻に浸ることもあれはたまたただただ嗜好品、つまり消費するだけのものとしか
見ていないような人もいる。
前者は突然驚かされようと動かざること山の如し、まるで感情の揺れ動きも確認できない
だろうし、はたまた後者は脅かしてみるや否や腰を抜かしてその脅かし役に注目、また
ポテチなんてとうに投げ捨てていることだろう。
ということから感情の重みについては他人がはかり知れるものでもなくまた
読み取れなければどうしてどうしてこう動かそうとの意図をもって感情の上塗りや
振り動きを自発的に発生されることができようか、いやできない。
なので俺は一旦、クーラーが風を送る無機質な音や壁越しから伝わるヒグラシの鳴き声
に身をゆだね、そしてこの場を時に任せることとした、いやしようとした。
そう、現実そんな自分の思い描いてるようにはいかないのだ。
俺の思った以上にその場を時に任せるというのはつらく、そして心に来るもので
というのも女性のすすり泣く声のひたすら高いかと思えば
それだけでなくか細くってなんとも心苦しさを感じさせんとするいうならば
声なき訴えという名の能力にて押しつぶされるような思いだった。
なんという罪悪感!
なんと庇護欲がそそられるものか!
ひたすらにしてこの年にまで高校受験くらいでしかメンタルがすり減ったこともない時分で
やたら情けなくも思いながらもこれぞ人間とやはりその負け犬根性さながら
自分を慰めつつ、結果として俺はそっと小林の体をその身に包み込んだ。
ああ、なんと暑苦しいことか。
しかしそれもまた良い。
我々は重なり合っているというただそれだけのぬくもりにて平和を刻んでいるのだ、と。
なんて感慨に浸りつつもようようにしてこの部屋の雑音の中の一つが俺の腕の中で消えた
ようでありそのうるんだ瞳にて俺を見つめながらもそれははたして可憐でかつ
憎しみなどという憎悪や少なくとも悪意は全く感じられないような風体であったからこそ
意気地のない童貞心をその身に着ける小生は素直に謝罪の言葉を口にした。
「悪かった、本当に俺が悪かった。だからもう泣かないでくれ、な?」
ぬくもりにはやはりぬくもりというようで俺はなるべくしてその言葉を
命令口調ではなく懇願、それに加えて小林に寄り添う同情心をもって言ったのである。
俺は許してほしいんじゃない、ただ哀れな童貞根性の自分をあざけわらってくれと
いう心持で言ったもんだからよほどへりくだって見えたのかもしれない。
それが功をなしたのかはたまた暑い中での熱いハグという誠意を体で表現したなのか
はしらないが
「うん、わかった。許す」
とその快諾の返事を得られたのであった。
時にしてもう八時三十分。
趣なくただつれづれなるままにしている兼好法師ならもうとっくに寝入っている時分だろう。
さて、熱い中での暑いハグというのもこの世の不合理な行動の特にピックアップして
上げられる頓珍漢な代物であるとも取れまたあほらしくもなったので
さっと体を離さんとすると、そこへとばかりにばっと追いかけてくっつく女が一人。
「どうして?」
だなんて俺は何でもかんでも質問をする無邪気な子供時代のエジソンのようにして問うと
小林はにこやかに
「良いこt思いついたの」
と俺に抱き着いてくる。
もはやクーラーにて冷やされて服はびしょびしょであるに加えてその体はまだ熱
がこもっていることから冬に外で食べる肉まんを包装紙の上から触るときの感触にして
全くその体積が累乗倍した肉まんが押し寄せてきたようにしか思えなかった。
それくらいにまでは不快度合はそこそこのほどまでに言っていた。
だがただいまつれて下手に出るようなことを口にしてしまった以上いきなり高圧的に
豹変するのもまたとやかく言われそうな気がしたのでだまってその肉まんな彼女を
身に抱きとめた。
して小林が何を言いたいのかと俺は先を促すと小林はにこりと笑いそして言った。
「風邪ひいたらほかの人に移せなんてよく言うでしょ?あんた責任取りなさいよ」
と気軽に言うは悪魔的所業予告。
もうすでに冷房は効きすぎてるが故もう直ちに外へあったまりにでないと
凍えて死にそうなのに加えてやたらと水っ気を持った高温の小林を相手にしてちゃ
風邪どころではない。
しかししてもうその当の本人はその気らしく一気に俺の隙を見つけやいなや
とびかからんとするように勢いよくしがみついてくる。
回避しようが無駄だった。
それには百人力の力が込められており、またその食い込む手の暑さからクーラーによる
冷気のギャップで余計に変な力が体に入り結果硬直状態になるのだ。
ええい、さっきまでのしんみりとした俺の気持ちを返せ!
と堪忍袋の緒が切れたのが自分でもわかったようなので
その体をもって行動に移さんと俺の神経回路はやがてその無駄に成長した筋肉を
小林に向けて行使させ、また俺はそれをただただ無意識的な行動として
核としてある意識の中から傍観者としてその己の行動を見守るのみだった。
咄嗟に出た危機反応ということでもあったのだろう。
無意識に体が動くというのは数多くというわけでもないが今までに数回はあると
断言できることだし。
なのでこれは俺の責任ではない。
俺という意識は少なくともやってはいないわけだし、これは俺の中の本当の俺、
つまり・・・やはり俺の責任・・・?
なーんて暑さやら寒さで頭がおかしくなっているのか
はたまたこのへんてこな状況にて自身の脳も参ってしまっているのか
果たしてどちらなのかはわからないがともかく
現状を把握しそして言語化をするとなるとこのようになっていた。
まず俺はばっととびかかってきた小林を振り払わんとし
その手を前方にふるった。
すると運悪いことにそのふるわれんとする手の先、つまり指に
小林のズボンのすそが引っかかるや否や円運動さながらにして
その力学的エネルギーをずるずるとズボンがずりおろされることにまもなく
果たされつまりして今俺は半裸状態の女と向き合っているというわけで。
前をちらりと見てみれば真っ赤な顔した女がいた。
本当に痴女ではない・・・ようだな、なんて悠長なことを他人事のように考えていた。
股間を抑えようともせずただただぼっーと膝立ちにて突っ立っているだけの小林。
俺だってそうだ。
呆然自失。
もうさっきのは明らかに俺のふがいなさによるものだったがこれは
ただたんに運が悪かった結果としか言いようがなくまた小林としても
そっちが変なことをしでかし始めたからのこの末路であり
彼女自身もそれがわかっているようでもあったので二人ともにして硬直状態と
なっているのだ。
そこで俺は閃く。
とりあえず半脱ぎ状態はかわいそうだったのでするすると脱がしてやることにする。
小林も奇妙なことにおとなしくそれに従った。
そう、というのも先ほどの約束で言えば小林は俺に体を拭いてもらうというものだったはずだ。
その義務において俺は仕方なく彼女の衣服を取り除いてるに過ぎない。
だからこれはただのスケベ心じゃあないってことだ。
衣擦れ音がやたらなまめかしいと知ったのは確かにいい体験だった。
またブラのホックがやたらかちゃかちゃと音がうるさくなることについて
も知った。
そしてご対面するは赤ちゃん状態の小林。
なぜか恍惚な表情にて畳の上に寝そべり小林はか細く言った。
「・・・きて」
と。
小林は理髪店にて髪を洗われるときに目を閉じるタイプなのか寝入るような体制をとりつつ。
なるほど、了解とばかりに俺は稲村姉がおいていった水バケツに浸してあった
タオルを絞りそのシルクロードのようななめらかさを持った肌に押し当てる。
「・・・そっち!?!?」
となぜか急に素っ頓狂な声を上げる小林。
そっち・・・とは?
ああ、初めに足の裏からふき始めたから驚いたのだろうか。
やれやれ、注文の多いやつだ。
だがしかしここまでのエロスを視認しながら命令されている作業をするというのも
なかなかないことのように思えるので
「じゃあどこからがいいんだ?腹か?首筋か?それとも脇の下?」
と提言してみると腕で目を隠すようにしてその頬はより朱色に増しながら
「・・・・バカ」
と一言。
それくらい察しろということなのだろうか。
やれやれ・・・ん?
・・・ったく、泣かなくてもいいだろうに・・・