第二十四話
つんつんと肩を叩かれる。
振り返ると憎たらし気にかつ野次馬根性丸出しのどうしようもなく
殴りたくなるような顔をしている下ネタ女が一人。
「およびですってよ、彼氏さん」
「だから彼氏なんかじゃ・・・」
そう反論すると返し言葉を答えるはその奥にいるもう一人の女。
「そう、彼氏じゃないわ。ただの!クラスメイトよ。だから別にいいでしょ拭いてくれても」
どういう理屈だ。
しかもなんてこっちもこっちで嫌な顔つきをしてやがる。
ここには俺の味方はいないものかと意気消沈していると
「あれ、どうしたのよ、皆おそろいで」
と背後から声が。
見れば稲村姉妹のディルドのほうではないか。
「おお、稲村。ちょっと助けてくれまいか」
「なによ、私忙しいんだけど。ねえお姉ちゃん、コンドームってどこにあったっけ?」
「あらあら、なに?彼氏でもできたのかしら?」
「まあそんなとこ」
「・・・なっ!?」
豊田よ・・・もうお前のことをデブだなんてもう二度というまい・・・
「あらあら、ちょっと待っててね」
となんだか嬉しそうに部屋を出ていく稲村姉妹の下ネタのほう。
そして息をつきながら座り込む稲村妹。
「で、なにがあったって?告白の補助でもしろっての?」
「そんなわけないだろ・・・というか今はそれどころじゃない。
もしかしてその彼氏っていうのは豊田のことか?」
「ん、まあそうだけど、それがどうかしたの?」
「どうかどころじゃない!コンドームだなんて持って行って何するつもりだ!」
すると目をそらし急に鼻歌をし始める稲村。
「え、なになに、コンドームってなんのこと?」
と一人無知をさらす小林。
「ちょっとお前は黙ってろ」
と熱中症患者を制しながら稲村だけに聞こえるように小声で
「・・・ヤるんだな?」
と問うた。
少し間があった。
稲村はごくりと生唾を飲んだかと思うと、やがて口角をあげてみせ
こくりとうなづいた。
俺はやはりほぼ確定しているような雰囲気であったもののいざ本当に確定してしまうと
なるとこちらがその行為をするわけでもないのに異常な心臓の鼓動をかましてしまう。
そうか・・ついに豊田も卒業か。
と次に訪れたのは感慨である。
やはり性行為というのはうらやましくもあり、また童貞にとってみれば尊敬に値するもの
とも同義であるが故、俺はもうただただ初の豊田のそれに対して
良きに計らわれることを祈るばかりであった。
というかどこでやるつもりなんだろう。
今時草葉の陰でやるやつがいるのだろうか。
俗にそういうのは青友呼ばれるらしいのだが、初のそれで露出と羞恥が
混ざりあったバイオレンスなことをしでかすのはさすがにないと思うのだが
もしやこの神社でやるつもりなのだろうか。
だとしたら罰当たりにもほどがあるというものだが。
外には虫がいるし家は神社で罰当たり、ならばやはり定番というかよく耳にする
カラオケ店でのプレイだろうか。
だが近頃そういうのに対しての取り締まりが厳しくなっているとも聞くし
やめておいた方がいいとも思うんだが・・・
はたしてどこでするつもりなのかと黙々と考えそしてそれを問いただそうとしたが
「で、なにがあったのよ。夏美ちゃん寝かされてるけど」
と話題の矛先をそらされてしまった。
ああ無念と思いつつもそんなこと問いただしたとて当の本人でもないので
虚しさが余計に増すだけの質問だったかもしれないと思うと
その気持ちもついに晴れた。
「いや、まあそのだな。小林が熱中症で倒れたもんだからタオルで稲村が
こいつの体をふいてやってほしいってことで」
「ふーん、別にいいけど?それより水飲んだ方がいいんじゃないの?」
「私今起き上がれないのよ。だからまず汗を拭いてほしいの、誠一に」
「・・・ん?」
と違和感を感じたとともになにかよからぬことを察して胸がいかにも躍っているという風な
反応をするのは稲村。
俺は慌ててせき込む。
「ごほんごほん!そうそう小林はちょっと熱中症で頭もやられちゃってだな!
つまり稲村と俺の認識まで間違うようになったというか!」
「ふ、ふーん?そうなんだ?」
「いえ、違うわ。私ははっきりと誠一といったはずよ」
・・・このアマァ・・・
熱中症で倒れてなお面倒ごとに巻き込みやがって。
「ふ、ふーん?」
と同じ言葉を発したようだが語調がまるで違う。
冷やかし混じりのその言い方はとても癪である。
「そもそも彼氏じゃないのに女子の裸見るような真似するのはおかしいし
というかそんなことを進んでしてもらいたいなんて羞恥心が欠けてる女子としか
いいようがないよな?だから稲村やってくれ」
と暗に小林をとがめるような物言いをして勢いよく立ち去ろうとしたが
その足動かず、はたしてぐっしょりとした手にて引っ張られる始末であり
「だれが羞恥心が欠けてるって?」
と汗にてはだけたその衣装から少し肌面積が露出すること多くも
その乳房がのぞけるほどにして執念深く這いずって俺の足をつかんでくるは
まるで大病人さながらの面持ちの熱中症患者。
どこからその力が湧くのか、まるでその手は振り払えなかった。
高校生男子の力をもってしても。
「ふ、ふーん?」
と稲村はなお仲介に割って出ることはせずそういいながらにやにやとこちらを見つめる
ばかりであり役立たずにもほどがある。
「ええい、はなせこの!」
「やだ!」
やだって・・・幼稚園児じゃないんだから。
「そんなに俺に裸が見られたいか!このあばずれ!」
「ただのクラスメイト同士ならそんな不埒な感情は怒らないはずでしょ!
だって私たち、ともだち、なんだから!」
と一字一字区切っていうことで強調しながら言うには俺たちの関係性の言葉。
そうだ、友達。
されど友達。
「あほか!いくら友達でも見られちゃ恥ずかしいものはあるだろ!
俺だって見るのは恥ずかしいんだぞ!」
「なんでよ!恥ずかしいって!私の方が恥ずかしいわよ!」
「それじゃあ余計に俺がしないほうがいいじゃないか!馬鹿なのか?」
論理が破綻している人間相手に議論を進めるとなるとそれこそ
イタチごっこというよりも他ならない。
「いいから拭きなさい!」
「いいから放せよ!」
お互いに意見は食い違う。
俺はまったくもってその小林の執念にてそれに基づく理念が一向に理解できないし
向こうとしてもそれは同じなのだろう。
だからすなわちそれはもう円満に済ませたいのであれば
離れた方がいいのであるかまたは別の者にて緩衝材になって
もらうしかないのだが、はたしてその第三者であるこの部屋の主は
ただただ黙ってにやつきながら座っているだけであった。
俺は腹を据えかねてそいつに問うた。
「なあ稲村。これってどっちが悪いと思う?」
もはや一対一では議論ができないことからもうこれは第三者に判断をゆだねるよりほかはないのだ。
しかししてその第三者の意見がどちらにかたむくかといえばそれはもう
論理が一巻にして破綻していない俺の方であるという確率はおおよそ
八割を超えていることだしかつ小林のレートといえば大穴もいいところというものだが。
それはその第三者がまともであるということを加味した予測であったことが
俺の判断の過ちであった。
「うーん・・・まあどっちの意見も理解できるよ?夏美ちゃんが田中のことが大好きって
いうのと・・・」
「そういうことじゃない!」
と咄嗟に突っ込みを入れる小林。
眉毛を下げるばかりで一向に反省の余地が見えないながらも
「はいはいごめんごめん」
と平謝りして次に言うは
「田中の夏美ちゃんのことを本当に大切に思っているという気持ちも理解できる」
「・・・」
間違っているわけでは決してないので黙っておく。
そうして最後に下された審判の言葉といえばこうだった。
「だけどやはり乙女の意見にして野郎のわめきをかき消すこと容易に然り。
よって勝者は夏美ちゃん!」
「・・・は?」
おいこら、裁判は法の下に平等なんじゃ・・・
と抗議を口に出そうかと思えば
「はいはい、見つかったわよ!さあ行きましょ行きましょ!送っていくわ!」
と稲村姉は興奮しながらも部屋に乱入してきてぐいっと勢いをもって
稲村妹を引き連れんとし、またその一連の動きがまさに風雲の如し。
部屋の人数が四人になったかと思えばその次にはもうすでに二人と化していた。
建付けの悪い扉がギギギと重い音を無音の部屋に響き渡らせた。