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第二十三話

華奢な体つきにして小林は軽々と稲村姉におんぶをされて


そのまま神社へ運ばれていった。


俺がつい数時間前に訪れた稲村妹の部屋に小林は移され、また寝かされた。


「冷やしタオル持ってくるからちょっとこれで扇いでて」


とうちわを手渡される。


「いや、クーラーを使えばいいのでは?」


と受け取りながらもそう言いうと稲村姉は首を振って


「実はもう入れてるのよ。でもなかなか冷えるのに時間がかかるから、ね?」


と言い終わった否やどこからその馬力が出るのか最初の踏み出した一歩の音が


俺の耳にしばらく残るくらいには勢いよくその冷やしタオルを用意しに


部屋を出ていった。


まあなんでも神社はこういう倒れた人の保護施設としての役割も兼ね備えているから


そういう意味でも責任があるので必死にもなるのだろう。


しかしこの現代でうちわをあおぐということが久しぶりな気もしなくはない。


そもそもエアコンがなくても格落ちではあるが扇風機もあるし


こういうものはあまり使わない。


祭事にオリジナルの団扇を手渡され、日射にさらされる場合コンセントなんてものは


見当たらないわけでありまた扇ぐこともあろうがそういう特殊な場合くらいであろう。


今の夏は本当に暑い。


電気代なんてケチってはいられないほどには。


今では四季ならぬ二季なんて言葉が流行ってるそうだがまさにその通りだ。


年中暑い、そしてじめっとしている。


今日なんてもう日が落ちて数時間はたっているのにもかかわらず一向に


冷える気がしない。


むしろ気温は上がっているような気もする。


そんなところで寝たりしていたものだから小林もこんな風にして


倒れてしまったのだろう。


俺も寝るときに襲われないようにと小林にくっつきすぎてしまっていたのも悪かったかも


しれない。


そんな自責の念にかられながらもプラスチックで構成された骨組みに


薄い紙が貼らされた代物を上下に動かしつづける。


しかし、本当に暑い。


部屋で熱がこもっていることから外気にしてそっちの方がよかったと思えるほどのサウナ状態だ。


エアコンは確かに稼働している音は聞こえるがそれだけで一向に冷やしてくれるものとは


つながらない。


俺までも熱中症になっては稲村姉もかなわないだろうし時折自分に向かっても


団扇を扇いでおく。


するとそんな気まぐれな一振りであってもなんと心地の良いことか。


昔の人はえらいものを作ったものだと、しみじみ。


なんてことはない、そんな良い道具にしてずっと風を送られて心地よくも瞼をおろしていた


わけだ。


小林の瞼がひくひくとその薄皮を動かしていた。


そしてその目はついに開かれ、きょろきょろとあたりを見渡し始める。


当然ながら俺と目があう。


だがすぐにしてその視線は逸らされてしまう。


しかししてその手は俺の手の内だった。


それはもうなかなかにしてじっとりと汗にまみれ、ぬちゃあと嫌な感触だった。


水に落としてふやけてしまった大福を握っているかのようなそんな感触。


だがそれとしても小林の今の状態を現しているということでもあり


俺はそれに対し嫌悪感を覚えつつも哀れみという感情も想起させられた。


その小さな躯体にしてよくもまあ頑張るものだ。


ズボンもシャツもべっとりである。


人間汗をかけばフェロモンというものが発せられるものだが


流石女子というべきか全く持って不快な匂いは漏れ出てはなく


むしろ心がすっとするような爽快感すら感じさせられるくらいだ。


目は呆然と遠くを見つめている。


俺のことなどまるで気にしていないという風でもあるが


俺を握る手の握力はますます強くなってきている。


べっとりと絡みつくその蜂蜜さながらの粘り加減。


もしかして俺に対しての怒りを表現しているのだろうか。


そうとすればやめていただきたいのだが。


気を失ったんだからよろしく連鎖的に記憶も失っとけばよかったのにとも


思う。


水不足なのか呼吸音の拍が連立していてその間も短い。


まるでフルマラソンを完走したランナーのようだった。


脇の下を冷まさせると良いなんてことも効いたことがあるような気がしたので


丁度良く俺の手を握りしめるため開けていた脇があったので


そこへ向かって集中的に団扇をあおがんとすると


それに気づくや否や咄嗟にして俺の手を離し、また脇を完全に閉じながらにして


俺のことをにらみつけんとした。


こっちは良かれと思ってやっているのに・・・


そんなにして脇の下を扇がれるのが嫌というものだろうか。


俺にはよくわからない。


そもそもにしてもうディープキスなんてかましてくるくらいなんだから


羞恥心なんてものはない女だと思っていた。


というか薄着のせいかブラの形も汗にて透けていて見え隠れしていることだし


今更かと俺は突っ込みたかったが相手は弱っているようなので


それはやめておくことにした。


小林によってたんと握りしめてくれた俺の手はぐっちょぐちょで


ここだけロウリュウサウナを数時間にしてぶっ続けでいた入浴者のように


なっていた。


無機質な団扇を扇ぐ音と均等なリズムで刻まれる呼吸音。


その中で二人っきり、しかもその傍らが原因不明にて怒っているというものだから


これに気まずさを感じないにしてなんになろう。


どうせ団扇を扇ぐことはさして難しくもないほか、扇ぐ相手の位置も変わらないこと


だということで俺は何時しか目を閉じながらにして団扇を扇いでいた。


パタパタパタ。


こんな音を目を閉じながらにしてずっと聞いているとドミノ倒しの


イメージ映像が脳内で流れ始めていた。


某テレビ界の取り立て屋と言われないこともないテレビ局による


ドミノ倒しがようようにして終盤を迎え最後に定番の音楽が流れんとしたとき


だった。


「ねえ、私たちってさ・・・」


なんて重病人のようなか細い声を発するものが一人。


一人、なんてもんじゃなくもう部屋には二人しかいないわけで


俺ではないことは決まっているのだからその声の主は一人しかいないのだ。


目を開いてても開かなくてもその会話の質は変わらないと思ったので


黙って聞き入れようとしたその時だった。


勢いよく扉が背後で開かれる音とともに荒い足音がこちらに向かってくる。


振り返ると稲村姉がお盆を持ちながらどたどたとやってきていた。


そしてそのお盆から水が入ったグラスを取り出し俺に差し出してくる。


「これ!飲んで!あなたも汗かいてるでしょうから、冷やしタオル二つ分持ってきたわ!


これも使って」


と冷えたものに次いでまた冷えたものという風に次々と差し出してくる。


グラスは指でなぞって絵が描けるくらいにはキンキンに冷えていて


まるで居酒屋のビールのようである。


それだけではなくその水にしても飲み干せばはたしてやってくるは


背筋に寒気。


それほどまでに冷えたグラスにまたそれほどまでに冷えた水が


どうしてそんな神社にて用意できるのだろうか。


山の中にて電力を使うのは相当な額だと思うのだが、というか水の冷たさはまだわかるが


グラスの冷たさは一体全体どういう意図をもって冷やしているのだろうか。


神社に倒れた人が来た時のための取り計らいだとすれば相当にいたさりつくせりの


対応である。


俺は飲み干しながらもタオルで体をふいたりしてると


「もう一杯いる?」


と聞かれたが


「いえ、どうも。もう結構です」


と断った。


というのもここまで冷えていると逆に腹を下しそうな気がしたからだ。


まだ確かに喉が完全に潤っているわけではないが最低限の渇きは解消できたわけだし


またそんな神社側に甘えてばかりではなんだか申し訳ない。


「あら、そう。じゃあ彼女さんの体をタオルで服からちょっと部屋から出てってもらえるか


しら。畳が敷かれてる大広間があるからそこでくつろいでってね」


と稲村姉。


なるほど、確かに熱中症の人ときたらまず先に冷やしタオルで全身をふくのが


先手だろうし、女子の裸をただのクラスメイトが遠慮もなしに見るわけにもいかないから


すこぶるその発言は道理にかなっていた。


また先ほどまでの気まずい雰囲気がまだこの部屋にはこもっているというか


小林の気の晴れようが全くにしてなっていないようなので


俺としても部屋を抜け出せるのは助かるというもので。


そうして軽い足取りで部屋を出ようとしたのだが


「いえ、すみません。いいんです」


「え、なんで?冷やしタオルで体を拭いたら気持ちいいものよ。


ほら彼だって部屋を出ていくんだから恥ずかしがることはないわ。


あら、もしかして人に肌を見られるのが嫌だったり?」


「いえ、そういうわけじゃないんです。ただ拭いてもらうのは・・・」


「ああ、自分でやりたいって事ね。わかったわ。どうぞ」


「いえいえ、そういうわけではなく、その彼に拭いてもらいたくて」


「あらっ」


あら、じゃないよ全く・・・


彼、彼ねぇ・・・


もしかしてこれは俺のことではないのかもしれないという思考が


ようやくにして破綻するまでにしばらく時間がかかった。








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