二十一話
「二人でいることが」
あっけらかんとそう言い切る前橋に俺は唖然とするのみだった。
「その言葉の真意はなんだ?」
俺はそれを最初から告白と思ってはいなかった。
なぜならこいつは宗助に対しひどい仕打ちを仕掛けんとした悪女だからだ。
「別に、そのまんまの意味だけど?」
「そのまんまの意味って、なんだつまり、そのー」
言葉を濁しながらにしてその正面切って答えるにしてはとてもこっぱずかしいことを
いうのをごまかした。
しかしキョトンとした顔で見据えてくる前橋の顔もなんだか腹が立ったので
腹を据えて言い放つ。
「俺のことが好きなのか?」
「え、違うけど」
即答だった。
「え、なに、急に。私は一人が嫌だって言ってんのになんでいきなりあんたが私に
こくってくるわけ?ちょっときしょいどころの騒ぎじゃないんですけど」
にやにやしながらそういってくるのはいくらそれが美少女であったとしても
腹が立った。
「変な言い方するお前が悪いだろ。てかそんなこと今いうことじゃないし」
「あーあ、陰キャがおこったー!キャーこわーい!」
さながら棒読みである。
このあおりようははたしてわが友、刈米宗助にそっくりでありこういうところはお似合いで
あるともいえた。
そういうことにて対応に慣れているのかは知らないが俺は途端に我に帰って
「そういう冗談は後にしてくれないか。今は本当に小林のことが気になって仕方がないんだ」
「ちょっといきなりのろけかましてくるのやめてくれない?
鳥肌立つから」
本当に減らない口である。
だがここは抑えて
「はいはい、そうだな。で、一人なのが嫌って話だったな」
「うん、まぁね。見たところ小林も全然帰ってくる様子ないし
あんたみたいな陰キャでも二人でいればまだましよ。それに一人でいると
ナンパに襲われるかもしれないからね」
確かに後者は割と言えていることかもしれない。
では、と。
俺は携帯電話を取り出しわが友に向けて電波を発する。
「もしもし」
けだるげそうな耳に粘っこい響きを残す声が飛んでくる。
「おう、宗助か。今どこにいる?」
「んー?いやぁね。それよりも聞いてくれよ!
稲村一美って女の子わかるだろう?気づいたらそいつにおんぶされててよ。
でその拍子に俺ついに女子の胸をもみしだいたんだよ!
どうよ!この快挙!」
途端に明るくしゃべりだしたと思ったら、その調子のいい口から飛び出してくるのは
セクハラ、いや性犯罪すれすれの表明だった。
「何言ってんだお前、触れるならまだしももみしだいただと?」
「そうよ、こんなチャンスはないと思ってな。いやーあの感触はたまらんねぇ!」
心底こいつと縁を切りたいと思った瞬間だった。
しかしそんなことをしてなにもなかったなんてことはありえるのだろうか。
「稲村からなにもされなかったのか?」
すると電話をかけた直後の暗いトーンの声に戻ったかと思えばこう言い出した。
「・・・ああ、もちろんされたさ。ビンタに関節技、そして極めつけには一本背負い。
しかもなぜか偶然近くにいたデブのほら、柔道部のあいつ、豊田っていうやろうに
追撃されてよ。木に向かってぶんなげられたんだ」
「ふーん」
「ふーんって!お前ほんとに痛かったんだからな!
なんだって柔道部の本気の投げだぞ!?それに引き換え俺はずぶの素人に
して受け身のうの字も知らないときた。
これもう偶然当たり所が悪かったら死んでたかもしれないんだぞ、ほんとに」
「死ねばよかったのに」
「ん、なんかいったか?」
「話戻すけどお前今どこにいる?」
「おいおいまてまて。俺は確かに死ねって声が耳に聞こえたんだが・・・それでも友達かよお前」
「俺は性犯罪者の友達はいないから答えはノーだ。
まあそんなことより今どこにいるかって聞いてんだよ」
「ったく、どうしてそんなに俺の居場所が知りたい?普通に病院に向かってるところだよ」
「つまり祭りの会場にはもういないってことだな?」
「ああそうだ、で俺の居場所を聞いて何になる?」
「実は今俺前橋あかねと一緒にいるんだが・・・」
そういうと突然耳をすんざくような狂った男の声が飛んできた。
スピーカーでもないのになんて声量だ・・
「はっ!?お前!わが主に一縷たりとも失礼なことはしてないな!?!?」
主って・・・もうこいつ完全に奴隷根性染みついてるな。
しかしこのノリは本当にめんどくさい。
発情した人間のうっとうしさといったらたまらない。
それに今は急を要するのだ。
こんなくだらない会話をしている暇はない。
よって俺は
「ああ、今俺と前橋は祭りの会場にいるんだが、まあお前の言うように失礼な言動は
つい働いてしまうかもしれないな。例えば刈米宗助による不埒な言動の数々について
の話をしてみたり、とか」
「はっ、おま!ふざっ・・・」
ブチっ!
あおるようにして言い切り、またそれと同時に電話を切った。
やつのことだから痛みなんかなんのその全力疾走でこちらに向かってくることだろう。
俺は電話をポケットにしまい、前橋の方へ向き直る。
「何の話してたのよ。相手は誰?」
「ちょっと代役を知り合いに頼んだだけだ。もうじき来るから少しの間は一人で我慢してくれ」
「だから相手は誰って聞いてんのよ」
「刈米宗助」
俺はそう言って前橋のもとから去った。
去り際に確かにこんな声が聞こえてきた。
「げっ、あいつか・・・」
やれやれ、まあ奴隷にしては名前も覚えられたりといい方なんじゃないか、宗助よ。
でもまあその旨を揉みしだくなんて願望は当分やってきそうにはないようではあるが。
人が減ってきて隣近所の屋台の店主たちが各々ぺちゃくちゃとしゃべりだしているのを見る
傍らで、俺はもうすでに歩き続けて十分も経っていた。
直に神社までたどり着いてしまうのだが、一体全体小林はどこをほっつき歩いているのだろうか。
かき氷屋さんはもう二軒ほど通り過ぎていることだし、よほどにして
目星をつけていた屋台があるのだろうか。
すれ違いざまに見落としていたということは人がまばらになっていることからないはずである。
奥の方にかき氷屋さんがあるのかと、首を上に突き出してのぞき込んでみると
はたしてかき氷のかの字もないではないか。
俺はその瞬間どっと汗が吹き出た。
するとこの長い時間にして帰ってこなかった理由は
先刻のナンパ軍団にまたなにかからまれたりしているのだろうか。
脳裏に先ほど見た悪夢がかすむ。
突き出す交互の足は加速を極め、ついに神社までたどり着いてしまっていた。
ならばもう探すあてになるところは暗闇の空間しかない。
強姦、未成年乱交、逆恨み・・・・
不穏なワードばかり浮かんでくる。
だめだ、だめだ、そんなこと考えてるようじゃ。
早くも助けを現在進行形で求めているかもしれないのだ。
ここでくよくよしてなんになる。
そうして頭を抱えてうつむくのをやめ面をあげるとそこには巫女さんがいた。
「何かお悩み事ですか?」
今の暗い心にその寄り添う一言はとても身に染みた。
「ええ、まあ・・・ちょっと知り合いの女の子が行方不明になっていまして・・・」
すると巫女さんは突如として目を見開いた。
だがすぐに平静を保ち、穏やかにこう問うてきた。
「ええ、それは大変ですね。その女の子の特徴というのは?」
蚊に刺されて驚いたのだろうか、巫女さんが目を見開いた理由も気になりは
したがなんて事のないもののように思えたのでその質問に答えることにした。
「ええ、私の胸当たりの身長で、ロングの黒髪、胸は小さい方で
来ている服はスポーツメーカーのロゴが中央に入っている半袖白Tシャツで
下には青のジーパンを。顔はくりっとしたまん丸の目で鼻は小ぶりなりに筋が通っていて
お人形さんのような面持ちです」
「ふふふ、なるほど」
なぜか巫女さんはほほ笑んでいた。
人が悩んでいるというのに茶化すなんてひどいじゃないか。
そのことを口にしようとすると後ろから急にドスンと体当たりされたような衝撃が。
振り返るとそこには太陽真っ青の晴れやかでさんさんとした笑顔を放ちながら
かき氷を両手に持つ胸の小さい少女がいた。
「へへへー!ドッキリ大セイコー!」
なんてのんきにもそう言い放ってくるそいつははたして俺の探し求めていた
夢の主だった。