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二十話

なぜかアルプス高原で俺は一人たたずんでいた。


何もかもいつも通りといった状態で。


立派な稜線が連なりそしてきわめて純度の高そうな空気に満ちているといった


圧巻と意外に表現する言葉がない場所で


吹く風は冷たくそして俺の肌を撫で、それによりざわめく足元の草の音は


まるで俺を異端の者として歓迎していないようにも思えた。


しなやかなる草地を踏みしめたとて音は一寸も起こらず、


なだらかな丘陵をもって下へと下っていく。


周りには人一人おらずしかし不思議と不安には感じなかった。


初期位置が高すぎて山の輪郭しか見渡せないのに対し


下っていけば遠くに草をはむ羊の群れがあるではないか。


そして煙突から立ち上る煙も見えてくる。


赤い屋根に白塗りの壁、まさしく人家以外になんといえようか。


ようようにして草地を踏みしめていくことで


草の汁がしみてきた靴から青臭い匂いが鼻に立ち昇ってくる段階で


俺はようやくその家にたどり着いた。


扉の奥から物音がするのでおそらく人はいるのだろう。


俺はノックを二回した。


「どうぞ」


と物静かにその家の主は答えてくれた。


それはもうか細い声であったことから一瞬何も言われなかったのかと


立ちすくんでしまったくらいだった。


俺は失礼して家の中に入った。


すると扉を開けた瞬間に立ち込めてくる血の匂い。


顔をしかめずにはいられなかったが、その次の瞬間に


おそらく先ほど家の主とも思える女性が腹を数匹のオオカミたちの手によって現在進行形で


食い破られている姿を見て、腰を抜かしてしまった。


見れば、その女性というのも、小林じゃないか。


どうしてこんなことに。


俺は恐怖で打ち震え、そして現実を受け入れたくなくして


地べたにしりもちをついて動けずにいた。


そんな入ってきたがはたして臆病である人間に反応したオオカミ達はは


ようやくその存在に気づき、一歩一歩とまた近づいてくる。


俺はそんなことよりもまず小林が腹を食い破られたことに対してのショックにて


身も心も砕けそうな思いだった。


なんで助けてあげられなかったのか。


もう小腸も見え隠れしていて手遅れであることが一目でわかる。


俺はオオカミが怖いのではない、そのすさまじい姿の小林が怖いのだ。


ならば彼女をそんな状態にさせたオオカミ達に報いんとするのができるはずなのだ。


なぜならその彼女の状態への絶望感の中には深い悲しみのほかに


怒りもあったのだから。


しかし現実、俺の体はオオカミ達から逃げんと背を向けていた。


そして見る間に走り去ろうとしていた。


無残な彼女の死骸を残して。


だがオオカミ達はそんな臆病な人間を見逃さない。


三匹はその四足歩行を駆使して見る間に追いついて


俺からマウントポジションをとる。


そして極めつけには俺の喉めがけてその鋭い歯を向けんとした・・・!!!


「うわぁ!?!?」


・・・・声が出る?


喉が食い破られたはずなのに・・・?


どうして・・・と自分の喉元を手で触り確認してみる。


するとぬめりけのある肌が脈を打ってその触る手に答え、存在していた。


ハッとして見渡してみるとそこは祭りの会場。


果たして冷笑や蔑みの目を浴びせてくる者が周囲にちらほらといる始末。


全くにして変な目立ち方をしてしまったと居心地悪さに気まずさを覚え


顔を撫でてみたり、首をこきこきと鳴らしてみたりする。


しかしリアルな夢だった。


なんであんなグロい姿の小林を見させようとしたのか、俺の脳。


やれやれ、本物を見て落ち着こう、と


俺は記憶が正しければ寝る前に隣にいたはずの小林を眺めようとした。


その顔はまさしく困惑の色。


そして次に飛んでくるは罵声に、罵声、そして罵声、あとたかり。


・・・のはずだったのだが。


「ねえ、ちょっとあんた頭おかしいんじゃないの?


幼稚園児でもこんな寝起きで大きな声出さないわよ」


とその声は冷酷に、だが胸部に熟れる果実はうららかに


してその顔はまさしく美少女でありつつ、またわが友人刈米宗助


のあこがれでもある前橋あかねがそこにいた。


「・・・ん?」


なんでここにこいつがいるのだろう。


というか何図々しく俺の隣に座ってくれてるのか。


おかげでその豊満な胸がより近くで見えてしまって寝起きから


頭が少しくらっときてしまうではないか。


小林はどこなのだろうか。


きょろきょろとあたりを見渡してみる。


しかしあの華奢な麗しい姿は見えてこない。


ベンチの下や木の上、また前橋の後ろも確認してみたりしたが


いない。


どうやらどっきりというわけではなさそうだ。


ではどこに?


そこで俺は夢の中での小林が再びフラッシュバックした。


あれが正夢だとしたら・・・小林は・・・


なんてぞわっとして体温を下げてみたりして。


そんなスピリチュアルなことを信じる気は毛頭ないが


しかしして目覚めが悪い夢を見てしまったせいでどうも不安感が


ぬぐえない。


そんな焦る気持ちが働いて


「おい!小林はどこだ!」


とつい肩をひっつかみながら前橋にそう問いただしていた。


前橋は一瞬びくっと子猫のようにして体を弾ませたが


そんな態度もすぐに掻き消え、すぐさま俺の手を乱暴に払いのけると


「ふん、知らないわよそんなの。私の体をそう簡単にさわらないでくれるかしら」


「ん、ああそれは悪かった。けどお前が居場所を知らないってわけないだろう。


なんだって俺の隣に座ってるんだ。それは小林の席だぞ」


俺の中での前橋のイメージは幾分悪いものにして、俺の口調も自然にきつくなっていた。


そんな強気な俺の態度に嫌悪感をこれでもかというくらいに眉根を寄せて


前橋は表現しながら


「・・・ちっ、うざいな陰キャのくせに」


とむべもなくそう返した。


それにはさすがの俺にもイラついたので


「おい、だからどこに行ったって聞いてるんだよ」


とさらに語調を強めて再度問うた。


「・・・」


しかし返答はない。


そっぽを向いて不機嫌に黙っているのみだ。


これじゃあらちが明かないので、肩をつかんで無理やり俺と向きなおらせた。


「な、なによ!」


これにはさすがに反応したようであった。


「だからさっきからいってるじゃないか。小林はどこだって聞いてるんだ」


「・・・・・いのよ」


そこでなにかぼそりとつぶやいた。


この祭りの騒音さることながら、か細い声はすぐに掻き消えてしまうのだ。


寝る前はよい響きと思っていた祭りばやしが今では恨めしい。


「え?なんだって?」


「・・・だから!息が臭いってんのよ!」


と言いながら突如として関節技を決めんとしてきたのには


驚き、そして咄嗟にそれを回避した。


え・・・そんなにか?


とショックを受けた俺は自分の息を手で跳ね返らせるようにしてふーと吹いてみた。


確かにそれは寝起き直後の乾燥した息の生臭さがあり、言われてもしょうがないとも取れた。


だが悔しいので一度口を唾液でぬめらせてもう一度その手の中で息を吐いてみる。


・・・少しは良くなった気がしなくもないがほぼ変わってないに等しい・・・


俺ってそんな息臭かったっけか。


そう思ううちになんどもその息を吐いては確かめる行為を繰り返していると


「ははは!気にしてやんのー!きゃはは!」


と隣で腹を抱えてその俺の仕草を笑う悪女がいた。


「ぷぷぷー、小林より自分の息が気になるのね~、結構結構」


「いや、それはお前がそう言ってくるからで」


「ふん、あんなの近づかないでって暗に言ってるだけよ。馬鹿なの?」


あ、そういう・・・


「あーあ、鳩が水鉄砲喰らったような顔しちゃって」


「それを言うなら、鳩が魔めっぽう食ったような顔、だぞ」


みるみると頭に血が上っていく様の前橋。


「ふん、陰キャのくせにうるさいわ!なによ偉そうに。誤差じゃない」


陰キャ陰キャとさっきからうるさいな、こいつは。


やれやれ、でもさっきよりかは大分話しやすくなったみたいではある。


俺は再度同じことを問うた。


「で、小林はどこなの?」


「知らないわよ、そんなの」


「いや、もうそういうのよくてだな・・・」


「だからほんとに知らないって。寝てるあんたを一人で置き去りにしたくないから


代わりに座っててって私は言われただけだし、小林の言った場所なんて知りようがないわよ」


「なるほど、して小林はどっちの方向に?」


「あっちだけど」


そう言って指さした先は俺たちから向かって正面。


なんだ、ただ前に進めばいいだけの話じゃないか。


「なるほど、じゃあありがとな。では」


と俺は去ろうとしたのだが、後ろ手をぐいっと惹かれる感触。


それは前橋によるもので、


「すれ違いになるかもしれないんだから座っときなさいよ」


と言ってきた。


「いや、ナンパとかされてたらあれだし、ほら、小林小柄だからさ


それにすれ違うったってもう人もまばらになってきたから見つかるさ」


「私だって一人でナンパされそうな可能性はあるけど?」


どこをはりあってるんだどこを・・・というか


「あれ、つるんでたやついなかったか?」


「みっちゃんならもう帰ったわよ。だからもう私一人」


「そうか。でも前橋は割と大きいし、そのいろいろと・・・


だから大丈夫だろ。じゃあな」


「いやいや、正気?こんな美麗な女の子一人残していくとか」


「さっきからなんなんだよ。そんなに俺と一緒がいいのか」


「まぁね。だって好きだから」


「・・・は?」




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