第十四話
「なんだか熱くなってきたわね」
「ん、ああ、そうだな」
「アイスが食べたいわ」
「・・・」
「ちょっと!なに目をそらしてんのよ!こっちを見なさい!」
もうそろそろいいだろうと思ったところで小林を地面におろしてみるとこれである。
先ほどのキッスがまるでないものと言わんばかりに平常時の態度で接してくるものだから
困る。
なにせ俺はもう一瞬でもまともに小林の顔を見んとするとたちまちのうちに
体がヒートアウトしてしまうだろう。
ああ、これがキッス。
厄介なものだ。
だが俺としてもそんなに触れたいことでもなかったのでその小林の態度は厄介なものである
と同時に助かるというようなものでもあった。
アイスね、アイス・・・
そう思って店を眺めるために目を右往左往しているとポケットの中から着信音と
バイブレーション。
何ぞやと思ひて、確認するやそこにメッセージが一つ。
差出人は豊田のようでそこにしたたり示しけるはこれまた一つの写真であった。
開いてみるとなんとまあ肝の冷えることか。
アイスクリームなんぞよりもより心中とともに体をこわばらせんとする
氷結材がスマホの中にありにけり。
かたまりけるやおおよそ数分。
不思議に思って小林が俺の電話をのぞき込むのには十分な時間だった。
「はっ!?なによこれ!」
それははたして盗撮の部類に属する代物であり、結論から言えば
そのサブピクセルの集合体が示しうるものとは
軟弱たる精神を有する齢にして十六歳の童貞男児と
うらわかきなるそのヴァギナにより神聖性が確かである淑女とが
キスを祭りの人混みの中、民衆に円状で囲まれながらも
接吻をしているというものだった。
その男児とやらはどうやらこのスマホを手にもち硬直している自分そのものであり
またその淑女とやらがはたして俺のスマホをのぞき込み赤面まっしぐらの状態と化している
小林であることだった。
これにはほとほと参ってしまったので俺はとりあえず返信として
今までにないほどの指の震えをその液晶画面へと体現し
またシュポポポポポポポというスタンプの連打音を奏でることとした。
それにて溜飲が収まるはずもなく、またそれは小林にとっても同じのようで
「だ、だれよ!そ、その写真を送ってきたやつとやらは!」
半ば強引に胸倉を引き寄せられフェイストゥーフェイス。
その距離にしてわずか数センチ。
俺の視線は自然と宣告に触れていたであろう桃色のしずくのような風体をしている
豊満な物体へといっていて
その目のやりどころというのも、とうとう相手にも察せられたようであり
唐突な勢いはどこやその、小林はふいっと俺に目をそらしながら、また
胸倉の手はつかんだままにして問うた。
「誰って言ってんのよ!」
語気だけ強く言われてもようようにして俺の心にズドンと射貫感とするかと言われれば
その答えはNOであり、だが彼女の高揚感の伝播にして俺もついに
精神の異常が体にもつきまとうようにしていき、結果として俺は
ぱくぱくとからくり人形のように口を開くことしかできず
その操縦官は俺の喉の奥へと引っ込んだままであった。
そんなこんなでぼーっとしているうちに俺の手から何かがもぎとられたようである
ということを察し、また見ればもう小林はとっくに俺の胸倉から手を放していて
俺のことは知らんぷりという風にしてひたすら俺のスマホにご熱中の様子だった。
そして気が狂ったのか小林は一人地団駄を踏み、俺にそのスマホを返しざま
猪突猛進さながらの勢いでこうのたまってきた。
「豊田ってさっき見かけたデブよね!?」
その目は血走っており、また先ほどの目と目が合った時のときめきとやらは
もうすでに失せているようでありまた俺はあろうことか女子高生との視線の交差により
恐怖すら感じた。
「ねえ!そうよね!」
「は、はい・・・」
「あのやろぉおおおお!ゆるさん!」
小林は髪をヘッドバンドメンバーさながらのように振り回し、また相撲取りの四股でも
踏んでるかの如く地面を親の敵と言わんばかりに踏みあらした。
とらえどころのない怒りを心いっぱい、体いっぱいに表現しているさまのようであり
はたしてそれは俺の身もだえるような先ほどのキッス状態の心を具現化したもののように
思えてきてなんだか胸の心地がすかっとしないこともなかった。
当然周りの目も段々と険しくなるというものであり、また自然とそんな珍獣のような人間の
傍らに平然といる人間である俺はさながら保護者のような目つきで見られること必須であり
よっていたたまれなくなった俺は一旦彼女を抱きかかえ、人のいない奥の暗い所へ引き寄せた。
存外にして暴れるかと思えば、小林は俺の手の内にいる間はすんなりとそれを受け止め、
また抱っこをされた。
また後ろからかかえることで起きることの弊害といえば、それはまさしく己の
ペニスの感触が相手に伝わるということであり、それは男性諸君なら誰しもが思うことである。
なので夏祭りの日に男女がおんぶ抱っこをしているという様式美にして
その格式ばったものの本当の理由は実にして男のペニスの調子具合と変態さ加減を
女子に知られんとするためだということが俺にはわかった。
必死に抱きかかえ、そして世間の目による精神汚染をうら若き十六歳のソウルを健全にと
奮闘戦と思うばかりに俺はそのことが頭から抜け落ちていたのだ。
ようようにしてまん丸の月が見え始めた頃合い、暗闇の中で二人きりのなか
小林はそのつつましげではあるがそのボリュームは男の俺にも引けを取らない尻を
さすりながら言った。
「・・・・変態」
と。
何を言うかと思えば!
俺はたちまち憤慨した。
どうしてどうして、そんなことをいわれなければいけないのか。
突如としてキスし始めたり、狂乱ぶって獣仕草をしてみたり
感謝されることあれどなにかと文句をつけられる筋合いはないはずなのだ。
加えて男の恥部に関することをすかさず言われたとなればこの俺だっておおよそ
紛らわしさかねていきり立ってしまうというものだ。
恥ずかしさをつかるるならばこちらもと俺は反論した。
「処女のくせにディープキスをいきなりかます淫乱女にいわれたかないわ」
言ってみてまず公開したのはまずふと暗闇のなか自分の手も見えないようななか
突如として月光が小林の周りに舞い込んで、その沸騰してまだわずかと言わんばかりの
怒り肩に目じりは深くして、また眉も大鷲のように仰々しくも顔の中央へと
寄せに行ってしてかつその握りこぶしのかためように震えるさま。
まさに般若、いや悪鬼。
悪鬼滅裂という言葉があるようだが、はたしてそんな勇猛果敢な語句をして
たちむかわんとした栄光ある故人らに敬礼。
だがしかしして無様にやられんとするよりはまだあがきをして
たちまちのうちにやられるといったほうが図太い精神でない以上そちらの方が好ましく
思えるようであったので、いまだに体を震わせるばかりでなにもしゃべられないあの女に
向かって続けて俺は言った。
「恋人の証明とか言ってただただキスをしたくなった変態、なんじゃないかってね。
周りに人がいてさらにまるで見もののようにして舌もいれてくるもんだから
あながち間違いでもなかった説なんだな、とね。
ディープキスの前の唇の吸引力と言ったらタコの吸盤、そのまさにして!
加えて、あの舌遣いの暴れよう!
ありゃあ俺の舌がまるでタコの足に絞め殺されるかと思うような心地だったね。
参った参った、そんな純正ぶった女子高生にしてもそこまで大奥に莫大な
エネルギーを持つタコを隠し持っていたとはね。へいへい、平服の形ですわ!
はっはっは!
・・・・なんて言ってみたりして」
と最後に茶目っ気を付け加えておいて、おあとがよろしいようでといきたいものなのだが
はたしてその傍聴人はそうはいかない模様であり
また再び月光が俺からして対面の方向にいる人物にむけてきらめいたとき
わが眼に映るは般若なんてとんでもない、正真正銘の天使、それも極上のスマイルを有した
ものがいた。
だがよくよくしてみればそのもみあげ付近にはあおすじがぴきぴきと連峰のようにして
連なりつつあり、またあろうことか握りこぶしからはつつーと赤き雫の筋が通っていた。
どうしてどうして異変が見えてくるではないか。
何が天使だ、俺の現実逃避の思考からくる認知的バイアスではないか。
そうして現実を再認識したとたんに俺は走った・・・・
いや走ろうとした。
「ねえ、遺言はそれだけかしら」
なんて言葉が耳元でいきなりするかと思えば、すぐさま俺の体は地上から離れ
空に漂っていた。
同じ年の少女の腕力によって。