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第十二話

「あ、あのデブじゃない?豊田って」


「で、デブって・・ん、でもそうみたいだな」


小林が指し示す先には確かに豊田とその連れ、稲村が歩いていた。


やつはだらしなくもトロンとしたまるで引き締まっていない目で


稲村を見るや、その足取りもさながら千鳥足。


「あーあ、見ちゃいられなねえ」


「まあ見たところ童貞ってところね」


「その童貞判定をしないとお前は死んでしまうのか?」


「いや別にただ感想を言っただけよ。カルシウムが足りてないんじゃないの?」


減らず口な奴だ。


そんなひねくれた女のことはさておき、もう少しやつらのもとへ寄って


会話の内容を盗み聞きしようではないか。


「ちょっと、どこいくのよ」


服をぐいっと後ろから引っ張られる。


「なんだよ」


「私、かき氷が食べたいわ」


と後ろの方にある出店を指し示す小林。


「知らねえよ、そんなの」


「おごりなさいよ!」


「ふん、今はそんなことをしている場合じゃない」


「あんなのろけカップルに付き合ってるだけ気が滅入るだけよ。


それよりも私の好感度を稼ぐという方がよっぽど建設的ってなもんよ」


「そんなもん稼ぎたくもない。一人で食ってろ」


「はー、あきれるほどにケチね、そんなんだから・・・」



ぶつぶつと不平を後ろで言ってくるが、こっちにそんなことを言われる義理はない。


むしろ今の今までさんざんにこき下ろされてきたことから俺のほうがおごられる筋が


あるというもので。


む、いかんいかん。


こんなことに集中しているといつしか豊田たちを見失うところだった。


だがもうずいぶん先に行ってしまったようであり、この人混みの中を


かきわけ追いつくというのも至極困難な話だった。


しかし人がたくさんいて群れているからだろうか。


この喧騒と言い熱気と言い、なんだか体が熱くなってきた。


しょうがない、かき氷でも食うか。


俺は元来た道を引き返して出店のおっちゃんに注文した。


「すみません、かき氷のイチゴ味、二つ」


注文の品はすぐに届いた。


さて、早くしないと溶けてしまうのだが。


というか小林はどこにいったのだろうか。


あの小さな体が一度この人の波に飲み込まれたと思うとそれは大変なことであり、


さっきまで俺の背中にぴったり張り付くくらいの勢いだったのに


いつしかいなくなっていたというのはどうしたことだろうか。


もしかしてまたすねてどこかへいってしまったのだろうか。


やれやれ、こっちがその気になっておごってやろうとしたら


すぐにいなくなってしまうし、なんなんだあいつは。


とりあえず自分用のかき氷にむしゃぶりつく。


このチープな甘みとしゃりしゃりというよりざくざくといった雑な触感と


冷たさ。


これぞかき氷という感じがしてなんだか郷愁にかられる。


この冷たさは体に染みる!


そう思って一気に食べ干すと頭がとても痛くなった。


だがこれがいい。


清涼感を存分に味わったところで、この渡し損ねたかき氷の処分に向かうこととした。


まだそんなに時間は経っていないことからあまり離れたところにはいないはずなの


だが・・・


そういう見立てをもってあたりを右往左往しているとなんだか人だかりができていたので


覗いてみるとそこにやつはいた。


見ればたくさんの屈強な体つきをしている男どもに絡まれているではないか。


なんでも小林はそんななかでもやつらに負けじと言い争っている様子であった。


「しつこいっての!私はフリーじゃないって言ってんでしょ!」


「えー見たところいないようだけど?」


「いいじゃんちょっとくらい。俺たちと遊ぼうぜー?」


「いい顔してんじゃん。若そうだねー高校生くらい?」


「うるっさい!さっさと去ね!」


全くたくましいやつだ。


俺ではあんな男どもに囲まれては何も言えず立ちすくむだけだろう。


というか面倒ごとになってしまったものだ。


このかき氷は俺が自分用に二つ買ったことということにしよう。


うむ、それがいい。


さて、と。


これはいかんと思って俺は見て見ぬふりを立ち去ろうとしたが、厄介なことにも


小林と目が合ってしまった。

「あ!田中!おい!田中!逃げるな!」


「うげっ!?」


後ろからどんどん声が迫ってくると思ったら思い切り背中にタックルをかまされた。


振り返ってみれば汗ばんでいて必死な顔をした小林がいた。


ん、なんだ、こんなにも俺って体熱かったっけ?


心臓の音がすごい、するな・・・


俺は一瞬何が起こったのかわからなかった。


なんだって初めて女子にハグされたものだから。


「え、おい・・・」


「・・・」


小林は何も言わなかった。


というか体が本当に熱くなるからやめてもらいたい。


かき氷がとけてしまうではないか。


「えーおいおい、お兄ちゃんいい思いしてんねー」


「ちょっとさ、妹さん借りてってもいいよね?」


「なんかお姉ちゃん俺らと遊びたいみたいだからさ」


やんちゃのナンパ集団は執念深くもまだ小林に付きまとってくるようで


それはそれでいいのだが、俺にまで絡んでくるのはなしだろう。


というか俺、お兄ちゃんに見えるのか・・・


そんなに顔は似てないと思うのだが、まあそれはいい。


俺の返答はもちろんこうだった。


「ええ、もちろんもちろん。遊んできてください。何時間でも貸しますよ」


俺は小林をまだ乾いていない接着剤にくっついた木材のごとく引き離し


そしてやんちゃ集団へと渡した。


「え、ちょ!?!?」


「うっひょー!さっすがお兄さん!話が分かるねー」


「取引成立!ひゃっほー!」


「お兄ちゃん、サンキュー」


と不良は気持ちのいい表情と声で感謝してくれた。


こうしてみると根はいいやつらなのかもしれない。


切り取って先ほどはうかがってみただけで小林がなにかこの人たちに変なことをしでかして


その報酬を求めているだけなのかもしれないしな。


やれやれ、これで一件落着。


さて残っているかき氷を食べようではないかと思っていたところに


思いっきり腹パンをされた。


「いっっ!?」


「・・・」


よろめいて顔の位置がさがりその視界から見えてくるはチーターさながらの


怒気をいかにも放っているといわんばかりの表情をした小林だった。


また無言でかき氷を奪い取られもしゃもしゃと食われる。


「おいおい、お姉ちゃん。かき氷くらいならおごってあげるってー」


「フランクフルトでもなんでもおごってあげるからさー、こっちおいでよ」


「そうだよ、というかお兄ちゃん殴ったらだめじゃないかー」


全くその通りだ、よく言った不良。


くるりと俺に背を向けて振り返って小林は言った。


「うるさい!いい加減しつこいのよ!不良ども!」


「えーそんなに怒らなくてもいいじゃん。というかお兄ちゃんが了承してくれたんだしさ」


「こいつはわたしのおにいちゃんじゃない!」


と俺に指を向けてくる小林。


やれやれ、全く厄介なことを・・・


「じゃあなんなのさ」


すると小林は突然俺の腕に手を巻き付けてきて


「彼氏だ!早くどっかいけ!狼藉者!」


「は?」


なぜそうなるのか・・・理解ができなかった。


追っ払うなら普通父親とかでいいんじゃないか。


というかさっきからおにいちゃんだったり彼氏だったりと俺のポジションが


今の西日本の悪球打ちプロ野球選手並みに変化しているから


不良もいぶかしげな目をむけてくるではないか。


苦し紛れの言い訳にしか聞こえないそれは問い詰められること必然であり


結局きつねのような細い目をしながら指さしてきて


「え?彼氏なの?ほんとに?」


といちゃもんをつけられうことになった。


「そうよ!」


そこでまたどうして言い切るのか。


人混みなので逃げ切ることもできないし、本当に厄介なことになってしまったものだ。


やれやれ、と思っていると横から肘をつつかれて小声でこう言ってくる。


「あんたもいいなさいよ」


とそういう顔はかき氷を食った後とは思えないほど真っ赤に染まっていた。


いや提灯の色なのかもしれない。


なんだってこいつが照れるということがあろうか、いやない。


だが俺としても女子にくっつかれるのはやぶさかではないため、少しながらも


体内温度がポカポカとしなくもないわけであって、またそれをより上昇させてしまうのも


望ましくはなかったため、結果それは無視。


事実、付き合ってもいないのにどうして俺は小林の彼女です、なんていえようか。


嘘ついたら泥棒の始まりなのである。


俺は口をつぐんだ。


だがそうして言わないでおくと小林の肘のつつき具合がさらにヒートアップする次第であり


俺はマラソンランナーよろしくそのわき腹をいためることとなった。


それをみるや不良はあからさまにおかしいと思ったのか


「ん~?なんかもめてるみたいじゃーん。ねえ、それうそでしょ?


俺らと一緒に行こうよー」


しかしこいつらもこいつらでしつこいな。


そんなに小林がいいのだろうか。


まあみてくれは悪くもないし、いい匂いもするし、ウェーブのかかった長い黒髪は


つやもあってきれいと言えなくもないし女としての魅力は


あるといえばあるが、それにしたってその本性からではとても許容しがたいほどのもので


はあるが。


「しょうがないわね」


そう小さく嘆息したかと思ったらいきなり俺の襟元をひっつかんできて


ぐいっと俺は引き寄せられた。


しまった、一本背負いをかまされるのかと反射的に目をつむっていると


なにやら唇に温かい感触があった。


誰かと知らない鼻息が俺の顔に当たってくる。


一体何が起こってるのか。


それを確かめるべく、俺は目を見開くとそこには目と鼻の先ともいえるほどに近く


小林の毛穴一つないきれいな顔があった。


やっぱり間近で見るとその頬が紅潮しているようであった。


なんでこんな近くに顔が・・・・


と本当に俺は困惑一色であり


とうとう周りのざわめき、黄色い歓声のもと、俺は小林との間に何が起こっているのか


理解ができた。


それは初めての接吻だった。










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