第十話
あのデブの豊田や俺にいつも悪口を吐いてくる宗助でさえも
女子に好かれていて至ってまともな性格の俺が
好かれるどころか裏切り、暴言、裏の顔と女子の嫌な部分を存分に見せつけられ
かつ好かれもしないというのはこの世の不条理を世界が俺を憎しと思って
まじまじとみせつけられたかのようなそんな錯覚に襲われる。
幼いころから彼女は自然にできるものだと思い込んでいた。
だって上司にはへこへこへりくだっていて、けちんぼですね毛もまともに処理してない
一見にして冴えない俺の父親ですら結婚できたのだ。
母親は格別美人というわけではないが、そこまで不細工というほどでもない。
だからきっと俺もこんななんの変哲もない女と将来付き合って結婚するものだと
幼心でそう感じていたのだ。
しかしどうだろう、現実。
小学校の頃はまだガキンチョでまだ彼女はいいやと男友達とうんこちんこと
下品な言葉を言いあって笑っていた。
だが幼いころからも性欲はあって一応女子のパンツを覗いたり、今思えばセクハラと
訴えられてもおかしくないようなことばかりしていた。
皮をしごけば気持ちよくなるなんてことはとっくに知っていたし
女子の体に興味を持つのは当然の出来事だった。
先生にはマセガキなんて耳にタコができるくらい言われたし俺もそうだと
開き直って自覚していた。
そんな生意気な態度を先生に取る俺をみていつも宗助は傍らで笑っていた。
そして中学生に入ると急に女子が大人びて見えるではないか。
これが制服マジック、そして「中学生」かなんて圧巻されているうちに
中学校生活は終わった。
部活というものが新たに中学校から加えられていたことは知っていたが
女子をウォッチングするだけが生きがいだった俺はそこまでして
体育会系の部活に入って汗水たらしたりはたまた頭を働かせる文化系の
部活に入って女子に接近したりするほど気力があったわけではなかった。
だがとりあえず勉強はしていたことからそこそこの高校に入学。
中学校で染みついた勉強習慣というものは消えずに残っていたことから
高校でも勉強面では苦悩していない。
問題は彼女、である。
この十七年間、性欲はいっちょ前に盛りのついたオス猿がごとく有しているが
一向に彼女ができるというビジョンがふってわかない。
もう俺は高校二年生。
男友達はそこそこいるし、コミュニケーション能力はあまり発達してないとは
いえないだろう。
男なんて下ネタを話せばだいたい当たり障りないくらいの会話はできるというものだ。
そこまで苦ではない。
だが女子に関してはそうも言えない。
会話のジャンルの中に性に関してのものが入るなど論外。
そして加えて俺の会話のジャンルの中心は性に関してのものか
朝テレビでぼんやりと眺めているニュース関係というようなものであり
込み入って話すことができることとすればそれは俺の中では性に関するものばかりなので
淡々とアナウンサーのようにニュースのことを話すくらいしか女子に対してはできないのだ。
女子はそんなやつと話したって面白くもなんともないし、俺だって女子の立場に立たされ
たらそんなやつと話したりかかわりたいとも思えない。
結論、俺は女子が好きなのにもかかわらず彼女らに対する努力、
部活に入って男を磨いてみたり経験を積んで込み入った面白い話をできるようにしたりと
いうことをしてこなかったために今この現状なのだ。
その点に関して言えば豊田は一応柔道での実績とその経験談に加え
オリンピック出場という熱い信念があったりするから多少は俺よりも
先に彼女ができかねんとするのもわかる。
だが宗助は違う。
俺と同じくなんも女子に対して努力をしてしまったが故に
今まさに女子にだまされかねんとしているのだ。
だからこれから宗助の間で巻き起こる美人局事件というのは
神様が俺に対して努力をしないと変な女にしかかまってもらえなくなるぞという
啓示だと思った。
加えてその前にも小林という女にもだまされようとしていたところだ。
あの佐藤からの忠言で危機を逸したのもその神によるお告げなのだろう。
神社に行ったからだろうか、なんだかスピリチュアル的な思考に陥っている気もするが
だが俺の中で何かが動き出している。
漠然となにかをしなければという衝動が胸の内で働いている。
俺はいい加減、女子にモテたいのならば努力というものをしなければいけないのかもしれない。
俺は決心した。
宗助の無様な姿をカメラロールに収めることによって深く今感じたことを
より胸の内に刻み込もう、と。
その前に豊田たちはどうなったのかというのが気になるところであった。
俺はそうやってぶらぶらと人混みの中を歩いていたら小林と途中で何回もすれ違った。
だがもう奴は俺のことを忘れているようで一人気ままに祭りを楽しんでいるようだった。
皆楽しんでいる姿というものは幼児さながらの天使のような美しさを持っていて
またロリッ子美少女である彼女に至ってはその容姿でさらに魅力を上乗せされていた
のでつい声をかけてしまいそうにもなるくらいだった。
でもだまされてはいけない。
やつは俺を金づるにしようとした悪女なのだから。
俺は仮面の下でくつくつと笑いながらその彼女の様子を目で追っていた。
すると突然目が合った。
彼女は金魚すくいをしていて俺は真後ろにいたにもかかわらず、だ。
まさか気配を気取られたのだろうかと思って慌てて目をそらす。
「わっ、すごーい!」
しかし彼女は俺に注意を向けることなく俺への方向ベクトルの視線はさらに
上空へと向かっていた。
何があったのかと振り向いてみるとそこには大きな花火が打ち上げられていた。
青、緑、赤。
三色による混合色はなんとも美しく、そして懐かしい気持ちにさせた。
まるで子供のように俺の目は空にくぎ付けになっていた。
久しぶりに見るそれは何もその打ち上げ方法、演出の仕草など何も変わっていないのに
どうしてどうして心が惹かれる。
いつもここは込み合っていることだしテレビの中継で液晶画面を通して見ていた
かれこれ四年間。
やはり肉眼で見てみると違うというもので、周りをちらりと
見てみると皆思いは同じのようでありぽかんと口を空けて見上げているものもいた。
こういう瞬間に泥棒が人々の袂から財布をくすねるのだろうなとも想起させられた。
ここで初めてこれは単なるお祭りではなく花火大会であることを思い出させられた。
しかしそのどでかい一発で後続は続かずに終わりまた準備期間にはいったようだった。
なんでもここの花火大会は職員の手際が悪いのか忘れたころに突如として
花火が打ち上げられるといった具合で単発で高台から客を集めて
見せびらかせるような代物ではないのだ。
よってこういった出店を用意して退屈させないようにしているというわけである。
いやはやしかし良いものが見れたというものだ。
その莫大な規模の花火を一発一発打ち上げるものだから手際が悪くなり
不定期になってしまうのだという人々の不満を一掃させてしまうほどの華麗さ。
まさに俺はそのうちの一人となってしまったわけだ。
さてさて、再度大きな花火を打ち上げるためにまた二十分はいるというものだろう。
ここは山の中で騒音を気にせずやれるため、遅い時間までのんびりと花火を見れるという
のがこの祭りのいいところでもあるが、如何せんその花火を打ち上げるペースが遅いのが
ネックだ。
だからこんな祭りは一人で行くには退屈なことだし、はたまた会話をするネタも
コミュニケーションもなく女子といるということになったら
さらに悲惨なデートになってしまうというこの花火大会。
つまり豊田がこの花火が上がったのちに訪れる花火の待機時間でいったいどれほどまでに
女子と話せるかというのが鬼門なのである。
やつは大体にして彼女を持ったこともないということだったし、この悠長な
花火大会をデートスポットに選んでしまえばきっと気まずくなることに
違いないだろう。
そういう期待を胸に俺は足を運ぼうとするが
「ちょっと待ってよ」
と後ろから声を掛けられた。
「ねえ、田中君。なんで私から逃げたの?」
とその声の主は小林だった。
俺はその瞬間全速力で人混みの中を駆けた。