第一話
世界は常に回り続けていると確信を持っていうには足らない
退屈な雰囲気が満ちる放課後の学校の教室の中
俺はペットボトルをへこませながら水を飲んでいた。
知り合いにはよく変な飲み方とは言われるのだが、これは癖なのでしょうがない。
飲み干した後の爽快感を味わっていると、前の席に座って
じっと見据えてくる友人、刈米宗助が口を開いた。
「変な飲み方だな」
「ほっとけ」
「よく言われたりするだろう、そんなんだから彼女がいないんだよ、お前は」
「・・・ふん、お前、などではない失礼な。俺は田中誠一、人呼んで生ける女たらしだぞ」
「・・・お前、屍が女のけつをガシガシとやれるわけないだろ?
馬鹿がよ。そういうとこだぞ」
「今、頭の悪さの話してなくないか?ちょっと黙れよ」
俺はペットボトルをゴミ箱に捨てた。
ガトン、と気持ちのいい音がしてきた。
そして後ろから男の声もしてきた。
「お前さ、今度町内でやる花火大会いかね?どうせ暇だろ?」
「失礼な、これでも・・・俺は・・・暇だわ」
「そりゃそうだろう。お前に予定があってせかせかとしているところなんて見たことないぞ。
勉強も普通、運動神経はむしろ悪い方。諦めは早いし、我慢ができない根性なしで
顔面偏差値も49程度。それでも彼女を持ちたいというんだからほんと
ダメ人間さながらだな」
「少し言いすぎじゃないか?じゃあいうが、俺のほうがお前よりまだましだ。
まあ頭はよくないというのは嘘じゃない、が勉強を平均レベルまでにいかせてるのは
俺の実力だ。つまり勉強はしている。それなりにな。
が、お前は勉強は全くしない、しかしゲームにはご熱中。顔面偏差値だって
俺よりはまあ上かもしれないが決していい方ではない、少なくとも60は下回っている。
そして運動神経もそれなりだが運動部のやつらにはかなわない。
ふん、俺より少しできる部分があるからって実際五十歩百歩といったところだ。
それならまだまじめな俺のほうがましだろう」
「あらら、随分効いちゃったみたいだな。悪い、謝るよ。
でもよ、誠一。そんな長文、女子は聞いちゃくれないぜ?やっぱり簡潔に
言わないとロジハラとか言われちゃうぞ」
「ん、なんだそのロジハラって?」
「おいおい、お前今のご時世なんでもハラスメントなんだぞ?
知らなかったなら今知っとけ。
ロジハラっていうのはな、ロジックハラスメントの略で論理で詰めて
相手を困らせたり、というか論破してねじ伏せたりすると
これはもう心に傷をおったということでちゃんと話していてもよくないものとして
受け取られるというものだ」
俺は一瞬口をあんぐりとあけてしまった。
「おいおい、会話、議論もまともにさせてくれないのかよ・・・今の時代は」
「まあ難しい世の中だからな。昭和が吹っ切れて自由と束縛が野晒しにされてた
時代で平成でやっとその二つが一つの杭につながれた時代と考えると
今の時代はそのリードにつながれた同士でいがみ合い、ぶつかり合っているといった感じだな。
まあ杭につながれたことでどちらとも相対的に可視化されてきたっていうのもあるかもしれないな。
でもどちらにしても結局極端な意見が目立つだけで、本来どちらとも押さえつけるために
設置した杭につながれた意味はあんまりないようにも思える
けどな。
ハラスメントしかり女尊男卑の自称フェミニストしかり」
「なるほどな。一理なくもない、・・・・・・で、なんの話してたっけ?」
「花火大会に行くんでしょ?」
「うわっ!?」
宗助は驚いてビクンと体を震わせた。
それもそのはず、学校一の高値の花である前橋あかねが後ろから声を発したのだから。
その特大に実ったメロンは今日もお変わりなく、そして顔もうるわしゅうございました。
「前橋さん・・・ど、どうしたの?」
ふん、俺のことは散々こき下ろしておいて女子を前にすると途端にきょどりやがって。
やっぱしょうもないやつ。
「んー、ああ、忘れ物を取りに来てたんだよ。ほら、アルトリコーダー」
前橋は自身のアルトリコーダーを宗助に見せびらかしながらにこりと微笑んだ。
そのほほえみに宗助は完全に参ってしまったらしく、その真っ赤な顔はさながらゆでた蛸。
「えっ!あっ、そうなんだー!」
「ふふ、なに?驚いちゃって。まさかなめたりしてないよね?」
「エッッッッッッッッッッッ!?!?!アッ、イヤッ、ソノッ!」
「・・・・まさかほんとにしてたの?」
あいつ、いくらなんでもきょどりすぎた・・・
俺のあかねちゃんの白い肌をさらに白くしてどうする。
あいつをフォローするのはやぶさかではないが、まぁ一緒にいた俺も
連帯責任になるかもしれないというめんどくさい事態にはなりたくもなかったので
助太刀をすることにした。
「いや、前橋さん。こいつぁ、そんなことできるたまじゃないよ。
驚いたのは前橋さんが可愛すぎるからさ」
「誠一っ!?!?!?」
ふっ、きまった・・・
さりげない最後の一言にまともに言葉を発せられなかった宗助は驚いて
思わず声を上げていた。
「へー、ああ、ふーん。えっーと、名前・・・ああ、豊田君だっけ?」
「違うよっ!俺はあんな横綱のようなデブではないよ!」
「ぷぷぷ」
宗助は俺が前橋さんに名前を憶えられていなかったことについて嘲笑していた。
どこまでも嫌な奴だ。
この恨み、必ず晴らして見せよう。
「うーん、うーん、あっ、わかった。田中君だね!」
「そうそう!で、こいつの名前はわかる?」
「刈米くんっ!珍しい名前だったのと席が近かったから覚えてたの!」
「へ、へえ・・・」
「・・・・ニチャア」
なんかつばのねばっこい音が聞こえたが気にしない。
どうせどや顔でこっちを見てるに相違ないのだから。
「ところで二人とも花火大会に行くんだったよね?」
「ああ、いきすぎ!いくいく!んあー!」
「ん、ええっーと・・・これはどういう・・・意味かな?豊田君?」
あの野郎、テンパりすぎていっちゃいけない語録を声に出しやがった。
というか名前をまた間違えられた。
「田中だってば。んー、まぁこいつは持病を持っていてね。まあ悲しいやつなんだ。
大目に見てやってくれ」
「─────────────────────シネッ」
目をギンギンにさせて高速詠唱を俺に向けてかましてくれた宗助だったが
「あっ、ふーん、そっかぁ・・・ならしょうがないね、刈米君。よしよし」
なんとあふれるメロン、じゃなかった母性によるものだろうか。
さながら聖母、前橋は慈しみの持った顔で宗助の頭をなでなさった。
「ファッ!?!?!?」
これほどまでに表情が様変わりするさまをみれたのはいい経験だったのかもしれない。
ホームランを一時期打ちまくっていた例のクマがはちみつを全身にぶっかけられているとき
の幸せそうな表情とそっくりであった。
「よしよし、よしよし。いい子いい子」
「あっ、あっ、あっ」
しかしいい加減うらや・・・いややつのあのとろけた表情が見苦しくなってきた。
「前橋さん、そんなにやる必要はないです。勘違いされちゃいますよ」
「あらっ、やだ。それは困ります!」
本気のトーンで拒絶の意を示した前橋。
これは傷つくわなと思ってチラッと宗助の顔を見ると
やつはおきらくにもそんなことは毛ほど気にしておらず、前橋の手の感触を
味わうかのようにして自分の頭を撫でて、撫でて・・・・と壊れたロボットのようになっていた。
いや、ロボットのほうがまだいいかもしれない。
なんだってそれはネジを入れて修正してしまえば再利用できるのだから。
人間壊れてしまえばネジ一本でそうそう直せるものではない。
「あのー、田中さん」
「っっ!?」
いつの間に来たのか、この俺でも見逃してしまうほどのz戦士さながらの移動速度を
披露してくれた前橋は俺の目の前にきていた。
「な、なんすか?」
「いえ、なにかぼっーとしているようでしたので」
「は、はぁ」
同級生ながらその美麗でもあり扇情的でもある容姿から一言もしゃべったことがなかった
ものだが、接してみて意外と変わった子なのかもしれないと思った。
ぼっーとしていたからその相手に近づくのがコミュニケーション?
いやそんなわけがない。
なら前橋はどうして俺のもとへ近づいてきたのか。
答えは一つ、そして真実はいつも一つ!
俺は確信を持っていた。
それは俺がかっこよすぎるからつい前橋の深層心理をあおってしまい
結果、前橋さんの目に見えてくる俺という存在は蝶に対しての
蜜がたくさん詰まっている花のように見えたのだろう。
ああ、罪な男だ・・・
「あのー鼻毛出てますよー・・・もしもーし?」