教室の隅にいた
目の前の中島は今日も僕にこんなことを言っていた。
「つまりはさ、この世界はお前が大好きなギャルゲーってこと」
「だからさ、中島の言う通りなんだとすればそれはギャルゲーじゃないよ。乙女ゲーだ。僕のテリトリー外」
「同じ恋愛ゲームなんだから一緒でいいだろうが」
ぜんぜんよくない。
僕のやっている『はーとふる♡らいふ2』にはイケメンは登場しないし、性格の悪い美少女だっていない。
隣町から転校してきた高校2年生の主人公と美少女たちの心温まる青春……、少し早く咲いた桜散る中涙を流す最推しのエンディングシーンまで思い浮かべ感動のあまり泣きそうになったところであわてて自分を現実に引き戻した。
中島は先週から「この世界は乙女ゲームなんだ」と言っている。
それはそれは耳がタコになるほどに聞いたが、あまり納得できなかった。
『はーとふる♡らいふ3』には異世界転生してきたヒロインが隠しキャラとして登場しているし、異世界転生という概念には明るいつもりだ。
しかし、実際に自分の世界が架空で、外部の世界が真だと言われてしまうとそれは突拍子もない妄想のように思えた。
何より、中島が異世界転生だとかいう特別なものに選ばれた存在だとは思えなかった。
中島は幼稚園の頃には僕の後ろをついてきていて、はなたれ顔でよく笑っていた。
それは10年以上も育った今も鼻水が垂れていないだけで頼りない顔にあまり変わりはなかった。
こいつに世界が帰られるだとか、そんな大志があるとは思えない。
実際、中島は「まあ俺、モブなんだけどさ」とこの世界についてどうこうするつもりはないようだった。
ちょうどいいところでゲームを中断させられた僕は、中島の器用に回された鉛筆を眺めていた。
彼も僕と同じでここで暇を持て余していて、そしてそれは昨日も一昨日も同じことだった。
鉛筆を回すか話すのかどちらかにしてほしいと思いつつも、そろそろちゃんと聞かないと来週も再来週も同じ話題を振られながら昼休憩を消費するのだろう。
「それで?一体どういうゲームってわけ?この世界には魔法もないし、アイドル養成学校でもない」
ついでに、僕が他人に興味がないせいで中島以外にこの学園で名前と顔の一致する人はいない。
「まあ、確かにそういう派手な設定には欠けるよな。それこそそのゲームみたいな日常系みたいな要素が強い。イケメンの設定はモデルに御曹司、小説家に幼なじみとバラエティーには富んでるけどさ」
一応私立高校とはいえ、そんな稀有な人種が同じ校舎にいたとは。
本当に僕は何も知らない。
サッカーでスポーツ推薦を取った中島に誘われるがままに特待生入試を受験し無事に合格した後、クラスも違うのに今日も中島のご厚意に甘えて1-Aの特等席にいた。
中島のクラスは入学早々に席替えをしたようで、強運の彼は見事窓際の一番後ろをゲットしていた。
中庭がよく見え、眼には緑、そしてはるかな空が広がる。
中島と僕だけで、少なくとも窓に向かって座る僕の目線には他の学生は誰一人目に入らなかった。
サッカー部だというのにチームメイトの他に友達がいないようで、昼休憩には中島と僕がそこを独占していた。
一度、「あんな陽キャ部活なのに友達も彼女もいないわけ?」と言ったら珍しく顔を赤くして怒られてしまったのだった。
「中島、攻略対象はなんとなくわかったけどさ、ヒロインについては何か覚えてないの?可愛い系?美人系?ギャルゲーとして攻略できそうな見た目してる?」
「ほんっとお前ってゲームの美少女にしか興味ないよな」
「はあ?現実なんてクソくらえって思ってるのにちゃんと親のレール通りに生きてくんだからさ、妄想の中ぐらいは可愛い女の子で埋め尽くしたっていいだろが」
中島は「あー、はいはい。わかったわかった」と言いながら僕の口に卵焼きを勢いよく突っ込んだ。
ゲームしながら適宜食を進めていた僕の弁当は半分も減っていなかった。
中島から箸を奪い返しにらみつけるも、ほのかな出汁のうま味に口元はにやけてしまった。
充分に咀嚼して、水で流し込んだ。
むせそうになる僕を見つめる中島はさっきと変わって今まで一度も見たことがないぐらいに冷たく見えた。
何かに悩んでいるようにも見えた。
いつもお気楽で悩みなんてなさそうな中島が悩むなんて、僕は幼なじみの妙な様子にさすがに心配になった。
中島は、意を決したように僕の目を見つめて言い放った。
「この世界のヒロインはお前だよ」
赤茶色の桜柄の箸をミニスカートの上に落とした。