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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

紅いコートの女

作者: ゆす

「夏のホラー2024」参加作品。テーマは「うわさ」です。

 ある日、顔面が無残に斬り裂かれた若い女性の死体が発見された。


 犯行時刻は深夜。人通りの少ない路地裏で発生した殺人事件だった。

 そのため、犯人の目撃情報は得られず、物的証拠は見つからなかった。

 付近に多数設置された監視カメラにも怪しい人物の姿はまったく記録されていなかった。


 たまたま付近を巡回していた警察官が『白いマスクを着用した、紅いコートの女性』を目撃していたことから、警察は重要参考人としてその女性の行方を捜したがまったく手がかりが得られなかった。


 やがて、第二第三の犠牲者が発生した。


 警察は、その被害者の惨状から同一人物の犯行であるとして『白いマスクを着用した、紅いコートの女性』の似顔絵をマスコミに公開した。

 だが、その似顔絵は昔に流行った『口裂け女』の特徴とよく似ていたことから、世間ではその連続殺人事件は『口裂け女』の仕業ではないかと噂されるようになっていた。


 それから数日後の深夜。

 白いマスクを着用した紅いコートの女が、警察官の制服を着た青年に呼び止められた。

 その女性は、身分証明書の提示を求めたところ素直に応じた。


 運転免許証に記載された名前は酒口姫子。二十四才。

 甘い香水の香りがする女性だった。

 マスクを外した清楚で美しい素顔も本人に間違い無いことが確認できた。


「こんな夜更けにどちらに行かれるのですか? このへんは『口裂け女が出る』とうわさの連続殺人事件が発生していて大変物騒なのですよ。さぁ、私が表通りまで送りましょう」

 警察官は、制服が良く似合う誠実そうな若者だった。


「ありがとうございます。でも、結構です。わたしは、その口裂け女が出るという噂を確かめにきたのですから」


「なんて危険な! 深夜に、それも女性一人で出歩くなんて。あなたは、恐ろしくないのですか。この付近では、若い女性が三人も亡くなっているのですよ」


「殺人事件など怖くなどありません。私は、どうしても気になって仕方ないのです。口裂け女とやらが本当にいるのかどうか。自分の目で確かめてみたいのです」


 警察官は、この女は怪談マニアなのだと考えた。

 怖くて奇怪なものが大好きな変人なのだ。


「あなたは、警察官なのだから良くご存じでしょう。殺人事件があった場所を。どうかお願いします。その場所に案内してください」


 頭を下げて懇願する女の様子に、警察官は考えた。

 自分が目を離した隙に一人で付近をうろつかれたら迷惑だ。

 今後の捜査に支障が出るかも知れない。


「わかりました。殺人事件があった場所にご案内します。そのかわり、用事が終わったらすぐに帰宅してくださいよ」


「ありがとうございます。約束は守りますわ」

 紅いコートの女はもう一度頭を下げた。


 二人は、街灯もまばらで人通りの無い路地を並んで歩いた。

 分岐路をいくつか曲がって、まるで迷路のような路地をしばらく歩くと、袋小路にたどり着いた。


 周囲は高い塀に囲まれ、塀を乗り越えて行くことは不可能だった。

「ここが事件の現場です。ごらんのとおり鑑識による捜査も終了して、面白いものは何もありませんよ」


 すでに立ち入り禁止を示す黄色いテープは取り払われており、殺人事件の名残は何も残されていなかった。

 だが、紅いコートの女はしゃがみこんで地面に残った黒い染みを見つめていた。


「どうして被害者の女性は、この場所を訪れたのでしょうか? どこにも行けない、この行き止まりの場所に」


 警察官が、律儀に答えた。

「おそらく、酔って道に迷ったのではないでしょうか」


「若い女性が、深夜にたった一人でこの場所に? そんなことは、ありえません。この場所は、迷路のような路地の奥。いくら酔っていたとしても、怖くなって途中で引き返しますわ」


 紅いコートの女は、黒い染みにそっと手を触れた。

「被害者の女性は、誘いこまれたのです。無条件で信頼できそうな人物に」


 紅いコートの女は、立ち上がって若い警察官を見つめた。

「あなたが、連続殺人事件の犯人なのですね?」


 周囲には、女性の甘い香水の香りが強く漂っていた。


「悪ふざけもいい加減にして下さい。なにを証拠にそんなことを言うんですか?」

「証拠? そんなものはありません。私は、警察官でも名探偵でもありませんから」

 だが、その瞳は、目の前の警察官が連続殺人事件の犯人であると確信していた。


「まったく、ひどい冗談だ。もう帰りましょう」

「いえ、冗談ではありませんわ。なにしろ『彼女』がそう言っているのだから」

「彼女…だって?」

「えぇ『女性の一人歩きは危ない。私が表通りまで送りましょう』と、言って誘ったそうね」


 そのとき警察官は、紅いコートの女の隣に立っている『顔面が無残に斬り裂かれた』若い女性の姿を幻視した。

 警察官は動揺して、滝のような汗をかいた。


「おや、なにか見えましたか?」

 警察官が良く見ると、そこにはただ暗闇があるだけった。


「僕は、悪くない」

「えぇっと、何のことでしょうか?」

「僕は悪くない。彼女たちは罰を受けたんだ」

「罰ですって?」

「夜遅くまで遊び惚けている堕落した女どもが悪いんだ」


 いつの間にか、警察官の手にはいびつな形をしたナイフが握られていた。

 その切っ先は、水に濡れたようにぬらぬらと鈍く輝いていた。


「幼少期に僕を置いて失踪した母親も、施設で僕を虐待したあの女も」

 警察官は、躊躇なく鋭いナイフの切っ先を、紅いコートの女の顔面に突き刺した。


「深夜に殺人現場を探し歩く悪女め。確たる証拠もなく僕を連続殺人犯扱いするお前も同罪だ」

 脳幹を破壊された人間は、悲鳴を上げる暇すらなく絶命する。

 ナイフを引き抜くと、紅いコートの女は糸が切れた人形のように崩れ落ちた。


 警察官の制服を着た連続殺人犯は、両手を広げて天を見上げた。

「証拠が無い。目撃者もいない。誰も僕を裁くことはできない。だから、僕は悪くない」


 今夜の殺人事件の目撃者は、ほのかに霞んで見える満月のみ。

 警察官がそう考えたとき、視界の隅に違和感を覚えた。


 足元を見ると、地面に倒れた紅いコートの女性の腕がびくびくと痙攣していた。

 周囲には、女性の甘い香水の香りが強く漂っていた。


「まだ死んでいない…だと?」

 警察官は、一時的に仮死状態に陥っていた被害者が、奇跡的に生き返ることがあると知っていた。

 だから、今夜も完全に殺そう

 いつもどおり、顔面を破壊しよう。

 そう決意して、紅いコートの女性の顔面をいびつな形をしたナイフで何度も何度も突き刺した。


「そうやって、若い女性をこの路地に誘い込んで殺したのね」

 警察官が気が付くと、目の前にまったくの無傷の紅いコートの女性が立っていた。


 甘ったるい香水の香りのせいで、自分は夢を見ていたのだろうか。と警察官は考えた。

 疑問に思うと同時に、いびつな形をしたナイフの切っ先を、紅いコートの女の顔面に突き刺した。


 脳幹を破壊された人間は、悲鳴を上げる暇すらなく絶命する。

 だが、その女は死ななかった。

 何事もなかったように立っている。

 顔面に刺さったナイフは万力のように固定されびくりとも動かせない。


 切り裂かれた白いマスクが風に流されて、紅いコートの女の素顔が露わになった。

 そこで警察官が見たものは、女の歯によって挟みこまれたナイフの切っ先だった。

 がっちりと固定されてビクともしない。


 そして、紅い口紅が塗られた唇の両端がめりめりと音をたけて耳まで裂けた。

 ナイフの刃は、噛み砕かれて咀嚼され、飲み込まれた。


「な、なんなんだお前は!」

「あなたは迷惑なのよ。私が連続殺人事件の犯人だなんて。まったくの濡れ衣だわ」


 警察官は、思い出した。

 唯一の目撃情報は、たまたま付近を巡回していた警察官による『マスクを着用した紅いコートの女性』と言う証言のみ。

 そのせいで、いつしか連続殺人事件の犯人は『口裂け女』の仕業ではないかと噂されるようになっていた。

 そしてそれは、捜査をかく乱するために自分がついた嘘だった。

「ま、まさか、本物!?」

 紅いコートの女は、耳まで裂けた口を三日月のように歪めて笑った。


「どう? わたしきれい?」

 その凄惨な笑顔は、とてもとても恐ろしく感じられた。


「ぼ、僕を、殺しに来たのか?」

「まさか。口裂け女は、もう人を殺さない。そう誓ったの」

「だったら謝る。謝るから! 君を襲ったのは間違いだった。許してくれ!」

「そうねぇ。あなたが素直に罪を認めると言うのなら。私は、許してあげても良いわ」

 紅いコートの女の言葉に、警察官はほっと息をついた。


「わ、わかった。罪を認める。明日にも自首をする」

 そう言った途端に、周囲の温度が低下したような、肌寒い気配がした。


「あなたが、素直に罪を認めてくれて良かったわ」

「なぜだ。君は、僕を許すと言ったはずだ」

「えぇ、『私は』あなたを許します。でも、あなたの後ろに立っている彼女たちはどうかしら?」

「え?」

 警察官が振り向くと、そこに『顔面が無残に斬り裂かれた』三人の女性が立っていた。

 警察官は声にならない悲鳴をあげた。


「ねぇ、あなた知ってる? 死人には、現世の法律は適用されないの」

「そ、それはどういう意味だ?」

「目には目を、歯には歯を。あとは言わなくてもわかるでしょう?」


 それは、ハンムラビ法典の一節だった。

 この規定は同害報復タリオと呼ばれており、人が誰かを傷つけた場合にはその罰は同程度のものでなければならない。と、されている。


 警察官の顔面が蒼白になった。

「ちょ、ちょっと待ってくれ! 身体が、身体が、動かない」

 警察官の呼ぶ声に、紅いコートの女は振り返らなかった。

 ただ、甘い香水の香りだけを残して立ち去った。



 翌朝、匿名の通報により、殺人現場で泣き叫ぶ若い警察官が発見された。

 彼は、連続殺人事件の犯行についてすべて自供した。

 その際、終始怯えた様子が見られ、その理由として「自分が惨殺した女性の姿が見える」と供述している。


 なお、連続殺人事件と口裂け女のうわさはいつの間にか忘れられていた。


--

登場人物紹介


酒口姫子さけくち ひめこ

 白いマスクの紅いコートの女:口裂け女

 かつて日本全国の子供たちを恐怖で震え上がらせた最強の都市伝説。

 すでに神格化しており、むやみやたらに危害を加える存在ではないがその属性は闇である。


 白いマスク:短時間であれば清楚で美しい女性の顔に擬態できる。

 甘い香水の香り:酩酊作用があり、判断力が低下して夢や幻覚を見る。

 噛みつき:巨大な顎でなんでも食べてしまう。



霧崎忠雄きりさき ただお

 警察官:ジャック・ザ・リッパー

 幼少期に両親に捨てられ、愛情を与えられず育った不幸な青年。

 真面目だが、夜遅くまで外出する女性に対して強い愛情と殺意を抱いている。


 いびつな形をしたナイフ:古道具屋で購入した呪いの短剣+3。殺人衝動を抑えられなくなる。人の血を吸うほどに鋭さを増す妖刀と化していたが、口裂け女に破壊された。


ジャック・ザ・リッパーvs.口裂け女!

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[良い点] 意外な犯人でしたね。
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